ひきこもり~ある面接の風景~
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ひきこもり~ある面接の風景~

2020年02月20日(木)10:06 AM







「子育てに関してはお恥ずかしい話ですが、正直って全部妻に任せきりでした。だからいきなり『息子に向かってなんとか言ってよ』と言われても、声のかけ方もよくわからないんです。





ここ何年間、朝のあいさつだって、『おはよう』だなんて言ったこともありません。偶然顔が合って『あっ』程度です。それに、それが不自然だなんて思ったことも特にありませんでした。むしろ『おはよう』と上品ぶるよりも、わたしなんかのような”学”のない人間には自然な行為でした。





あらためて子どもに話をするなんて、先生方のようには慣れていないんです。情けないのですが、緊張してしまうんです。それを妻に、当たり前にできるように言われてしまうと、後は体当たりでいくしかないじゃないですか。それに、そういう”荒っぽい”父親のほうが”父親らしい”って、よくテレビでも言っているじゃないですか。





だから、なんの考えもなく、言ったほうがいいと思ったんです」五十路を前にした年齢とは思えないほどに疲れた感じのする父親は、自分から面接を依頼してきた経緯もあり、身を乗り出して話し始めてくれました。





母親は面接室の椅子に少し斜めに座ると、夫である父親の顔からひとときも目を離さず、その話に聞き入っていました。細面で端正な表情の母親に苛立ちを見たわたしは、何気ない感じで”茶々”を入れました。





「お母さん、失礼な言い方かもしれませんが、けっこう耐える方なんでしょう。”よき妻、よき母、よき嫁でやってきたんでしょう。ここでいろいろ言いたいことがあるんじゃないですか。せっかくの機会だから言ったほうがいいですよ」





すると父親がわたしに向かって、慌てるように口を挟んできました。「妻が何を言おうとしているのかはわかりませんが、わたしだって、”言い訳”をしようと思えばいくらだってできますよ」





その瞬間でした。母親の目から涙があふれました。そして肩を落とすように言いました。「どうしてそんな言い方をするの。あなたはいつわたしが”言い訳”がましいことを言ったというの。





どんなにつらくても、あなたのように”駄々っ子”になることはなかったわ。わたし、お母さん(義母)に、あの子のことでなんて言われたのか知ってるの?





『わたしは”嫁”のおまえに何も苦労かけた覚えはない。専業主婦の仕事は子育てだ。母親が子どもを置いて趣味に駆け回るようじゃ、ろくな人間にはならない。だから、ろくでもない人間とつき合って、学校にも行かなくなるんだ』どうして、わたしとあの子がここまでお母さんに否定されなきゃいけないの。





風呂あがりのあの子の体を小四まで拭いていたのはお母さんよ。いつもあの子のわがままをきいていたのはお母さんよ。それを今になって、あの子が反抗期になったからといって、全部母親の責任にしてしまうなんて・・・・・。わたしは、自分の子どもですから、逃げようなんて思ってもいません。でも、”ろくでもない”とはひどいと思いませんか」





父親に語っていた母親は、いきなりわたしの顔を見ると、同意を求めるかのようにして言葉を飲み込みました。わたしは父親の躊躇する姿にうなずきながら、「厳しい言葉だったんですね。そんな気持ち、まだ誰にも言っていなかったんでしょう」と母親に問い返しました。





母親は目元にハンカチをもっていくことで、わたしに信頼のメッセージを寄せてくれました。わたしはやっと父親、母親それぞれに対して手の届く距離を見つけることができていました。





二人兄妹の長男A君(中二)は、優しい子で、よく気のきく子でした。傘を忘れた友だちを見つけると誘っていっしょに下校し、自分の家の近くを通っても一人で帰らず送りとどけてから家路につくような子でした。





人が困っている様子を見過ごすことが”罪”に思えてしまうような子で、断れない子でもありました。それだけに、いつも人の目が気になり、落ち着かない動作も目立ちました。





そこを友だちにからかわれ、小六と中一のときに辛くなって学校を休んだことがありました。そしてその悲しみを、母親には打ち明けることができても、かわいがってくれていた祖母には話せませんでした。





祖母に心配をかけると不機嫌になり、さらに父親までもが遠ざかる感じがしたからです。また二歳離れた妹から「お兄ちゃんは弱い」とからかわれるのも悔しかったようです。だから父親から見たら「母親は甘いな」と思えることもあったといいます。





中二になるとA君は「英語が大嫌いなのをわかっていて、先生は指す」とか「不器用なのを知っていて・・・・・・・」「運動は苦手だから選手にはなりたくないといっても、先生は・・・・・・・」などと愚痴るようになり、登校を渋り始めました。





母親は「余裕のない表情」のA君を見て、休ませることにそれほどのためらいはありませんでした。でも、他の三人にはそんな気持ちは悟られたくはありませんでした。過保護と決め付けられそうな予感がしたからです。でも、母親一人でA君の「不安定な学校生活」を抱え込んでいくには限界がきていました。





ある日、帰宅したA君が、母親にとっては「とても楽しい話とはいえない」ことを正直に言いました。あまりいい噂のないB君といっしょに遊ぶようになり、「手が込んだ」いたずらを繰り返しているということでした。





嫌いな先生の自宅へ無言電話をかけるとか、一人が見張り役になってスーパーの棚から万引きをしたりします。「○○先生が先生のことを○○と言ってたよ」と”デマ”を流したりもしていたようです。なんのてらいもなく話すA君に、母親は困惑し、父親に事実をなるべく正確に話しました。父親は突然の報告に面食らいました。





両親には、不登校気味のA君にとってB君の存在は頼みの綱でもありました。しばらくは我が子の様子を見ることにした両親でしたが、母親の子育て責任の思いはつのり、父親の関わりに期待を急激に寄せ始めました。





どことなく家族一人ひとりが苛立っていたとき、B君が友だち一人を連れて、A君を訪ねて部屋で遊んでいました。窓からスナック菓子を投げて犬をからかったり、通りがかりの人を見ては卑猥な言葉を投げかけていました。そのときでした。この状況に耐えかねていた父親が、B君に対して後先考えずに言い放ちました。





「おまえ(B君)といっしょにいると、うちのAはごろつきになり、親を泣かせる子どもになってしまう。帰ってくれ」この日を境に、A君は完全な不登校となり、友だちとの連絡も絶ちました。そして不登校の原因は、父親のこのひと言にあるとA君、母親、さらには担任、スクールカウンセラーまでもが片付けてしまっていました。





「わたしもあの子といっしょで、気が小さいのを見破られたくなくて、嫌なことを受け持ってしまうんですが、思いきりが悪いので、また気の弱さが蒸し返すんです。意気地なしで・・・・・・・。言い訳がましいですね。また面接の予約をさせてください」父親の目も、かすかに潤んでいました。



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