不登校の子どもの気持ちを癒すことに集中した担任の先生
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不登校の子どもの気持ちを癒すことに集中した担任の先生

2020年02月06日(木)4:44 PM






ここで取り上げるのは、電子メール相談で相談を受けた事例です。父母が離婚し、父親と別れてほどなく元気を失い、不登校になりたての事例でした。





この相談は、男性の担任からのもので、この担任の対応はすばらしかったと思います。





「事例」  父親になったつもりで担任が遊ぶ





D男の担任は、家庭訪問をしたほうがいいのかどうか迷っていました。子どもは担任に会ってくれるであろうと母親は言います。どこか、担任を心待ちにしている様子もあるのだといいます。





わたしは「父親を喪失したことが辛い体験になり、自分がいたらなかったから両親が離婚したと自分を責めるようなところがあるのだろう」と伝えました。





そして、「登校させることよりも、父親を失った痛みを癒すようなつもりで遊んでください。時間は短くていいですから、遊ぶ機会を増やしてください」と返信のメールを打ちました。





その二週間後、担任からのメールが届きました。「おかげさまで、D男は元気に登校しています。家庭訪問をして、近所に出かけ、自分が父親だと思いながら遊びました。





翌日も出かけ、学校にも遊びに来いよと言ったら、午後になって保健室まで来るようになったんです。一週間、放課後に校庭で遊んでいたら、今週から教室に入るようになりました。ありがとうございました」とのことでした。





担任が述べた「自分を父親だと思いながら・・・・・・」という感覚と発想を、この担任が抱けたこと、それがすべてを好転させました。そのような感覚で接することが、この子どもにとっては一番大事なことだと、担任自ら本心から思えたことがこの担任のすばらしいところです。





この話は、どの事例でも担任が子どもと遊べばよいのだということではありません。担任との遊んだ体験が父親の喪失体験を癒し、父親のように感じさせる担任のいる学校へと足を向けさせたのです。





その子どもに、そのタイミングでいったい何が必要なのかを考えます。自分のできる範囲で、何を与えることができるのか見定め、できる範囲のことでその子どもに必要なことを与えていくことなのです。





支える人を増やすこと





また、子ども自身が拒否をせず、不安や恐れを感じていないのなら、級友や担任が関わったほうがいいです。いじめなど、仲間との人間関係で傷ついていれば、人影すら怯えるでしょう。





でも、そうでない限り、関われる人間が、関わる機会を増やします。「不登校の○○さん」ではなく、同級生として、担任として、「○○さん」を思い、気にかけていることが伝わるような関わりがあるほうがよいでしょう。





このときに大事なことは、別室登校中の子ども自身が関わってほしいと思っている子どもを探り、その級友に無理が及ばない範囲で関わってもらうことです。





そのような個人を定めたら、教師は級友の誰かが関わりを持つことについて、事前に不登校傾向を示す子どもに尋ねます。また、学級の誰かが自発的に関わろうとする場合は、原則、子どもたちの動きに任せてもいいでしょう。





少なくとも悪意や興味本位でないのだとすれば、子どもたち同士の感覚で、互いに結びつこうとする関わりは、悪いようには作用しません。つまり、「不登校の○○さん」であるから関わるのではない関わりは、子どもたちに任せてよいものだと思います。





不登校の初期で、別室にいる子どもは、「進むも地獄、退くも地獄」ですが、関わる人間たちは、地獄の中に送り込まれる仏たちなのです。



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