男性としての自信のなさが原因で引きこもりへ(25歳)
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男性としての自信のなさが原因で引きこもりへ(25歳)

2020年02月21日(金)2:07 AM




A君(現在二十五歳)は、小さいころから活発で、性格も開放的でとてもやさしく友だちも多い子どもでした。中学生のころは、スポーツも勉強も得意でした。サッカー部のレギュラーでしたが、高校受験のために退部することになりました。これは親の意向でした。





高校に入ってからも、勉強は常にトップクラスの成績でした。それだけに、「なんてバカな高校に入ってしまったんだろう」と失望していきました。彼は自分は高校を間違えたと思うようになりました。そして口数が少なくなり、考え込むことが多くなりました。





付属の大学に進学しましたが、その大学の名前を友人にも言いませんでした。いや、正確には言えなかったようです。高校と同じくレベルが低いと思っていたからです。ところが、親のほうはその大学のレベルに満足していました。彼は悩みぬいた末、大学の三年で誰にも相談することもなく中退してしまいました。





そして専門学校への入学を希望していましたが、A君には学費が出せませんでした。親に援助を求めましたが、勝手に大学を辞めたことに腹を立てていた父親は、A君の入学を許しませんでした。





父親は子どもを猫かわいがりしてきましたが、自分の気に入らないことがあると感情むき出しの怒り方をする性格でした。「大学をやめたんだから、働け!」と父親はA君に迫りました。とりあえず、車の好きなA君は、車の販売会社への就職を希望しました。ところが、どの販売会社もA君を不採用にしてしまいます。





「働く意欲が伝わらなかったのでしょうか」と今振り返ってわたしに言います。思い通りにいかない人生にA君は、しだいに厭世観が増してきました。





家でボーッとしてばかりいるA君に父親は怒ってばかりいました。このころからA君は、両親と三つ年上の兄が自分をよってたかっていじめているように思い始めてきました。





A君は家を出ようと、毎日、住宅情報誌をながめながらアパートを探しましたが、これといって気に入ったものが見つからないまま、日は過ぎていきました。





A君の家は地元の名士で、製菓業を営んでいました。子どものだらしない生活を見かねた父親は、これでは他人のところでは務まらないだろうから、兄と一緒に家業を継がせようと思いました。しかし、A君はそれを嫌がりました。そして父親と激しい口論になりました。「出て行け!」「ああ、出て行ってやる!こんな家になんかいたくない!」





売り言葉に買い言葉です。A君の中にくすぶっていた「家を出る決意」がこのとき決定的となり、A君は家を出ました。そして、その勢いで寮付きの会社に入ったのです。その後、転職を重ねますが、今となってはわからず屋の父親に感謝していると言います。





何かの攻撃をバネにして踏ん張るチャンスを、父親は自分に与えてくれたとA君は考えています。そんなA君のもうひとつの素顔を紹介しましょう。





話はさかのぼりますが、二十歳のときにガールフレンドができました。街中で軽い気持ちで声をかけたところ、その女の子に気に入られてつき合うことになりました。彼は頼りなかったようですが、なかなかハンサムで物思いにふけるようなところがあり、気丈な彼女にはそれが魅力に思えたようです。





A君はけっしていい加減な性格ではないのですが、女性に対しては飽きっぽいところがありました。何度も関係を持つうちに飽きてしまって、自分のほうからすぐに別れていました。そして深い関係になっても、ちょっと女性に腹の立つことを言われると「俺をなめているのか」と怒って別れてしまいます。





本人は遊びのつもりでつき合っているわけではなく、恋愛感情を持っているのですがすぐに飽きてしまうのです。そして別れると、自己嫌悪に陥り再び寂しくなって次の女性を求めるのです。





「寂しがり屋でいつも女性がそばにいないとダメなタイプ」だと自己分析しています。そして男性の友人は少ないです。「自分は口数が少ないし、表現力も乏しいので、男性と対等に渡り合う自信がない」と言います。男性は、プレッシャーを与える存在でしかないと考えているからです。





これは父親の影響のようです。A君がつき合う女性は、気が強くて守ってもらえるようなタイプが多かったようです。それはリードしてもらえる安心感があるからです。常に相手が選択したことに乗っていれば、自己責任を取らなくてもよいと思っていました。傷つかないコミュニケーションをとっていたのです。





彼は女性に常に母性を求める傾向がありました。それで、年上の女性をよく好きになりました。飲み屋で知り合った女性に、わざと酔っ払ったふりをして、介抱してもらい、甘えることを好みました。その後、A君はひとりでできる仕事ということで、警備会社にガードマンとして就職しました。ですが、一年半ほど勤めて退社しました。





そのあいだに警備会社の派遣先で知り合った女性とつき合い始めました。この女性はA君より三つ年下で、非常にやさしく、いままでつき合ってきた女性と違い、かわいく、独占したい存在に思え、いつのまにか自分の時間のすべては、この女性のためにあると思うようになっていきました。





A君は結婚するのはこの女性しかいないと思うようになっていきました。でも、その女性は、A君が会社を辞めるのを契機に別れ話を持ち出しました。A君はおおいにうろたえました。それからというものは、女性を執拗に追いかけました。A君には捨てられるという気持ちが強かったようです。





A君はその思いを「僕は初めて女性との結婚を意識しました。でも、ダメでした。二十四歳にもなってブラブラしている男なんて、もう誰も相手にしてくれませんよ」と相談に来て最初にこう言いました。





A君は「年齢に見合った社会人」になっていない自分を持て余していたようでした。そして、A君の感情はさらにエスカレートし、ついにその女性に暴力を振るうようになってしまいました。





A君は、その女性が会社や駅から出てくるところを待ち伏せしたりするようになりました。あるときは、女性のアパートの前で帰りが遅い理由を問い詰めたりしました。





女性にはそれに答える「合理的な理由がなかった」といいます。A君は帰ってからも嫉妬心でムシャクシャして、茶碗を投げつけたりテレビを叩き割ったりしました。そのようなことをしながらも、A君は彼女のことが忘れられず、電話しては謝りました。A君は毎朝のように彼女のことが心配で電話をしました。





そして、「今日は何時に帰ってくる?」と聞き、彼女が帰ってくる時刻に彼女の自宅や最寄の駅で待っていました。約束の時間に帰ってこないこともあるので、A君は心配になり、彼女の会社の前で立ち尽くす日が多くなりました。





そしてそのときは、彼女の後を尾行することもありました。ここまでくると彼女も恐くなり、彼女の気持ちはどんどん遠のいていきました。恐いから仕方なくつき合っているという状態でした。彼は彼女に関わりを求めました。「愛しているという彼女の証明を欲しかった」とA君は言います。





「他に好きな男がいるんだろう!」A君は彼女を力づくで責めることもあったようです。彼女も、ひどい怪我を負わされたときには実家に逃げました。その後、親同士の話し合いで二人は別れることになりましたが、これをきっかけにA君は引きこもってしまいました。





今は、自分の「欠落した男性性を見つめ直し、男らしい人間になりたい」と武道に汗を流し、働きにも出ています。「最近やっと友人にも大学中退を平気で言えるようになりました。いままでは”言い訳”するのに時間がかかっていましたけど」と、電話口の向こうからA君の元気そうな声が聞こえてきました。



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