わたしは価値のない人間~いじめの傷をひきずる女性~
ホーム > わたしは価値のない人間~いじめの傷をひきずる女性~

わたしは価値のない人間~いじめの傷をひきずる女性~

2020年02月13日(木)6:26 PM







安心して弱音を吐き、無条件に受け止めてもらえる場を得られないまま、ひとり、いじめの苦しみに耐えきれず息絶えていく前途ある子どもたちがいます。そして一方、いじめの傷を癒しきれず人間関係からひきこもることで、わが身をなんとか保とうとしている子どもたちがいます。




いずれの子どもも、かけがえのない生命と必死に向き合い、生死をさまよっています。「わたしの心は醜いんです。でも望んでこんな心(復讐心)になったわけではありません。そのことを誰もわかってくれません」マフラーが恋しくなるころ、ある少女から相談の電話がかけられてきました。




少女は心の中からわき起こる感情に自ら蓋を閉めるようにゆっくりと言葉を選びながら話してくれました。「なぜ、わたしはこうなってしまったんですか」とつぶやく彼女は、中二で受けたといういじめの傷を引きずり、直接面談したいと訪ねてきてくれました。あらわれた少女は、か細い電話の声からは想像もつかないような端正な容姿の女性でした。




彼女はひきこもる生活から、ある決意を胸に秘め、アルバイトの通訳をはじめて数ヶ月たっていました。そしてその決意をひとりで抱え込んでいることに耐えられませんでした。誰にも理解してもらえない、その決意に至るまでの思いをどこかで受け止めてほしかったのです。




「人間として最低の復讐心を持って生きるわたしなんて、価値のない人間」と、成人を前にして語りつくしてくれた彼女とはじめて会ったのは三年前の師走でした。三人姉妹の長女として育ったA子さん(二十三歳)は有名国立大学出身の両親の願いどおりに、お姉さんらしく、そして成績も優秀でした。




あかぬけた感覚も友達に人気がありました。中学に入学すると「常に志を高く持って」との父親の訓示を受けて、その夜から大きな荷を背負わされたような気持ちになり、「眠りが浅くなった」と彼女は言います。「友達は七十点でも親からほめられるのに、わたしは九十点をとっても両親から相手にされませんでした」




わたしの出会う多くの子どもたちがつぶやくひとことを、まるでA子さんも申しあわせたかのように語っていました。そんな寂しい気持ちの裏返しが中二になって、「理屈っぽい、生意気な女」と友達から見られるようになりました。そして林間学校でクラスの女子から受けたシカト(無視)は、彼女の心を混乱させました。




心のやすらぐ場も得られず、夏休み明け後も続いた友達からのシカトがつらく、やむを得ず十日間の不登校をしました。父親にこのことを隠し続けた母親は担任に相談しました。ところが数少ない女性管理職を目指す担任は、指導にも従順だったA子さんが突然崩れたことに不快感を持っていました。




「やっかいな問題」をA子さんが持ち込んだのは、教師である自分への反抗、いやがらせではないのかと腹を立て、憎しみすら匂わせていました。事態は母子にとって予期せぬ方向に進んでいきました。担任はわざわざA子さんと仲のよかった友達に電話をかけ、「不登校(怠け心)は伝染するから、つきあうと損する」といじめをあおったというのです。




さらに教室でも同じようなことを、口をすべらせました。損とは内申書への影響です。A子さんは仲良しの友達から、この「噂」を知らされ、別れを告げられたのです。




恨みは「薬」では消えない




孤立感は深まり、担任への憎しみ、友達への不信は日ごとに増幅し、登校への気持ちは遠のいていきました。それでもこの「噂」の真意を確かめたく、ある日登校して友達や担任に疑問点を尋ねました。友達はよそよそしく、担任の表情は強張っていました。そして「しつこい女」のレッテルを貼られてしまいました。




進学を控え、決死の覚悟で中三の二学期に「学校復帰」を試みました。「摩擦を起こしながら人間って成長するんだよね」A子さんのこんな言葉に母親のほうが勇気づけられました。ですが、受験を意識するクラスの雰囲気に彼女を受け入れる余裕はありませんでした。




つらくて翌日は休みましたが、テストだけは受け、その成績に安堵していました。A子さんも両親も県立の名門進学校を希望していましたが、担任は出席日数を問題にし、卒業すら確約できないとおどしてきました。両親は私立学校探しに奔走し始めました。「嫌がらせを受けたわたしが、どうして責任をとらなければいけないの」




A子さんはくやしさを母親にぶつけるしか術がありませんでした。「このまま黙っていて平気なの、それでも親なの」単身赴任の父親には事態の成り行きはよくわからないまま、母子の「痛恨の訴え」は校長、教育委員会へと申し立てられました。担任・クラスメイト全員による納得できない「不当ないじめ」を裁き、誤解を正そうとしました。




担任はA子さん親子への憎悪を燃え上がらせ、クラスメイトの前で怒りをあらわにしました。「A子さんは自分に甘えている。こんな大切な時期に怠けているようでは希望校に入れるはずがない。親も過保護です。A子さんのことは気にせず、クラスの仲間同士助け合って高校に合格しましょう。先生が必ず入れてあげますから」悩むこがと勉強になったというA子さんは、徹夜で受験勉強する友達の姿を思い浮かべ、参考書を山積みした机の上で、恨みとともに眠れぬ夜を過ごしました。




県立高校への道は絶たれ、私立高校に入学しました。「レベルもモラルも低い、こんな高校になぜわたしがいなければいけないの。あの担任とクラスメイト全員をここに連れてきて土下座させて。謝ってくれないとわたしの病気は治らないの、お母さんお願い」恨みは消えず、深まった心の傷は症状を生み、薬で安定を保つしかありませんでした。




「心と体がバラバラ」とA子さんは母親に入院を希望しました。母親は、絶対入院させてはならないと、自分のエネルギーをあの子にやろうと、手を握って必死になりましたが、苦しみからの解放は容易なことではありませんでした。結局、人間不信で入院となり、そのことにより、彼女は病気だということで片づけられていきました。母親は中学に担任を訪ね、「形だけでもいいから謝ってほしい」と懇願しましたが聞き入れられませんでした。




わたしが何をしたというの




A子さんはひきこもる失意の中、母親への暴力でしかいらだちを抑えることができませんでした。高二の夏、緊張と先々への不安の中、中退しました。それから二年間、A子さんはいじめの事実が嘘ではないことを他人に信じてもらうために大検と英検にパスし、知的に武装しました。




それは、正常であることをまわりの人たちに認めさせることでもありました。二十歳の春、彼女自身の夢であった国立大学に合格した妹の入学式の帰りに相談に来ました。「本当はわたしのほうが・・・・」と母親にすがりつき、泣きました。




通り過ぎる学生たちには、入学を喜び合う親子に思われましたが、よりいっそうA子さんの心に惨めな思いがふくらんでいきました。恨み一心が通訳のアルバイトを彼女に与えました。「わたしが働きだしたのは担任に復讐するための準備金を稼ごうと思ったからです。この惨めな人生を自分ひとりで背負うことに納得できないんです。通帳の金額が増えていくのを見ると、笑いと怒りと悲しみが自分で抑えきれないくらい激しく沸き起ってくるんです。わたし、どうしてこうなってしまったんでしょうか。わたしが何をしたというのでしょうか」




A子さんが相談に来るたびに、毎回最後に呻吟する命の叫びでした。凍てつく夜、いつもの疲れた表情ではありましたが、どことなく笑みをふくんだA子さんがわたしを訪ねてくれました。そしてハンドバックの中から大切な手紙のようなものを出して読んでくれました。




それは中二で受けたいじめの詳細な記録文でした。「これ、わたしが書いたのではないんです。先日、電車の中で中二のときの親しくもなかったクラスの友達にごめんね、ずっと気になっていたのって声をかけられたんです。




裁判にもマスコミにでも出していいって書いてくれたんです。わたし、裏切っちゃいけない人がやっと一人増えました」いじめられたA子さんと同じように、傍観者だったこの友達もその傷を癒しきれず二十代まで引きずっていたのです。涙ながらのA子さんを見つめ、わたしにも熱いものがこみ上げてきました。手紙に記された事実よりも、この友達との出会いのおとずれに、わたしは声すら出ませんでした。




A子さんの笑顔は何ものにも代えがたい美しさでした。人間関係で傷ついた心は、人間関係でしか癒せない、この「教訓」だけはA子さんの体の芯までしみこんでいるとわたしは感じました。



メニュー

過去の記事

団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援