ひきこもりの事例(17歳・女性)
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ひきこもりの事例(17歳・女性)

2020年02月07日(金)9:56 AM





A子さん(17歳の女性)のひきこもりの生活が始まって5年が過ぎました。中学校を卒業後、学校にも通わず、仕事にも就かず、進学や就職のための勉強や活動もしていません。





1日中、自分の部屋で過ごしています。食事は家族が寝静まった真夜中か家族がいないときにとっています。一番困るのは休みの日です。食事は休みの前に保存ができるお菓子やパン類、飲み物を部屋に運びますが、トイレやお風呂が使えなくなります。





家族が寝ている間にすませ、家族の人が起きている間は飲食せずに耳栓をして眠るようにしています。1日中、窓を閉めきり遮光カーテンを引きます。部屋のドアは家族が勝手に入ってこないように、整理ダンスでバリケードをしています。





部屋には机、ベッド、テレビ、ビデオ、パソコン、CDラジカセ、冷蔵庫、湯沸かし器、エアコンなどがあります。衣類の洗濯は家族がいないときに乾燥まですませます。





父親と中学3年の弟とは3年間まともに話していません。母親とは、最低限必要な生活消耗品を買って来てもらうために、この1年間やむをえず筆談をし続けています。





母親はいろいろなことを書いてきますが、目を通すと殺意が強くなるのでまったく読みません。部屋にいるときはビデオを見たり、ネットをしていることが多いようです。





テレビはたまに見ますが、気に入っているアニメやドラマをビデオに録って何回も見ます。ニュースを見たいという好奇心はありますが、新しい情報が入ってくると混乱する感じがするので見ないようにしています。





好きな音楽に関しては、そんなことはありません。気に入っているミュージシャンの新しいCDを買いたいのですが、外に出られないから買いにいけません。しかたがなく気に入った音楽番組を録音して聞いています。音質のよいMDが欲しいのですが、母親に要求できずに我慢しています。





こんな暮らしがいつまで続くのかわかりませんが、自分ではどうにもならないと思っています。人に会うと緊張感が高くなって具合が悪くなる感じがしてしまいます。





他人の話し声が気にならなければもっと楽なのにと思っています。これ以上、苦しみたくないので耳栓やヘッドホンが手離せません。他人に馴染めずいやいや幼稚園に行きましたが、友達は一人もできませんでした。





幼稚園では緊張してトイレにばかり駆け込んでいました。小学校に入学しても友だちはできず、一人で過ごすことが多かったようです。担任の先生はなんとか友達づくりをしようと仲立ちをしてくれましたが、級友だけになると寡黙になってしまいました。





いつの間にかついたあだ名が「クラ」でした。「暗い」のクラです。屈辱的でしたが、一人でいられることが許されたような気がして、気持ちが楽になったのも事実でした。





しかし、5年生になると、あだ名のクラからいじめが起きてしまいました。人前で話さなければならないクラス委員を無理やりやらされました。担任からは、話すことの練習になるのでやりなさいと励まされました。





クラス会がある月曜日の朝になると、決まってお腹が痛くなり我慢できずに学校を休もうとしましたが、母親に無理やり学校へ連れて行かされ、クラス会でか細い声で司会をすると、全員から「聞こえません」のコールが起きました。





先生からも「もっと、大きな声で話しなさい」と注意を受けてしまいました。自分ではこれ以上大きな声が出ないくらいの音量で話しているつもりでしたが、「聞こえません」のコールが再び起きました。涙がひとりでに自然に溢れ、流れ落ちました。





次の日、学校に行こうとすると嘔吐と腹痛が起き、近所の病院に連れて行かされました。医者は検査結果を見て、「どこも悪いところはないけれど、おそらく心の問題でしょうから、心療内科に行ってください」と言いました。





心療内科では「気持ちの問題だからね」と言われ、安定剤を処方されました。服用しましたが、気分がすぐれずフラフラするばかりだったので処方をやめてもらいました。





1週間学校を休むと、担任が家庭訪問で訪れ、「クラス委員が負担ならば、任期まで書記とクラス委員の仕事を入れ替えるので学校に来てみたら」と言われ、書記なら務まると思って登校しました。





小学校をやっとの思いで卒業し、学区の公立中学校に入学して新しい級友が増えましたが、友だちは相変わらずできませんでした。部活にも誘われましたが、長続きする自信がなかったので入部しませんでした。





家に帰り、自分の部屋でアニメを描いたり読んだりして部屋で過ごす時間が一番落ち着けました。中学生になって、初めての梅雨が訪れて間もないある日、母親がいくら起こしても目だけは開けますが身体が思うように動きませんでした。





母親は、「また、始まった」と言って休ませてくれましたが、翌日、大学病院に連れて行かされました。結果は5年生のときと同じでした。母親が担任に相談すると、「疲れているのだから、無理をさせないでゆっくり休ませてください」と言われて帰ってきました。





それ以来、学校には行っていません。ひきこもっている間、幼い頃の夢を見るように何回も思い出しました。自身の記憶では母親に抱っこされた経験はありません。





わがままを言って親を困らせたこともありません。指遊びや、なぞなぞをしたり、童謡やアニメの歌を母親といっしょに歌ったりしたこともありません。





甘えたいと思った記憶はかすかにあったような気がしますが、母の膝にはいつも弟がいて遠慮してできませんでした。母親のしつけは厳しく、3歳頃から「自分のことは自分でやりなさい」と言われ、自分の洗濯物はたたんで整理ダンスにしまっていました。





家族の食器洗いも、1年生の頃から一人でやっていました。そして、幼い頃から自分の部屋があって、そこで一人で寝起きしていました。幼稚園に入り、ブランコに乗りたかったのですが、いつも誰かが乗っているので乗れずに悲しかった記憶があります。





仲間や級友に「わたしにもやらせて」とか「仲間に入れて」と言えませんでした。誘われれば遊びの中に入りましたが、遠慮があって楽しめませんでした。幼稚園や学校はグループ行動や班行動が多いので苦手でした。





その点、算数や国語の読み書き、社会の調べもの、理科の観察やまとめは自分のペースで納得できるまでやれるので、好きだったし成績も良かったです。





しかし、団体行動は苦手で、先生には「協調性がない」「消極的」「会話ができない」「自分の意見を発表できない」「団体競技になると体が動かない」「気分にむらがある」などと評価され、さんざんな成績でした。





学年末にそんな成績表を親に見せると「いつも同じことを先生に書かれるわね。自分の悪いところがはっきりわかっているのに、直せない人は人間のクズよ。いつまで同じことをやっているの!」と火の出るような顔で怒られました。





そんなことを繰り返していると自信がなくなり、不安感が強くなり緊張感が増してしまいます。どうしたら、気楽に会話が楽しめるようになるのか。みんなのように楽しい話をして屈託なく声を出して笑うことがなぜできないのか自分ではわからないし、誰もそんなことは教えてくれませんでした。





みんなはどこで学んだのだろうか?おそらく学んだのではなく、自然に身についたのだろうけど、どうやって身につけたのかがわかりませんでした。他人の親子関係はわからないけれど、自分と母親の関係は変わっているのかもしれないと思うようになりました。





母親に甘えることもわがままも言えず、いつも他人行儀でした。母は父や弟に拒絶されると猫なで声で近づいてきました。そんな母の話をひたすら聞いていました。母の話のほとんどが、祖母に対するどうでもいいような些細な出来事の悪口でした。





もう亡くなった人のことなのにと思えましたが、母には許せないようでした。祖父を早くに亡くし、家を売らずに針仕事をして父を育てあげた祖母のがんばりがあるからこの家に住めるのに、母にはそんなことはどうでもいいように見えました。





わたしがほんの少しでも母の気持ちから外れた返答をすると、癇癪を起こし実家に帰ってしまいます。そして、父が仕事から帰ってきて、母親がいないのがわかると、「お前の返事が悪いから母親が機嫌を損ねたのだ」といつも怒られていました。





祖母のことは自分が4歳のときにガンで亡くなったので、あまりよく覚えていません。しかし、自分には優しい祖母だったというわずかな記憶が残っています。そう、3歳の七五三のときに着た着物も祖母が縫ってくれたものでした。





あの着物も祖母が亡くなってから、母によって切り裂かれて捨てられてしまいました。もしかしたら、母は祖母に自分を否定されたのかもしれません。





今、母は無意識に祖母の代わりにわたしにそれをやり返しているのかもしれません。いつも自分の存在感がないような気がします。生きていて楽しいと感じたこともありません。





今までもそうだったから、これからも同じような気がします。そんなある日、家中の薬を探して飲んでしまいました。普段は家の人とは接点がないので発見が遅くなるはずだから死ねるような気がしました。





自分の17年の人生は、振り返ってみると「人間嫌い」「不登校」「ひきこもり」「自殺」それだけしかありませんでした。しかし、自殺には失敗して自殺未遂になりました。





運ばれた先の救急病院の医師は「市販薬は大量に飲んでもなかなか死ねないよ。・・・・・・カウンセリングを受けてみたら?」と言いました。点滴を受け、導尿をされている自分は生きた恥さらし以外のなにものでもないように思いました。




現在、A子さんは、関東自立就労支援センターに週一回通所し、コミュニケーション能力を学びながら、将来を模索しています。



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