親子関係~ある面談の様子~
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親子関係~ある面談の様子~

2020年02月17日(月)10:27 AM




三十代半ばとは思えないほど疲れきった女性が、幼子を三人連れて相談室に来ました。顔には眼帯を巻き、一歳の娘を背負い、両手で年長児の長男と三歳になる長女の手を頼りなげに握っていました。





わたしはなにか、遠い昔に味わったことのある寂しく心細い師走の夕暮れを時期も重なり思い起こしてしまいました。わたしは母親に、肩にかけていた身支度用の丈夫そうな荷物袋をひとまず降ろすように声をかけました。





いかにも気の弱そうな表情に安堵感が漂い始めていました。はしゃぐ長女を諭す長男の姿が、健気に思えました。わたしはこの長男と同年代のころの自分を思い浮かべていました。一人っ子の身であったわたしは、両親がけんかして互いに争い疲れても引かない状況で、ただすくみ続けるしか術がありませんでした。





長男の表情が、あの頃の自分と似ているように思えていました。三人ともにおとなしく面接室の椅子に座ると、腰をおろした母親が何気なく語り始めました。「講演会のお話の中で、『人の弱点を突くと、恨みを生んでしまう』という話がありましたが、わたし、その言葉にドキッとしたんです。





いつも心に余裕がなくて、ちょっとしたことで子どもを叱ってしまうんです。お話を聞きながら、この子(長男の顔を見ながら)が怒り続けるわたしに耐えている顔や、『ごめんなさい』と言葉にこそしないけど、顔じゅういっぱいに『ごめんなさい』の表情を出している様子が浮かんできました。





わたし、要領が悪いんです。はっきりしないんです。まどろっこしい人間なんです。みんな(子どもたちも)わたしの性格に似たんです。ごめんね」長男は、目を合わせようとする母親を照れるように避けました。わたしは母親の悔いわびる思いを察しても、長男にとってはこの場がつらいものだろうと思えました。





初対面の見知らぬ人の前で、母親が涙ぐんで”恥部”をさらけ出し、子への”罪”を許してほしいと請い願う姿は、無力な身である子にとって、あまりにも切なすぎるものだと思いました。





わたしは、母親の抱える緊張感と、長男や二人の子どもの不憫さを勝手に思い、離れて面接することを提案しました。わたしは控え室で子どもたち三人で待つようにと長男に頼んでみました。





彼は見事なまでに聞き分けのいい子でした。それは夫婦喧嘩が終わった後、居間に散らばった茶碗のかけらを一人でちり取りで拾っていた、幼い頃のわたしを見ているようでした。あらためて座り直した母親がつぶやき始めたのは、夫の暴力についてでした。そして母子四人で家出する覚悟を決めていたようでした。





十歳年上の夫とは、職場で知り合って恋に落ちて結婚したようです。二交替勤務のオペレーターに従事する夫に、寂しがりやな事務職だった妻が「いっぱい甘えたくて」片思いをしました。そして「できちゃった結婚」ではじめて夫が両親不和の家庭で育ち、施設で思春期を過ごしていたことを知りました。





平凡なサラリーマンの家庭に育っていた妻でしたが、ロマンチストの少女には堅実な両親の生き方がやぼったいものに見えました。夫のあたたかく夢を語る一挙手一投足に、過ち犯すことなく二十代後半に入っていた彼女の憂き世疲れに魔が差しました。親の敷いてくれたレールの上を無難に生きてきて、あるときふっと感じた自立への不安です。





そんなとき、自分の力を信じて現実を、生死を判断している人がまぶしく見えるものです。それが”魔”でも”光”だと思いたいのです。躊躇する両親を、「もう子どもじゃない、成人した娘」の判断で決めたことだと説得した彼女は、籍だけを入れ、しばらくして長男を出産しました。





ところが、夫の不規則な生活は「思った以上に結婚生活を幻滅させた」といいます。さらにアパート暮らしのなかで、かわいい子どもの笑い声までも、勤務明けで帰宅した夫をイラつかせました。「うるさい、出て行け、外に行け」夫の結婚してみてわかった偏屈さと無神経さに、彼女は「転がるように信頼をなくしていった」と言います。





それは「この人に癒され、寄り添って生きていこうとしたとき、ポーンと放り出された」感じでもありました。彼女は夫の深夜勤務の前夜は、寝つきが悪く夜泣きする子どもを背負い夜中の一時、二時まで夜道を散歩しました。





一歳半だった長男と、疲れて寝られるようにと国道をかけっこしたことも、鮮明に覚えていると言います。夫の暴力が激しくなってきたのは、二年前ぐらいになります。





長男三歳、長女一歳、そして三人目の子どもを妊娠していたころでした。「世渡りの下手な夫は年下の人には好かれるが、上司にはペコペコできず折り合いが悪かった」といいます。





ある部下の失敗を執拗に追及する上司に、夫は触れてはいけない上司の小心さを突くことで同僚の援護射撃をしました。唐突に捨て身になって、援護した相手からも気まずい顔をされるようなそのもろさは、見方を変えれば夫の弱点でもあり先手必勝の感も否めませんでした。





孤立した夫は、四十数歳の働き盛りの身で無職・無収入となり、ハローワーク通いにプライドばかりを肥大化させていきました。「夫は自分のことは棚にあげ、人の弱点ばかり突く”嫌な”男でした。掃除が下手、料理も下手、のろい、怠けている、とわたしの欠点ばかりを突いてくるのです。





もう夫の自分勝手な面に嫌気がさして、抱かれたくないと拒絶したのです。それをきっかけに暴力は激しくなり、つわりをわかって求めてきては殴るのです。たたかれ、髪の毛を引っ張られ、首をしめられてもグッと息を止め、声を殺して耐えました。でも、寝静まる長男の寝息が聞こえてくるんです。





海苔の空缶で頭を殴られても、長男はけっして起きてきませんでした。あの子は全部知っていると思います。でもけっして、今でもわたしたち夫婦のことを聞いてきません。





夫も子どもの前では、人が変わったように優しくわたしに話しかけてくることもあります。子どものほうが夫より先に保育園に出かけるときは、出勤前でもわざわざ見送ることさえあるんです。





そのギャップが、わたしには耐えられないのです。それに長男も、だんだんしたたかな人間になっていくようで恐いんです。だから、わたしは長男があまりに素直だと意地悪さえ言ってしまうこともあるんです。





『お母さんが悪くても言い返さないのは、自分が悪いことをしても怒られないためでしょう』って。こんなにひどいことを長男に言っているわたしなんです。





でもあの子は、じっと身を震わせてその場にいるんです」わたしは母親の嘆きに耳を傾けながらも、長男がしたたかにならざるを得ない境遇におかれつつ、必死に優しく生きようとする日常が、幻のように浮かんできました。したたかであるがゆえに、自分の心も他人の心もそっと守り救ってあげることができる、そう思うとしたたかさもときに優しさだと思います。





「先日、ついに夫が長女に手をあげてしまったんです。わたしはその瞬間、夫の腕に血がにじむほど思いっきり噛みつきました。それに怒った夫は『おまえ、後で覚えてろよ』と言い残し、『今度はお前の番だ』と殴られ、蹴られ、出血です。





そして夫は、目のあざを隠すようにと、この眼帯をわたしに渡してつけるように命令するんです。もう限界です。それで・・・・・・」そう言って、母親が眼帯に手を当てたときでした。「お母さん、まだなの、もう帰ろうよ」聞き分けのよい長男が聞き分けの悪い子に変わっていました。恨みを生まないためだったのでしょうか。



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