高齢夫婦とひきこもりの息子
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高齢夫婦とひきこもりの息子

2020年02月21日(金)11:25 PM




「わたしはがんばりますよ」と面接終了とともに、一声気合を入れて腰をあげる、七十歳を数年後に迎える父親のAさんです。そして毎回、相談室の入り口の戸を閉めるときは、かつて「日本列島改造」で鳴らした田中元首相のように片手をあげてはニコッと微笑み、敬礼をします。





「それじゃあ、お父さん、お母さん、ここで失礼します」わたしはそう言うと決まって頭を深々と下げます。なかなか訪れない息子さんの明るい話題にわたし自身が気落ちしていると、父親の別れの言葉はより威勢がいいのです。





「やってみますからね、これからも頼みますよ」わたしにいとまをとらせまいと先を急ぐ父親は、つまずきながら靴をはきます。そしてその倒れかかった体をそっと両手で支える妻の姿があります。「頼みますよ」、それは何も、三十歳を迎え、なおもひきこもりを続ける息子さんについてわたしに懇願しているわけではありません。





無力なわたしへの励ましと、「何度通っても変われない親で情けないです」という自省の言葉です。「今朝は、珍しく青空で気持ちがよかったですね。どうも今年の夏はすっきりした朝があまりなかったですね。二ヶ月ぶりですね。面接に来るのも。少し遠く感じましたよ」





Aさんは、生涯現役を自認するかくしゃくした父親です。「息子のほうは”青空”になりませんで、あいかわらず外出も少なかったです」Aさんよりも十歳離れた母親は、少し冗談ぽくAさんの顔を見ながら口を開きました。





「そうですか、いつかは”雨”もあがりますがね」最初から重い話で進んでしまうと、わたし自身が余裕をなくし、”話を聞けない面接”になってしまうことがあります。





それを防ぐためにも、とりあえず見方に変化を与え、肩の力を抜いて面接に入りたいとわたしは常々心がけています。ましてこのご両親とは、十年近くのおつき合いになります。これだけ長い間、面接を重ねてくるためには、ご両親とわたしとの間に”希望”という絆を築きあう関係が必要になってきます。





そのためにも、一方で「変わらぬ現実」に対してどこかで弱音を出し合える、許しあえる場も確保しなければなりません。わたしは母親の「この間も”青空”が見えなかった」という弱音を受けとめ、そして、天気に事寄せて話をやわらかく「すり替える」しか術のない自分を許してもらう間柄を、阿吽の呼吸とやり取りで確認していました。





するとAさんが、腕組みしながら母親にぶっきらぼうな返事をしました。「あの暑さじゃ、外出なんてしないさ、誰だって・・・・・ねっ」Aさんは面接の途中にこうしてときどきわたしに確認を求めてくる”癖”があります。「そうですね、とにかく暑かったですね」わたしには、とかく暗くなりがちな息子の日常について、Aさんなりに明るく受けとめようとしている姿が健気に思えました。





「よく言うわよ。あなただって『少しぐらい外出しているのか』って、わたしにあの子のことを聞いていたじゃありませんか」母親の「あたなだって同じでしょ」という悔しさが、それとなく優しく伝わってきます。Aさんは「そうだったかな」といったとぼけ顔で、その場を乗りきろうとします。その素っ頓狂な顔が、わたしにはいじらしく見えます。





でも、息子の苦悩を背負っていこうとする”夫婦愛”に陰りはありません。「そういえば、一週間前ぐらいに、あいつ(息子)と駅のホームで偶然に会ったよ。買い物に出かけたんだろ。両手に重そうな荷物を持っていたので『ヨッ』と声をかけて手を差し出したんだけど・・・・・・・・・」Aさんは、口惜しそうに言いました。





Aさんと息子さんはここ数年、ほとんど会話らしきものを交わしていません。いくら親とはいえ、いや親だからこそ、”拒絶の反応”にそういつまでも耐えられるものではありません。





「嫌いな父親が近づくよりも、おまえ(妻)が仲良くして、俺(父親として)の気持ちを伝えてほしい」と、Aさんは母親である妻に子育て怠慢をときに責められると、こう繰り返していました。「女親は食事を作ってあげることでつながることができますが、こんな親子関係になると父親はダメですね。働くことしか知らなくて。





俺には妻がいて、子どもがいて、家族があって、といった自覚を持って働いてこなかったんです。そのツケが回ってきていますね」かつてAさんが面接の中でつぶやいたことをわたしは思い出していました。





「近づいて大きな声でほんとうに言ったの?」残念そうに、母親がAさんに問いただします。「言ったさ。でもあいつも意地があるんだろうな、父親に対して。あんな重い物を両手でよく持てるもんだ。やっぱり若いな。意地さ、意地を張っているんだよ。頑固なところは俺とよく似ているな」自分の言葉にうなずきながら、Aさんがわたしに話しかけます。





「わたしもわたしなりに努力していますよ。あいつの前を歩きながら階段を降りていると、息子のシルエットが足元に映るんですよ。あいつ、こんなに老いぼれた父親でも頼ってつきてきてくれているんですよ。あの頑固さがとれてくれたらな」





「お父さん、いつもいばっているから近づけないのよ。わたしだって、こんなにあなたに言えるようになったのは、あの子がひきこもってどうしようもなく動かなくなってからよ。恐かったもの」母親は自分を引き合いに出しながら、息子の気持ちをAさんに伝えようとしていました。





「そういえば、あの子が中学三年のとき不登校になって、無理やり教室に連れて行ったことがあるんですよ。そのとき息子は真っ青な顔になったんです。よほど辛いのだろうと思って、結局連れて帰ったんです。いくら理由を聞いても話してくれませんでした。まあ、何かあったとしても言わないと思います。





あの子は人を頼る子ではないし、”わが子かわいさ”で動いてしまうわたしの性格も知っていたと思います。でもそれからいつも、学校探しから、職場探し、相談室探し、みんなわたしが見つけては一緒に行きました。あれは納得してついてきたと思っていましたが、引っ張りまわされた、と思っているんでしょうかね」Aさんのメガネの奥に流れる涙が、切なく次の言葉を語らせました。





「最近、本当に馬鹿げたことを思うんです。わたし自身、家族に経済的な不安もかけずにそれなりに一流企業のエリートを歩んできましたが、光の裏で影となり支えてくれた同僚たちへの感謝がわたちには足りず、それで恨みでもかって、その”祟り”があの子に向いたのかなって・・・・・・・。でも、大丈夫ですよ。親としての責任はとりますから・・・・・・」





「そう思うのも、みんな子どもの先を案ずるからですよね。お父さん、遠いけどまた来てくださいね」わたしはAさんと目線を合わせると、唇を噛みしめ微笑み返しました。すると母親が慌てるようにして腰を上げて言いました。「すみません。すっかり時間をオーバーしてしまって、次はいつですか?」母親の汗をふく仕草が、わたしの背筋を伸ばしてくれました。



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