アトピー性皮膚炎と不登校・ひきこもりの子供
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アトピー性皮膚炎と不登校・ひきこもりの子供

2020年02月24日(月)12:40 AM



「不登校とひきこもりの子供の相談にのっていただきたいのですが・・・・・・・」ある日、一人の母親が関東自立就労支援センターの相談室を訪ねて来ました。一見して、知的で現代的な女性という印象でした中学三年生の息子が、小学5年から不登校となり、現在は家にひきこもっている状態だと言います。


不登校の理由は、小学5年からアトピー性皮膚炎が顔に出たことでした。クラスのみんなから「汚い」とか「不潔」とか言われていじめられたようです。いじめた相手には女子もいたといいます。思春期の少年ですから、顔から火が出るような恥ずかしい思いをしたことでしょう。顔が燃えるように感じられ、よけいにアトピーがひどくなってしまったといいます。アトピーが心の病気といわれる所以です。


「学校が怖い」少年にとって、学校は恐怖でしかありません。学校に行きたい気持ちは人一倍強いのですが、恐怖心が先に立ってしまいどうしても踏み出せません。それにしても、他者の悲しみを思いやるどころか、他者の弱みをあげつらうひどい話です。残酷ですが、これが子供たちの世界の一端なのです。まずは本人と直接会って、話を聞きたいと思いました。アトピーが原因ということはあるのでしょうが、アトピーでも学校に通ってくる子供はいます。


「本人に会えますか?」母親は即座にうなずきました。少年は同世代の人間に関しては拒否反応が強いようですが、大人に対してはさほどないようです。精神的に傷つけられた相手が、同世代の人間だからです。アトピーは家にいても治りません。本当は家から出たくないようですが、アトピー治療のために、月に何度か子供たちが学校に行っている時間帯を見計らって病院に通っているようです。


二日後の午後7時、約束の時間に私は少年をたずねました。家族は見晴らしのよい3階建ての家に住んでいました。「こんばんは」そう言って玄関をはいると、大きな吹き抜けの空間があり、建築家の家というイメージが匂いたつ雰囲気でした。廊下を通ってリビングに通されました。そこに少年が持っていました。部屋は広く明るく、壁には絵がかけられていました。


私はソファーに座って、「こんばんは」と言うと、「こんばんは」と少年は少し照れたように素直な挨拶を返してくれました。少年は、顔や首筋にアトピー特有の、赤くはれ上がった強いかさかさが出ていました。アトピーが気になるのでしょうか、時折、顔に手を触れました。顔は色白く、背は高いのですが、かなり肥満という印象を受けました。


総じて、ひきこもりの子供は太っていることが多いです。もちろん、やせている子供もいますが。彼もまた、日々の厳しいストレスを体ににじませて隠す術がありません。母と子は、夕食の最中であったらしく、食卓のテーブルには料理が置かれていました。「夕食が遅くなってしまって。食べかけのところで申し訳ありません」「いえ、どうぞ、どうぞ。気になさらずにお食べください」「もしよろしかったら一緒にいかがですか?」「いえ、私は食事はすませてきましたので・・・・・・・」


父親は55歳で、母親は 20歳年下と夫婦の年齢の差も大きいです。少年は夫婦の一人息子でした。「なぜ、学校に行かないんだ。そんなことが許されると思っているのか!」父親は厳格な人で、スパルタ式の教育で息子を責めたてました。「お前なんか俺の息子じゃない。人間の屑だ!」父親は不登校、ひきこもりの息子をどんどん 窮地に追いやっていきました。


当然のことながら、子供はそんな父親に恐怖心をいだき、逃げ続けました。母親は父親から息子を守る側に立ちます。夫はそんな妻を許すことができず、夫婦仲はあまりよくありませんでした。不登校やひきこもりの子供たちを理解してくれる父親たちは少ないのが現状です。特に厳格な父親ほどその傾向が強いように思います。


「なぜ学校に行かない」「理由なんかない。理由がわからない」「理由がなくて学校に行かないなんてありえない。何かあるはずだ」親は自分たち自身、厳しい時代を生きてきました。常に目標を持ち、無我夢中で働いてきた企業戦士たちにとって子供たちの状況は「奇異」としか写らないのです。


父親は家庭を顧みることなく、子供が起きている時間帯には決して帰ってきませんでした。家族といっても、わずか親子3人です。夫婦関係、親子関係は、息子のひきこもりの影響をもろに受けて崩壊直前でした。夫婦仲の悪い母親は子供にすがります。母親は、息子を盲目的に愛しました。夫婦関係が最悪の状況下、子供を思う気持ちはますます強まり、子供が学校に行けないプレッシャーをも母親が背負い込んでいました。


結果、母親自身が精神的に病んでしまい、体調を崩し、顔色がすぐれないようです。「どうして息子はアトピーで苦しむのでしょうか。かわいそうに。代われるものなら、私が代ってあげたい」母親の涙腺がもろいのは、厳しい家庭状況からくるものなのでしょうか。私には尋常でない状態まで追い詰められているようにも思えました。「私たちは離婚した方がいいのでしょうか」


「お母さん、わたしにはそういう家庭の問題まで相談にのる資格はありません」夫婦の問題にまでは踏み込めません。そういう権利は私にはありません。ましてや裁判所の調停委員でもありません。父親に対して何か働きかけることなんてことができようはずもありません。私にできるのは、少年の話を聞き、母親の話を聞いてやることだけです。


子供の相談に来たのに、最終的には夫との離婚の話にまでおよんでしまいました。母親には生気がなく、苦悩やつらさの影が色濃く出ていました。「高校には進学したい」少年はきっぱりと言いました。「でも、その前に入試に合格できるかどうか。何とか、この子に高校生活を送らせてやりたいんです」


夫婦仲の悪さに反比例して、母と子の関係は濃密でした。「でも、成績が悪いから受けられる高校もない。どうしたらいいんだろう」少年の通知表は、オール1でした。そのうえアトピーで、不登校です。八方ふさがりの状態でした。「君が行こうと思えば行ける高校はいくらでもあるよ。それは君自身が、今から学力をこつこつと積み上げていけばできることだよ」


進路については、その時点において私が持ち得る情報はすべて話しました。「頑張れば普通の高校にだって行ける。通信制や定時制の高校もある。あきらめることはないよ」「でも、できたら普通の高校に通いたいんです」高校進学に関しては、ほかにもいくつか選択肢があります。「まだ時間はある。いろいろ考えようよ」大人の前ではよく笑う、感じの良い子でした。「でも、やっぱり心配なのはこのアトピー・・・・・・」


アトピー性皮膚炎を引き起こす最大の要因は、ストレスであるといわれています。体質の問題もあるのでしょうが、何かで恥ずかしい思いをしたり、冷や汗をかくような緊張感があると精神的な重圧がプレッシャーやストレスを生みます。そして、ストレスがどのようなメカニズムでアトピーとなって症状を引き起こすのか、医師でない私にはわかりません。アトピーはたかが皮膚炎と侮れません。不登校やひきこもりの子供たちにアトピーの症状が多くみられるのは歴然とした事実です。


少年の家への夜間訪問は、その後も何度か続きました。少年の部屋は、好きなスポーツグッズであふれていました。壁にはサッカー選手のポスター、ユニホームも飾ってあります。少年はこの部屋でどんな夢を見ているのだろうかとふと私は思いました。大学時代に家庭教師をやっていた経験から、私は彼の勉強を見てやり、一緒にゲームもしました。書棚の片隅に、折りたたみ式の将棋盤を見つけ、「将棋をやったことあるの?」と聞きました。


「僕は小さいころよくやりました」すぐとって、机の上に広げ、「将棋をやろう」と言いました。少年にとって遠い記憶に刻まれた将棋盤だったに違いありません。恐る恐る並べているように見えた手の動きも、だんだんしっかりしてきました。私よりも腕がいいと思われる少年の指し手でも、私の奇襲戦法の前にはガタガタになったりします。膝をたたいて「いやー参りましたよ」などと言います。笑顔がこぼれ、楽しい表情が印象的でした。


少年に欠けているのは、「父親の温もり」であり、求めているのもまた父親の温もりでした。どれほど母親が彼に愛情を与えようとしても、父性まで与えることはできません。それにしても、息子が危機的状況にあるというのに父親はどこにいて何をしているのでしょうか。父親はいつも夜遅く帰宅しました。私も何度か、父親の姿を目にしたことがあります。


その夜、父親はかなり泥酔して帰宅しました。まるで家に帰ることが苦痛であるかのように私の目には映りました。母親は父親に私 を紹介しました。「うちの息子を、まあよろしく頼みます」実に恰幅もよく、顔もきりりとしていてそのあいさつの声は決して儀礼的ではありませんでした。かなり酒に酔っており、気恥ずかしさもあったのでしょうか。奥さんが声をかけても、彼女の顔も私の顔も見ずに、あっという間に部屋に入ってしまいました。


そして、それっきり姿を見せませんでした。夫婦のズレは一目瞭然でした。父親の年齢を考えますと、遅くなってできた子供ですから、絶対にかわいいと思っているはずです。「お前の教育がなってないからだ」父親は息子のひきこもりの原因を、母親の責任にして追及しました。夫婦は一人ひとりは、すてきな人たちです。ところがそれが家族になると、不思議とばらばらになってしまうことがあります。母親からはいろいろなことを相談されました。


その相談の中でもっとも核心的なものは、夫の暴力でした。体の各部位に夫から受けた暴力の生々しい傷跡が残っています。息子は母親の傷を知っているようでした。母親はその傷を息子に何と説明しているのでしょう。母親を愛する思春期の少年です。母親の体についた傷は、少年にとって自分の心の傷でもあるでしょう。その心の傷を、少年はこれからどうやって埋めていくのでしょうか。ところで、少年は父親が母親に暴力をふるった時、どうしていたのでしょう。


この少年の体は大きいのです。少年が父親の暴力を知らないはずがありません。それとも、父親の暴力は少年が寝ている時間を選んでなされるのでしょうか・・・・・・・・・。父親もいつも息子の寝た後、帰宅するようです。少年は、「普通高校がいいか」「サポート校に行くか」、進路問題でさんざん悩んだ末、都立の普通高校に行くことに決めました。


都立高校の入学式には、母親と少年の姿がありました。しかし、その後数日高校に通っただけで、少年は再びひきこもり生活に突入してしまいました。母親からの緊急SOSを受けて、私は再び少年の家と出向きました。「高校からなら新しい自分としてスタートできると思って入学したけど、やっぱり行けなくなってしまいました。ごめんなさい・・・・・・・」少年は首をうなだれてしょげかえっています。


「アトピーが、さらにひどい状態になっちゃって・・・・・・」学校に行くという精神的な重圧は、私たちが想像する以上に大きいのだろうと私は彼を見ながら思いました。思えば、学校とは不思議な場所です。同世代の人間があふれかえっています。いじめなど、少年がそれまで受けた同世代に対するプレッシャーは、見えない力で今も精神的な重圧となって覆いかぶさっています。


高校受験には合格したものの、入学式が近づくにつれて重圧を感じるようになったようです。これでやっと高校に行けるという喜び以上に、不安の曲線が急カーブを描いて上昇したのだろうと思います。入学式には必死の思いで出席しましたが、やはり通い続けることはできませんでした。精神的な重圧はより深刻で、アトピーとなって現われました。


アトピーは、悪化の一途をたどりました。私と話しながらでもぽりぽり、ぽりぽり体中をかきむしります。思春期の最中ですから、つらいだろうなと少年の心を推し量りました。授業中であれ、通学途中であれ、アトピーのかゆさは容赦ありません。アトピー地獄が、彼を殻のように家に閉じこもらせていました。


私はアトピー治療のこれまでの経緯を聞きました。少年は治療に対しては前向きで、いくつも転院しています。ですが、いずれも西洋医学の病院でした。病院で治療を受けても、ますますひどい状態に陥っていきました。もはや普通の病院では手の施しようがないと言われたといいます。私は知人の漢方の医師を紹介しました。結果から言うと、4カ月後、アトピー症状は驚くほどの回復ぶりを見せました。


あれほど苦しんでいたアトピーが、治癒に近い状態にまでなったのです。少年は再び、都立の普通高校に通い始めました。アトピー性皮膚炎の方は、良好な回復ぶりを示しましたが、夫婦関係は修復不能の状態で今なお推移しています。傷ついた少年の心の回復は、どれくらい時間を必要とするのでしょうか。そして、少年が自分自身の心の癒しを得られる日はいつくるのでしょうか。16歳の憂鬱は続きます。



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理事長:
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TEL
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