不登校・ひきこもり経験をした子どもたちの声
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不登校・ひきこもり経験をした子どもたちの声

2020年02月21日(金)2:04 AM






十八歳  女子高校生





わたしは現在十七歳の高校二年生です(本当は三年生)。一昨年、高校に入学しましたが、クラスの雰囲気になじめず、ほとんど保健室で勉強をしていました。





クラスの雰囲気にどうしても馴染めなくて友達も少なく、朝、教室に入るのが嫌でした。前からあこがれていたバレー部に入りましたが、数ヶ月も続きませんでした。





なんとか自分で楽しいことをつくっていこうと思っていたのですが・・・・・・・・。全然学校に行かなくなったのが十月頃からでした。学校をやめて高卒認定試験も考えたり、専門学校に行こうかいろいろ考えました。だけどやっぱり必死に受験勉強をして、合格発表の時のあの喜びを消したくはなかったので、「留年」を考えました。





今、通っている学校は、わたしの本当に好きな学校です。お気に入りの制服を着て、友達と騒いだり、そう、ちょっぴり恋をしてみたりと新しいこと、楽しいこと、みんな青春は学校で生まれてくるんだもの・・・・・・・・。





やっぱり大好きな学校で、卒業証書をちゃんと両手で受け取りたい、という強い気持ちがありました。人生、長いんだもん、一年くらいどうってことない。いろいろ迷うことはあるけれど、結局、最後には自分が決めなきゃ扉は開かないと思いました。





大好きな学校に戻れた去年一年は、「自分」という人間がとても大きくなったように感じます。いろんな人に出会い、いろんな事を学び、人を愛し、そして自分を愛し、すべてを愛せた年でした。





正直に言うと、学校では嫌がらせのような事もありました。そのときはショックで泣きましたが、留年を決めたのは自分です。少しくらいのことは承知のうえですから、何とか自分に言い聞かせ、その場を乗り越えました。





一年前とはうって変わって、生徒会役員に立候補したり、ボランティア活動によって、「生きる喜び」を知ったり、本当に大きく変わった年でした。





学校に行けなくて、家にいたときは本当に苦しかったです。わたしは詩を書くことが大好きです。わたしは普通の人にはない経験をいっぱいしてきているから、心が豊かになったのではないかと思います。





自分の書く詩によって、なぐさめられたりもしました。一番大切な事は「笑顔」だと思うんです。下を向いてばかりじゃ、寄ってくるのは暗い人たちばかりです。





上を向いて、人に笑顔をふりまけば、寄ってくるのは元気な人、明るい人たちなのです。いつも「スマイル、スマイル」とわたしは自分に言い聞かせています。





高校と言えば、青春そのものです。なんだかんだ言っても、最後に決めるのは自分なのです。自分の人生だから、自分が一生背負っていくものだから・・・・・・・。





同じように、学校に行きたくても行けない自分の殻に閉じこもっている人、今すぐにとは言わないけれど、笑顔と、それと、自分を好きになってください。自分を愛してください。そうすると、目の前に新しい道ができると思います。





十六歳  男性





この文を読み出したみなさん、はじめまして。僕は関東自立就労支援センターに通っているA(十六歳)で、空を見るのが好きな人間です。今回、持ち慣れていない筆を上げたのは、自分の気持ちを素直に出してみたいと思ったからです。暇つぶしに読んでみてください。





僕は中学まる三年間、不登校になってこっぴどい目にあいました。その数年間で「これはいやだ!」という思い出を、不登校していた当時に戻ったような感じで書き記していきます。





「A、いつまで寝てるの!早く起きなさい。ほらっ、起きて!」。母さんの声・・・・・・・・。夢から引きずり出されたとたんに胸に動悸がします。体がひどく重くて、疲れた感じなんですけど学校に行くのが不安で、目はパッチリしてしまいます。





まだ中学生になってから二ヶ月も経っていないのに、すでに学校に行きたくないのです。校庭を見たくないのです。廊下を歩きたくないのです。教室に入りたくないのです。校内放送を聞きたくないのです・・・・・・・・。最悪、最低だ、学校が恐い・・・・・・。





集まった人たちの騒がしい声に寒気がします。今日で十日目です。食べたくもない朝食をすすり、来たくもない学生服をだらだらと着こみ、カバンをしょって家のドアを開けます。





すると、朝日がまぶしく、鳥が空を飛んでいます。体の中で飛びはねる心臓を押さえ、とぼとぼマンションのエレベーターのほうに歩き出します。後ろではドアを半開きにした母さんが、こっちをじっと見ています。戻るのを許さない、というみたいに・・・・・。





学校の途中までは行きますが、引き返して近くのアパートの階段にじっと座ったままで、しばらくしたら家に帰るという事が二週間ほどあり、それからはもう朝、いくら言われても起きなくなりました。学校を休み始めた頃は、とにかく家族がうるさかったです。たまには無理して学校に行かなければ、どうしようもなかったという状態でした。





兄や父が帰宅してくるのが恐かったです。特に、僕の言い分をすべて無視した「学校へ行け。ばかやろう」という言葉には、ざっくりと刀で斬られたような感覚を味わいました。





学校に行けないから休んでいるのに、学校に行けって言うなんて、何かおかしいと思います。それでも学校に行かずに、だんだん口数が減り、ある程度家族がおとなしくなると、その他にも気になる存在があります。





それは、①学校の級友、②担任の先生、③見知らぬ人・・・・・・です。この三者は、ひとつの共通点があります。その共通点とは『学校に行かないことは悪い』という、不登校をしている本人たちがうすらうすら考えていることをより確実にしていきます。





「ブーッ」と、家のブザーが鳴ります。ドアを開けてみると、「よう、Aちゃん」。学校の友達です。頼むからもう来ないで・・・・・。





こんな姿は見せたくないんだ・・・・・・。でも、そんなことは言えません。少し話をしてみると、「みんなAちゃんのこと、心配しているよ」とか、「学校来いよ、楽しいから」という言葉が頭の中に響き渡り、僕は気のない返事を返しました。





先生も、ちょくちょく現れます。存在自体が嫌です。また学校に連れて行かれるんだろうか?でも先生は、絶えず笑顔でこっちを見ているだけで、薄気味悪いです。





僕のことをわかったふりをして、ちっともわかってない。接する態度が不自然で気を使ってきます。だから先生が嫌で、電話で「これから家に行くから」なんて聞くと、一目散に外に逃げ出しました。





表を歩くと、当然のことながらたくさんの人たちとすれ違います。そんな時、午前中だったりすると、変な目で見てくる人がたまにいます。知っている人なんかに会うと、「あれ、今日は学校はお休みなの?」と聞かれます。こんなときは、適当にうなずくしかありません。





どこに行っても、安らぐ場所がありません。安らぐ場所がない、その考えが死へのあこがれにつながり始めました。死ねば楽になる、悩まなくてすむ、うるさい連中から離れられる、死にたい、死にたい・・・・・・・・。





かなり強く母親に当たり、「こんなんだったら死にたいよ!」って泣き叫びました。死に場所を求めていろんなところに行きましたが、どうしても死ねませんでした。





どうやら、死にたいことを誰かに知らせているうちは、その前にわかってほしいという気持ちがあって自殺することはないみたいです。しかし、状況は絶望的です。顔を見るのは家族だけです。食べたばかりのご飯も忘れ、冬でもTシャツ一枚、ビーチサンダル姿です。





みな寝静まった後、台所の明かりをつけ、みな起きる時間になると寝床につくという生活を送っていました。いわゆる昼夜逆転(一ヶ月余り続きましたが、家が2DKで夜中ゴソゴソすると眠れないという家族の苦情と、飼っている鳥の世話をしないといけないためやめました)です。





一日中、家の中に閉じこもっていました。毎日、大部分を一人で過ごすというのは、かなり寂しいものでした。学校の級友はもう来なくなっていました。ひどく後悔しました。本当に求めているときに、誰も来ません。ブザーが鳴って出てみると、そこにいるのはセールスのおばさんばかりでした。





誰かに見られているような気がする、そう思ってカーテンを閉めると、うす暗い部屋の中、僕はしょっちゅう自分の首をしめました。うす暗い部屋の中で、友だちがほしい、僕と同じような友だちがほしいって、本気でそう思いました。学校へ行かないことを隠したりせず、考えていることを語り合っていける友だちがほしい・・・・・・・。





その強い気持ちと度重なる幸運(?)がいっしょになり、現在の僕になりました。いい友だちがたくさんできました。多くの人と友だちになりたいという気持ちでがんばって積極的に話しかけることは必要です。





僕は挨拶を非常に大切にしています。知らない人にも挨拶すれば親しみがもてるからです。それをやらずに自分には友だちができないっていう人は、甘えてるんじゃないって言いたくなるときがあります。だだをこねていれば欲しいものが手に入ることは、ほとんどないのですから。僕は勇気を出したほうがいいと思います。



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