不登校~「俺を生んだ責任をとれ」と親に迫る男性~
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不登校~「俺を生んだ責任をとれ」と親に迫る男性~

2020年02月14日(金)12:30 AM






人には、触れても大丈夫なときと、まだ触れてはいけないときがあります。いくら正しくても「今」は言ってはならないときがあります。





さらに、どうしても触れなければならないとすれば、そのときそれなりの心づかい、配慮が必要です。人が野越え山越えやっと見つけつくりあげた、かけがえのない安堵できる心の場、「これ以上、近づかないで」と防御する一定の距離、守備範囲、間をパーソナルスペースといいます。





人間関係を重ねれば重ねるほど、より深く分かり合いたい、親しくなりたいと思い、”人の領域”に踏み込んでみたり、また反対に領分を譲ったりすることがあります。でも相手を思う気持ちがあるからといって、”誠実”でありたいからといって、真剣に向き合いたいからといって、「土足」でそのスペースに上がりこんではいけません。





いくら親子だ、友人だ、同僚だといっても、敷居をまたぐにはそれなりの礼儀が必要です。ましてや初対面であれば、尽くして過ぎることはありません。触れる必要もないのに、わざわざ「触れてほしくないこと(たとえば弱点、弱み)」に触れるのは論外としても、触れにくいことにも触れなければならないときがあります。





また、触れることで関係を背負うことになり、他からの侵害のときには誰よりも早く馳せ参じる間柄にもなります。いずれにしろ、親しき仲であればあるほど、その「線引き」が難しくなります。それにはマニュアルもなければ、教えてくれる人もいない、関係する者同士が紡ぎ合うなかで、せめぎあって、折り合って、お互いさまのパーソナルスペースをつくり、認め合うしかありません。





少し意志薄弱気味だったA君、(十九歳)は、両親の強い希望で「子どもの自主性を育てる」ハイレベルな幼稚園に入りました。「子どもは、正しい方向へ自分で伸びようとする生命力を自分の中に持っている。その生きようとする力を引っ張るのではなく、子ども自身が充分に発揮できるような環境を整えてあげることが大人の役割である」。





このような教育理念に大きな望みをかけた両親は、彼の将来に期待をかけました。まず両親は、A君が思ったことを安心して言える環境づくりを目指しました。母親はとにかく「そうね、そうよね、わかるわ」と相づちを打って対話することを心がけました。A君に合わせることが、母親の基本的な姿勢でした。





小学校に入学するころになると、A君は天真爛漫な、大人顔負けのやんちゃぶりを発揮することもありました。その屈託のないストレートな表現が可愛く、引っ込み思案であったとは想像もつかない”成長”ぶりでした。両親は共に自分たちの子育ての”正しさ”を喜びました。また互いに何でも話し合い、「決め事」で家族生活を築こうとしていました。





「役割分担」が両親の口癖でした。そして父親は、母親が子育ての愚痴をこぼすと、「僕は外で働き収入を得、君は専業主婦として、収入のことは心配せずに子育てに専念してくれればいい」と優しく”正しさを押しつけていた”と今、母親は言います。それはわかりやすいスペース配分でもありました。また母親は子育てのなかで、「お母さんの生きている姿を、子どもに”注文”してください。許せないことは許さないこと」としてしつけするようにとの園の教育方針を頼りに、息子と関わっていました。





だからA君にとって母親は「話を聞いてはくれるが、怒ると恐い人」でもありました。「人を傷つける言葉を言ってはいけない、お行儀に気をつけなさい、努力を惜しんではいけない、人に迷惑をかけてはいけない」と禁止令が飛び交いもしました。そして母親も父親も、怒るときは「前書きもなく、いきなり本論だった」といいます。





小三になるとA君は「ルールが増えて、違反し、母親に叱られているうちに、”言い訳”が上手になってしまった」といいます。彼はこうして「自分の力」で防御できる守備範囲を広げていきました。そして、家庭はA君にとっては緊張の空間になりました。





学校から帰宅すると、カバンを投げ出して友人の家に「逃げ込んで」、いつまでも無遠慮にいることが多くなりました。もちろん、このような行動は、両親の「正しさ」を大いに刺激しました。





小五のときにA君は、塾に行きたいことを両親にほのめかしました。口達者で「正しく」友だちの弱点を突く子どもになっていた彼に、クラスの友だちは一定の距離を取るようになっていました。A君は寂しさから、嫌われていないという確証がほしくて友だちに近づく努力をしましたが、気づくといつも人の「揚げ足取り」になっていました。





照れ隠しが、人の触れてほしくないところを触れていました。友だちにとってはからかい、ちゃかしであっても、A君にとっては自分を相手にしてほしい、かまってほしいというメッセージのつもりでした。






だから友だちから「これ以上、近づかないで」と無視する表情をされたり話題を変える場面が起こると、A君は仲間からはずされる不安を抱き、しつこく正しさで理由をたずねようとしました。間の悪さばかりが目立つと彼は孤独になり、守備範囲を強固にしました。その果てが塾でしたが、この苦悩を両親に話す能力は彼にはありませんでした。





父親は、「お父さんは塾にも行かないで、それなりの大学に入った」と言い、母親も、「勉強だけではなく、人間的にもまっすぐな子になってほしい」と塾を嫌悪しました。A君はこのとき、両親の「自分が正しければみんな正しい、という押し付けがましい良心」を見たといいます。





中学一年の保護者会の日、母親は担任から、「緊張する場や体育の時間になると、急におしゃべりしだしたり、友だちをからかったりするのですが、何か家で変わったことはありませんか」と尋ねられました。母親はその戸惑いを抱えきれず父親に伝えると、両親でA君に真意を「正しく」詰問しました。彼の内弁慶が始まったのはこの頃だと父親は言います。





翌年、A君は不登校になると。個室というより「孤室生活」に入っていきました。彼は、自らの正当性は主張しますが、親の正当性はまったく受け付けていませんでした。





「俺を生んだ責任を取れ」、それ以外でA君の口から両親に語る言葉は見えてきませんでした。絡み合うことを恐れていては、ほどよいパーソナルスペースは得られません。ですが、今しばらく両親との面接を重ねて、A君自身がこれまでの自分を語ってくれる日を待ちたいとわたしは思います。





親自身のパーソナルスペースの変化を見ることが、今のA君には最も必要なことなのです。その姿を目のあたりにしてこそ、外を見ようという勇気が出てくるのです。



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