トラウマとひきこもり
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トラウマとひきこもり

2020年02月09日(日)7:35 PM






十代のときに親や先生から受けた「なにげないひと言」が心の傷となって、今も人との出会いからひきこもる二十歳を過ぎた若者がこう言いました。





「僕はもっと鈍感な人間に生まれればよかったです。どうしてこう周りのことが気になってこだわり続けてしまうのでしょう。だから、目的地はすぐそこに見えていても、”ささいな”ことにとらわれている間に置き去りにされてしまいます。みんなは僕のことを繊細で感性が豊かで優しいと思いやりの言葉をかけてくれますが、もっと鈍感な人間になりたいです」なんとも切ない話です。





彼は読書家で学力も高く、非常にまじめな人です。でもその「集中力がうらめしい」とも言います。言葉が過ぎるかもしれませんが、もう少しわが子に、デリケートであってほしい、勉強ができてほしいと願う親御さんには、逆にうらやましい話かもしれません。





「どうせ親や先生なんて、気まぐれに言っているのさ」と達観しながら気にもせず、わが人生の主人公になるために勉強をする、そんな殊勝な子どもはそう簡単に授かるものではありません。心の傷を負っても、その人の性格によって受け取り方には違いがあります。だから無神経になんでも「正しいから」言っていいというものでもありません。





そしてもう一つの真実として過去のどんな悲しみも「今が良ければ、みんな良く(気にならないで教訓にすらなる)て、悪ければみんな悪く(恨み、憎しみ)なる」ものです。なおかつその固まった心の有り様を揺り起こすのも人なのです。ところで、心に受けた大きな衝撃、痛み、悲しみを心的外傷(トラウマ)といいます。





その体験が人格を破壊しそうなほどに強烈なとき、わたしたちは心の安定を得るために、どこかでそのことを忘れ去ろうと無意識のなかに押し込めていきます。ところが肯定感が乏しかったり、再び危険な状況や緊張を強いられる「悪い」場面にめぐりあうと、そのトラウマ体験が呼び起こされます。





親の「あのひと言で傷ついた」と一度で傷になる場合と、「あのときもこうだった」と重なって負うときもあります。もちろんこれが傷つき体験になる人とならない人がいます。





あえて言えば、幼い頃から感情抑圧タイプのいわゆる「いい子」ほどトラウマ体験を抱えやすい傾向があります。思春期になって「あのときわたしは傷ついていた」と面接室でトラウマ体験を告白する「いい子」は多いのです。そのとき親御さんの多くは、その豹変に受け流して癒すことができず、こう言ってしまい親子共に闇に入ってしまいます。





「じゃあ、そのときに言えばよかったでしょ」「お母さん、本気で今そんなことを言ってるの。わたしが平気で言える子だと思っていたの?」もちろん、このとき親は励ますつもりで言っているのです。でも「悪い」状況のときは、とかく励ます言葉が傷つける言葉になりがちです。





そしてこの場で再びトラウマ体験を重ねて、傷を深めていくのです。三人姉妹の長女として育ったA子さん(二十歳)は、有名国立大学出身の両親の願いどおりにお姉さんらしく、そして成績も優秀でした。





あかぬけた感覚も友だちの人気でした。中学に入って、「友だちは七十点でも親から褒められるのに、わたしは九十点を取っても相手にされなかった」、その寂しさの裏返しが、中二になって「理屈っぽい、生意気な女」と友だちからみられるようになりました。





林間学校でクラスの女子から受けたシカト(無視)は彼女の心を大いに混乱させ、耐えきれなくなって十日間不登校になりました。ところが数少ない女性管理職を目指していた担任は、「やっかいな問題」を持ち込んだ彼女に腹を立てました。そして担任は、「不登校は怠け心があるからなるの。





怠けたい気持ちは誰だって本来持っているの。だから伝染するの。絶対にみんなは休んじゃダメよ」と思わず、A子さん不在の教室で言いました。担任は話がエキサイトしていくうちに、A子さんと親しくすると調査書にも影響するとその場にいたクラスメイトに匂わせました。






A子さんはこの話を友だちから聞かされ、別れも告げられました。孤立感はますます深まり、担任への憎しみは日ごとに増幅し、登校への気持ちは遠のいていきました。





そして出席日数不足で県立高校への進学の道は絶たれてしまいました。ひきこもる失意のなか、「一番助けてほしいとき、両親は担任や友だちにわたしの正しいことを何も伝えようとしなかった」と、苛立ちを家族にぶつけました。





そして「不当ないじめ」を裁き、誤解を正そうと母親を伴って教育委員会をたずねましたが、摩擦を生んだだけでした。人間不信はついには入院につながり、そのことで、「不当ないじめ」の事実は彼女の個人的な事情と片づけられてしまいました。





一人で悩むズタズタの十代を過ごし、ボロボロの二十代をむかえていましたが、何も状況が変わらず年齢だけを重ねていくなかで、A子さんは精神的な病で風化していくいじめの事実を凍結し、英検一級にチャレンジしました。





夢だった「三四郎池」に、東大合格した妹の入学式の帰りに立ち寄りました。あの事件さえなければ自分も妹と同じように入学の夢を果たすことができたかもしれないと、母親にすがりついて悔し涙を流すA子さんの姿を、通り過ぎる学生たちが皮肉にも入学を喜ぶ涙と誤解し、「ほほえましく」見ていました。





「わたし、何も悪いことしていないのに、わたしだって人並みに輝いて生きたい」とあらためて思い始めた頃、英検合格の知らせが入って就職の道が開けました。そしてある日、就職先から帰宅する電車の中で、同年代の女性から声をかけられました。その女性は、中学時代のクラスメイトでした。




「あのときは何も証明してあげられなくてごめんね。いつあなたに謝ろうかとずっと悩んできたの」A子さんの脳裏に六年前のクラスメイトたちの顔が浮かんできました。





「これ、あのときのいじめの事実を書いた手紙、裁判所に出してもいいよ」A子さんはその手紙を手にすると、「凍結」していたいじめを自ら溶かしました。





でももう恨みや憎しみはありませんでした。「わたし、裏切っちゃいけない人が一人増えました」手紙を託してくれたクラスメイトを思い、最後の面接でつぶやいたA子さんの癒しの言葉でした。



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