不登校の子どもの父親の告白
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不登校の子どもの父親の告白

2020年02月21日(金)2:12 AM





「妻がずいぶんいろんなことを言っているでしょう。わたし、妻に言われました。『あなた、もうちょっと子育てに参加してほしかった。あなたはよく言うでしょう、父親の出番だって。子育てに参加してほしかった。あなたがもっと、あの子とつき合っていれば、あの子に父性が身について、あの子、不登校にならなくてすんだのよ。


あなたはいつも日曜日になると遊びに行っているから、だからこうなったのよ。なぜもっとあの子とつき合ってくれなかったの。あなた、いつも新聞を真面目に読むように子育ても真面目にしてほしかった。それに新聞にも書いてあるでしょう。父親の出番、父親の出番って』わたしはいつも妻からこう言われてきました。でも、実はわたしは本当は子煩悩な父親だったんですよ。でもね、あの時からなんですよ。


わたしが子どもと関わらなくなってしまったのは・・・・・・・・。実はわたしたち家族は毎年、お盆になるとレンタカーを借りて、子ども二人と家内とわたしと四人で実家に帰るんです。高速道路の横断幕の『無事が何よりの土産』って書いてある東名高速を走るんですよ。運転免許はわたししか持っていないんです。だからわたしが一人でずうっと運転しているんです。


妻は車が恐いと言って、免許証を取らないんです。でも、それでもよかったんです。車の中で、子どもと妻が楽しそうだったからです。みんな家族しているんですから、わたし、それで十分でした。で、運転していたんです。毎年これが楽しみだったんですよ、家族みんなが一緒だなあって。


それがあの子が中学に上がったときです。子どもたちが夏休みになって、いよいよわたしが『おい、今年もお盆に帰ろうな。もうレンタカーで車借りておいたからな』と言ったんです。そしたら子どもたちが言ったんです。『今年はお父さんとお母さんで帰ってきて。部活も忙しいから』『えーっ』と思ったんですよ。寂しいと思いました。


子どもがもう一緒に帰ってくれない。ああ、これが親離れ、子離れっていうのかなあ。もう子どもたちは一人で歩んでいくんだなあ。妻と二人の生活が始まるんだなあって思ったんです。寂しかった。でも仕方がないなあと思いました。それで、すぐレンタカー屋さんに行って小さい車に変えたんです。大きい車を借りていたけど小さい車に変えました。


ところがいよいよ出発の三日前になっても、妻が全然支度をしていないんです。帰省する支度をしていないから、おかしいなあと思って、妻に聞いたんです。『おい、そろそろ支度しろよ』と言ったら、妻がこう言ったんです。『あなた、子どもたちが部活に行くから、わたし、お弁当も作らないといけないから、ねえ、あなた、今年は一人で帰って』と言われました。


わたしは寂しかったです。本当に寂しかった。一人ぼっちで・・・・・・。何か妻と子どもたちが一つになったような感じがするんですよ。それだけじゃあないんですよ。今度はこうも妻が言うんです。『あなた、知っているでしょう。わたし、田舎に一週間帰ると、いつもお母さんとつき合っていると疲れちゃうの。もうくたびれちゃって、田舎に疲れに帰るようなものなのよ。


わかってるでしょう。わたし、帰ってくるといつも一週間寝込んでいるの』それだけじゃあないんですよ。さらにこうも言うんですよ。『あなた、わたし知っているのよ。あなた、いつもあれでしょう。お母さんと二人でそっと抜け出してお寿司食べに行ってるじゃない』ここまで言うんです。


わたし、それからなんですよ。日曜日になると、一人で外に出かけるようになったのは。土曜日は接待のゴルフがあったんですけどね。実はわたし、もう東京に二十数年住んでいるんですけどね、東京見物したことがないんですよ。大学を卒業して入社したときに、母親を連れていったけど、あれだけなんですよ。


あとは、何もしていないんです。だからわたし、神田の本屋さんに行って『気軽に一人でできる東京散歩』という本を買ったんです。そして上から順番に実際に行ったところを消していったんです。だからわたし、日曜日になると朝早く起きておにぎりを作って、そして東京見物するんです。


そして一日東京見物して、必ず戻ってくるところがあるんですよ。わたし、毎週日曜日にそんなことして、いつもいつも不思議なんです。最後に必ず戻ってくる場所が同じなんです。いつも同じ所に戻っているんです。わかりますか?それがどこなのか。いつも同じ場所に戻っているんですよ。


わたし、いつも大手町(東京のビジネス街)の銀行の通用門にいるんです。それもいつもそこで世間話している相手が、実は守衛さんなんです。いつもわたし、その守衛さんと話しているんです。そしてその守衛さんと話しているのがいちばん好きなんです。人生の大先輩の守衛さんなんです。


でも、わたしは情けない男なんです。その人がいちばんわたしの話を聞いてくれるんですが、実はわたしはそれまで、バカな男です。毎朝守衛さんがわたしに向かって『課長さん、おはようございます。』と頭を下げてくれても偉そうにしていたんですよ。バカでした、わたしは。


わたしのそんな気持ちなんて全然、妻や子どもはわかってくれないのですよ。この背広がわかりますか。うちの妻や子はね・・・・・。そりゃあわたしが誘わないのもよくないかもしれないですけど、土曜日になると銀座へカレーライスを食いに行っているんですよ。銀座にカレーライス食いに行くんですよ。家で食えばいいじゃないですか。わかりますか、これ、何かわかりますか。実はこれはわたしが初めて会社に入社する時に母親が買ってくれた背広なんです。


わたし、今、この背広を着ているんですよ。わたしは子どもが学校に行かなくなって家でゲームばっかりやっているから頭にきたんです。ある日、子どもに向かってこういうふうに言いました。『お父さんはなあ、大根一本で三日過ごしたんだぞ』と言ったんです。そしたら子どもが『はあ?』わたしの気持ちなんて全然わかってくれないんです」。


そして別なある日、お父さんとお母さんが二人そろって面接にきました。以下はそのときの夫婦のやり取りです。お父さんがこう言いました。「おい、なんだ、そんなことがあったのか?あいつ(不登校の子)、そんなこと言ってたの、俺のことについて」「そうよ」「なんでお前はもっと早く言ってくれなかったんだよ、それを」


「でもあなた、あんまり言う時間なかったじゃないの。いつもあなたは夜遅いし、そしてもう朝は早いし」「こういう大事なことは早く言ってくれよ」そしてしばらくたつとお母さんがお父さんにこう言うのです。「ねえ、あなた、どうしてそんな大事なこと早く言ってくれないの?そんなことがあったの?全然知らなかった。どうしてそのときに言ってくれなかったの?」


「お前に何か言うと『子育てはわたしに任せてください、余計なことは言わないでください』ってお前、言ってたじゃないか」最後にこのお母さんはこう言いました。「あなた、わたしたち夫婦って、結局カウンセリングでもしてもらわないと対話のできない夫婦になったのね」



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