すきま風夫婦と登園拒否
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すきま風夫婦と登園拒否

2020年02月22日(土)9:33 PM




ここで紹介するのは、幼児期に集団で遊ぶ機会が少なかったために、登園拒否を起こしたH君の話です。この相談では、現代の家庭のあり方、近所とのつき合い方が子どもが集団生活を学ぶ上で、大きな問題となっていることを理解していただけると思います。





最近の知識偏重教育の中にあって、集団で遊ぶことの大切さを頭では理解していても、思春期までもち続けている親は少ないです。しかも、受験競争はどんどん低年齢化し、外で遊びたい盛りの幼児期から勉強や習い事を強いられる子どもが少なくないのが現状です。勉強も習い事も人との関わりの「遊び」とおさえてくれれば少しはいいのかもしれませんが、どこかで本気に競争にしてしまうから問題となるのかもしれません。





H君(現在小学一年生)の父親はサラリーマンで、大手流通企業の人事グループに勤務しています。母親は専業主婦です。都心から遠く離れた海辺の街に住んでいます。父親は、毎日片道二時間半をかけて都内に通勤しています。母親は勝気な性格もあって、家では主導権を握っています。





H君の出産時期には母方の祖母が来ました。母親と祖母中心の生活は、父親を入り婿のような気分にさせ、家に帰りづらくなっては外で酒を飲む日が増えていきました。





このことがきっかけで、H君を出産したあとも、夫婦の関係はぎくしゃくしたものになっていきました。祖母が帰ってからも相変わらず父親の帰宅は遅く、母親が子育てをすべて一人でするうちに、育児ノイローゼになってしまいました。





主任昇格で部下を持つ身となった夫はマージャンを覚え、帰宅時間はさらに遅くなりました。夫婦の間にすきま風が吹き始めたのも当然のことだったかもしれません。





母親は子育ての疲れと不安を理由に、子どもを連れてはたびたび実家に帰りました。父親と母親の実家は九州の同郷で、お互いに適齢期を迎えた見合い結婚でした。





この時期、父親もお盆を利用して実家に帰りました。ところが妻の実家に寄っても、泊まることはありませんでした。その後、数ヶ月経っても実家にいる妻にいらだった夫は、ある日出勤前に電話をかけ、「そこはおまえの家じゃないだろう。早くこっちに帰って来い」と言いました。とりあえず、母親は父親の「説得」に応じ、帰ってきました。しかし、そこでも口論が絶えませんでした。





「わたしの実家では子どもの面倒を見てくれたけれど、あなたの実家では全然見てくれなかったじゃないの!」母親は父親に対して厳しく責めたてました。直情タイプの母親の性格と、自分が子育てにノータッチであった点を反省し、父親は休日になると二歳になった子どもを連れて公園に遊びに行くようになりました。





公園には同じように子どもを連れた主婦が大勢いましたが、父親は彼女たちとコミュニケーションがとれませんでした。もともと父親は内気な性格で、子どもと遊ぶこともあまり好きではありませんでした。会社の休みが平日しか取れず、公園には子どもを連れている父親の姿などはなく、主婦たちの輪の中に入ることがまったくできませんでした。





父親は自分が誘拐犯のように見られているのではないかと思い、その場にいずらかったといいます。父親は、公園の隅っこで子どもを遊ばせていました。





子どもも他の子どもと遊ぶことができず、一人で遊ぶようになりました。そのころ父親は、マージャンや飲酒が原因で遅刻が増え、異動させられることになりました。人事から販売営業の部署に移りました。慣れない仕事のためか、成績は思うようには上がりませんでした。二年経って再び異動になりました。





今度は関連会社の営業職へ出向となりました。どちらかというと消極的な父親は、このような客商売の仕事には向いていませんでした。仕事がつまらなくなり、これから先のことを悩み始めていました。家のことなど考えていられる状態ではなくなっていました。そのうち、子どもを公園にも連れて行かなくなり、家の中だけで遊ばせるようになりました。





登園拒否のはじまり





H君は幼稚園の年長組に入園しました。でも、一人遊びしかしたことのないH君は、幼稚園の集団に馴染めず、行くのを嫌がるようになりました。母親も同じ幼稚園に、知っている人がいませんでした。マンション住まいのために近所づきあいが限られてしまっていたということもありますが、近所にも同じ幼稚園の子どもを持つ家はありませんでした。





母親は常に一人で子どもを送り迎えしていました。そのため、子どももなかなか友だちができず、家に帰ってもいつも一人でした。H君自身はこれまで友達づきあいをしたことがなかったので、自分から仲間の中に入っていく方法も知らなかったのです。





そんなある日、決定的な出来事が起きました。それは幼稚園での小さないじめでした。粘土遊びの時間、H君は他の子どもに造ったものを壊されてしまいました。H君はおとなしい性格のため、抵抗できず、泣きべそをかくだけでした。そんなH君の姿を皆がおもしろがり、さらにいじめられてしまいました。





先生は、子どものじゃれ合い程度にしか考えず、H君はいじめられっぱなしでした。その後、H君は幼稚園に連れて行こうとする母親に頑強に抵抗し、外にも出ず、家の中で一人で遊ぶようになりました。以前のように、家の中で母親と弟といっしょにいるほうが楽しいのです。両親は困り果てましたが、H君にとっては少しも楽しくない幼稚園に行くよりも、家にいたほうが気持ちは楽でした。





また両親も、幼稚園は義務教育ではないという気持ちから、少し余裕があったようです。わたしが相談を受けたとき、母親は子どもが「閉鎖的な性格」になった理由に、父親の愛情不足をあげました。





夫はこれまで数えるほどしか子どもを膝の上に乗せたり、抱いたことがないと母親は言いました。それも、街を歩いているとき、子どもを抱いていた母親の靴紐がほどけ、それを結び直すときにちょっと代わりに抱いただけだと言うのです。





父親はH君の状態が心配になり、子どもに関わろうと努力しますが子どもの遊びに慣れていないために、父親の関わりはH君にとってはただのちょっかいにしか過ぎなかったようです。





今まで無関心だった父親が急に近づいてきたため、戸惑いを感じたのかもしれません。また、父親も自分を敬遠する子どもが可愛くなく、中途半端な関わりに終わってしまいました。





そのうちに、母親は夫を頼りにならない父親と見るようになり、離婚すら考えるようになりました。母親は気丈な性格でまだ若かったので、子どもを一人で育てながら働く自信がありました。





引きこもりから立ち直らせるチャンス





卒園の時期が近づいてきました。わたしはこれ以上幼稚園にこだわっていても仕方がないと、両親に話しました。H君が仲間づくりのきっかけをつかむのを小学校に賭けることにしました。H君には弟がいます。弟は活発で元気な子です。近所に友達もいます。そして、その友達にはH君と同い年の兄がいました。





わたしはH君の弟が近所の友達の家に遊びに行くとき、H君を「お目付け役」の形で同行してもらいました。やがて、同い年の兄もそれに加わり、四人でボール遊びなどをして遊ぶようになりました。





H君は小学校入学後、弟の友達の兄といっしょに登校するようになりました。そして彼がH君をリードする形で友達づきあいができるようになりました。





このように、引きこもりや不登校の生活から、友達との関わりをつかむきっかけに、入学等の節目は大きいのです。どんな子も「仕切り直し」のチャンスを待っているからです。





ただし、本人には用意周到な準備が必要で、集団から離れ、再び加わるには想像もつかないような「勇気」がいります。この「仕切り直し」が上手にいかないと、置き去り感を感じてしまうことも多いのです。小学校に入ったばかりで不登校になった場合は、周りが友達づくり等に多様な努力をはらわなければ孤立感を深めやすいように思います。





「あと六年もあるから、そのうちになんとかすればいい」と思う親のいる一方で、切羽詰った真剣さで登校刺激を繰り返し続けている親もいます。いずれにしても、一人遊びの空間を仲間遊びの空間につなげてほしいとわたしは願っています。子どもは、幼児期からの遊びの中で人間関係を学ぶものです。





そこで、信頼や希望を得、人格を成長させ、社会化していきます。遊びはつきあいの第一歩なのです。H君の場合は同世代とともに、人格を成長させる機会が極端に少なかったようです。





親の世代が子どものときは、集団遊びは当たり前でした。でも、知的優先の社会となった今日、母親が子どもの時間をコントロールするようになったりして、大切な遊びの時間が減少してしまいました。





また、子どもだけで遊べる公園や空き地も減少しました。外に出れば交通事故の心配もあります。そのために、親はたえず子どもを監視し、神経を使わなければなりません。





このような状況も、子ども同士の集団をつくりにくくしています。また全体の傾向として、新興住宅地などは近所づきあいが乏しく、引きこもりやすい環境でもあります。





だからこそ、意識して人間関係を「人工的に創る」努力が大切なのです。勉強はいつでもできますが、人間関係を豊かにする遊びの楽しさは幼児、児童期にこそ獲得できるものです。そこを下地に思春期、青年期で「思い通りにいかない」人間関係を学ぶのです。



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