18歳男性のひきこもり事例~思春期妄想症~
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18歳男性のひきこもり事例~思春期妄想症~

2020年03月31日(火)12:00 PM




A君は、3人兄弟の第1子として生まれました。発達に関しては問題ありませんでした。手のかからない子であり、兄弟仲もよかったようです。小学校時代は、母親の期待通りに成長していきました。中学3年時、「いじめられる」と言い不登校になりました。





この頃から自分の容姿をひどく気にするようになりました。また、「やることがない」といっては物に当たるようにもなりました。パソコンに興味を持ち始めてからは、「人目が気になる」と言い、母親に雑誌やソフトウェアを買いに行かせるようになりました。





このようなA君に対して、父親は基本的には無関心でした。A君は職業訓練校に進学すると、「皆が自分の容姿についてあれこれ言っている」と言い始めました。顔が大きいと言われたといっては顔を削りたいと言い、髪の毛が変だと言われたといってはパーマをかけたいと言います。





そして、しだいに休みがちになって中退しました。その後、情報処理の勉強をしたいと言うため、母親が専門学校を見つけてきました。しばらくすると、「電車の中で他人が自分の顔を見て笑う」、「教室では自分の顔がおかしいため、皆が自分を避ける」と言うようになりました。





「こんな顔で皆を不愉快にしてしまう」と言ったり、自宅で母親に「この顔を何とかしろ」と怒りをぶつけることもありました。母親は、A君から美容整形を受けたいと言われると病院へ連れて行き、そこで受けた手術が気に入らないと言われると別の病院を探して回りました。





そのうちA君は、しだいに外出しなくなり、ひきこもってしまいました。その後、「家族といっしょにいると腹が立つ、みんな出て行け!」と大声を出すようになったため、母親は某クリニックへ相談に行きました。





しかし、そこでは「本人を連れてくるように」、「母親の対応が悪い、A君を自立させるように」と言われただけでした。思い余った母親は、関東自立就労支援センターに来所しました。どうしていいかわからないと言う母親に対して、わたしは事態の変化があるまで精神科へ通うことを勧めました。そして次のようにアドバイスしました。





(1)A君に対して協力できることとできないことをはっきり示す、(2)無茶な要求には屈しない、(3)A君に任せられることは任せて、口出しをしない、(4)父親に関与してもらう、(5)サポートを目的に母親に来所してもらうが、そのことについてA君から尋ねられればありのまま話す、といった方針を話しました。





ある日、A君が家族に「出て行け!」と言い続けるので、母親はA君に出て行くように言いました。「毎日、自分は何をしたらいいか考えろ!」と母親に強要するので、「自分のことは自分で考えろ」と突っぱねたら暴力を振るわれました。





そのため、母親は数日家を空けると、A君は何も言わなくなったといいます。わたしは母親の対応を支持しました。その約1ヵ月後、母親はA君にあまり関わらないようにしていたら、A君は自分からアルバイトをすると言ってコンビニで働き始めました。





母親の態度を支持し、期待しすぎないように話しました。その約2ヵ月後、「顔に自信がない、顔を変えないといけない」と再び言い出したものの、アルバイトは続いています。





母親自ら、「以前の自分はAのやることを先回りし、お膳立てをしていた」と語りました。また、母親の通院に興味を持ったのか、時にA君は「精神科を受診しようか」と言うこともあるといいます。





A君は思春期妄想症が疑われる症例です。思春期妄想症とは、(1)「自己臭」ないしは「自己の視線」など何らかの身体的異常のために、他人に不快感を与えているとの妄想的確信を持つ、(2)そのために、人が自分を「嫌がる」「避ける」との関係妄想(忌避妄想)を持ち、それに伴う自責感が見られる、(3)症状は状況依存的であり他者の現前が症状発現の不可欠の契機をなしている、(4)一般に治療意欲を持つが、自分の異常を身体疾患に求め、それに即した治療を執拗に要求する、(5)そのほとんどが思春期~青年期に発症し、単一症候的に経過し人格の崩れは認められない、(6)病前性格として「小心で負けん気」「引っ込み思案で強情」といった「強力性と無力性の二面的矛盾構造」が認められるといった特徴を持つ疾患です。





A君の諸症状は、思春期妄想症の特徴に合致するものと考えられます。A君は、これまで他者と会話すること自体に支障は生じていませんが、小さいころから引っ込み思案であり、自分からコミュニケーションを広げていくことには躊躇してきました。





それと相まって、母親はA君のやることを常に先回りし、A君が困らないように配慮してきました。つまり、母子コンプレックスとでも呼ぶことのできるコミュニケーションの単位体が構成され、この単位体との関係でその他の家族やそれ以外の他者とのコミュニケーションがなされていったと考えられます。





ところが、思春期に至り一挙にその矛盾が表出しました。思春期とは、母親が関与できない他者とのコミュニケーションが広がっていく時期です。A君はそこで躊躇し、周囲とコミュ二ケーションをとることが困難になりました。





思春期妄想症の精神病理を鑑みれば、A君はコミュニケーションの齟齬を周囲から忌避されていると体験し、妄想的言動へと発展さていったことが理解できます。





一方、それに対する母親の対応は、美容整形へ連れて行くなど母子コンプレックスを助長させるものでした。結局、他者へと伸びていこうとするA君のコミュニケーションの芽は摘まれてしまい、A君は家のなかへとひきこもっていきました。そして、唯一、コミュニケート可能な母親に対して苛立ちをぶつけるのでした。





母親は困り果ててクリニックを受診したものの、そこでは医師から責められ、A君を自立させることが求められただけでした。このアドバイスは、「どのように自立させたらよいか」という問いに、「自立させなさい」と応じているだけで何の答えにもなっていません。





しかも、自立させることができなくても、その責任は医師の指示通りにやらなかったとして母親に責任転嫁することができます。すなわち、この種のアドバイスは、治療者にとって最も安易で無責任なものであり、母親が事態打開のために他者へ求めてきたコミュニケーションを拒絶するものでしかありません。





当然、何の解決にもならず、行き場を失った母親は精神保健福祉相談を経由して、関東自立就労支援センターに来所するようになりました。わたしたちが行ったことは、母親のこれまでの苦労を受容すること、すなわち一所懸命にやってきた母親が責められるはずはないことを確認し、これまでのやり方を変えてみてはどうかと提案するという平凡なことでした。





その提案にしても特別なものではありません。要点は、母子コンプレックスを通常の家族同士のコミュニケーションへと変化させ、A君が外へ向かってコミュニケートしていこうとするのを邪魔しないということです。





その後の支援では、母親の努力を支持することに主眼が置かれ、そういったなかで変化が出てきました。まず、母親自身が母子コンプレックスから離れ、家族の一員としてA君に接することができるようになりました。





母親の変化にA君はひどく動揺し、暴力をふるうなど一時状態を悪化させましたが、そのうちA君も外に向かってコミュニケートするようになり、アルバイトを始めました。





しばらく経つと、再び自分の容貌を気にするような言動が出てきました。これは、A君が外部とのコミュニケーションを母子コンプレックスへ撤収させようとする兆しともいえます。しかし、もはや母親はそれを願ってはいないため、かつてとは違う展開になることが予想されます。





それが今後どのようになるか決して予断は許されないものの、母親がA君を支持していくことで、A君と外部とのコミュニケーションが維持されることを期待したいと思います。



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