ある少女のひきこもり事例
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ある少女のひきこもり事例

2020年04月04日(土)8:03 PM





B子さんは東北の漁港に生まれました。小さな役所に勤める父親は、それでも地域の名士で「それがずいぶんと嫌だった」と彼女は言います。母親はひどく偏ったものの見方をする人で、人づき合いがあまり得意なほうではありませんでした。





B子さんもそうした母親の偏りに気づいていて、「それが苦痛」と語りましたが、「へんなことを言われても、気にされないよりはまし」と割り切っているようでした。





小・中学校時代には「特に努力をしなくても、自然に友人ができた」と言いますが、「高校に入って、本当に友人をつくる能力があるかどうか試される時期に自分の無能が明らかになって」孤独になってしまったと言います。





大学の文科系学部に進学したものの、孤独感の高まりのなか、1年で休学し、実家に戻ってひきこもりました。その間、数回単発のバイトには出ましたが、会社の飲み会に誘われたり、社交的でないことを注意されることが苦痛で、ほとんどの時期ひきこもっていました。





復学後は、研究室の教官のすすめでわたしのもとに来談するようになりましたが、「面と向かって対話することが苦手なので、何か仕事をしていてください」と言います。





そこでわたしはパソコンに向かい、いろいろな雑用をしたりして、耳だけ彼女のつぶやきに開けておくという態度をとることが自然に決まりました。





B子さんは「自分は馬鹿だから」というのが口癖でした。それは必ずしも彼女の高い自己愛から生じた言葉とは聞こえず、本当に真から自分のことを馬鹿だと考えているようでした。





提出したレポートの質の高さに、教官が驚くこともあったようですが、彼らが驚くことがまた、彼女にとって驚きのようでした。彼女は教室の最後列に座り、顔はいつもうつむいていました。





1年経って、「やはり学校は荷が重い」と彼女は訴え、再び休学することになりました。今度は東北の実家に帰らず、大学のある町の下宿でひきこもり生活をはじめました。





それでも週に1回は図書館に行き、読みたい本を借り出して人の少ない公園のベンチで読んだりしていました。そうするうちに、公園に犬の散歩に来た中年の未亡人に声をかけられ、その家に出入りするようになりました。





その家では、彼女と未亡人の対話はほとんどなく、静かに時が過ぎていきました。未亡人は特に何をするということはなく、時々お茶を入れたり、飼い犬にブラシを当てて過ごしていたといいます。





わたしとの談話では、だんだん「自分が馬鹿であること」については語られなくなっていきました。彼女は日常生活で生じる苦痛を話すようになりましたが、それについては「苦しんでいる『ふり』をしているだけだと理解してほしい」とわたしに望みました。





そこでわたしもまた「わかった『ふり』をしているだけだ」と応じました。そのうち彼女は気に入った小説の一部分や、評論の一部分をコピーしてきて、「それらを読んでほしい」と言い出しました。





三浦雅士などの文芸評論家の文章に混じって、町田康や松浦理英子などの現代的な小説が持ち込まれ、それは数十人に及びました。たとえばある小説は「希望が欲しいのに、どん底過ぎてちょっとつらい」と語り、また姫野カオル子の「喪失記」も「重いなあ」と言います。





かといって重いものばかりというわけではなく、林真理子の「みんなの秘密」、吉田修一「グリーン・ピース」なども話題に上り、「自分と関係のない『人の生活』はおもしろい」と語ります。





その一方で、「人生を複雑にしない100の方法」などというマニュアル本的なものや「だめ連の本」などを読んでいて、自分がなんとか生きやすくならないものかと模索もしていました。





しかし、彼女がもっとも気に入っていたのは庄野潤三で、そのコピーはたびたび相談室に持ち込まれました。どうやら周期があるらしく、情緒が強く揺さぶられる作品に入り込んだ後、庄野潤三の小説によって癒されているようでした。





一般的に庄野潤三は穏やかな作家ではありません。彼の小説、特に初期のものは、家族のありきたりな光景を描いているようでいて、その実、裏に「不義」や「攻撃」の刃が微かに光るようなものです。





とりわけ「プールサイド小景」や「静物」には、今日の観点から見ると「潜在的な家父長制と女性の怨念」が透けて見え、文学史的にも問題が多いとさえ言えます。





ところが、彼女はそれが気にならないで、主人公である「私」と、たとえば息子との、平凡な日常のやりとりが好ましいものに映っているようでした。





「ドラマの多い小説は疲れるから」とも言いました。そして、ある評論家の文章をコピーしてきて「庄野潤三の世界は、すでに解釈とか意味づけのない世界である。それは天上の世界である」という指摘に共感すると言ったりしました。





誰によるかはともかくとして、解釈され意味づけされ続けることによって、彼女がどれほど疲弊していたか。そうした世界を免れてただ平凡な日常生活が送れないものかと苦吟を続けるB子さんの想いがここにあります。





B子さんはもともと口数が少ないです。面接においても、わたしとB子さんの間に交わされる言葉はしだいに減っていきました。わたしはパソコンに向かいながら物思いにふけり、彼女は読書をしたり天井を向いて何かを考えたりしていました。





2年後、彼女は復学しました。そのころになって彼女は薬物療法を求めるようになり、クリニックで抗うつ薬を処方されました。その後、彼女はある地方公共団体の採用試験に合格し、無事に大学を卒業しました。





B子さんにおいては、日常の生活には雑音が多すぎてそれを避けるための方途を探すうちに道に迷ってしまった感があります。数は多くありませんが、女性のひきこもりは男性に比し、肩の力が抜けていて、ときに別の世界に生きているように見えることがあります。





彼女たちは哲学的な話題には興味を示さず、ただひたすら外部からの刺激に苦しみますが、ひとたび環境がそれを許してしまえば淡々と日々を送ります。





親からの圧力が少ないせいでしょうか?日々の暮らしを尋ねれば、1日1食ということがざらで、それが摂食障害かというとそうでもなく、痩せてはいますが体重が減りません。ひきこもりに「なにかからの逃避」や「自己中心的なふるまい」を読み取ることはたやすいことです。それが際立つケースがあることも事実です。





ですが、その2つはひきこもりに限らず、わたしたちも含んだ現代の日本人全体を覆う心性です。むしろ、実際にひきこもっている彼らこそ、その2つの心性から逃げずに最前線で戦っています。わたしには、それが果敢で凛とした営為にも見え、「潔い」とさえ思うことがあります。



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