不登校体験記~人間関係がうまくいかない男性の告白~
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不登校体験記~人間関係がうまくいかない男性の告白~

2020年02月04日(火)4:50 AM






「ぼくは一人称が守られていればどうってことないんです。でも、二人称、三人称を強制されるととてもつらくなってしまうんです。」Aさんは幼い頃、とてもひょうきんな子どもだったといいます。ただ、ここで注意しなければならないのは、ひょうきんさと明るさは違うということです。




これを混同すると、あとで大きな誤解をすることになります。ひょうきんさはむしろ、過剰適応であり、「人間関係で苦しい」というシグナルでもあります。もちろんそのことが本人にわかってくるのは思春期に入ってきてからです。




Aさんは、小学校5年生くらいから、仲間集団を意識しはじめていました。この時期は、他者を見つめ始める、いわゆる思春期で、「僕はあの子に好かれているかな」などと意識するところです。




そんな彼に不思議なことが起こりました。国語や算数の授業はどうということはないのに、音楽や体育の時間になると、決まってお腹が痛むようになったのです。




これは不登校の典型的な特徴です。Aさんは不安になり、悩みを誰かに聞いてもらおうと思いましたが、ほかのみんなは普通にこなしているようなので、自分だけがおかしいのではないかと思いました。




だから、親にも、先生や友達にも言えず、自分で抱え込むしかありませんでした。しかしやがて苦しくて我慢できなくなり、母親に相談してきたところ、「いやだわ、気持ち悪いこと言わないでよ」と、軽くあしらわれてしまいました。




Aさんは「これは気持ちの悪いことなんだ。ぼくは変わり者でおかしいんだ」と思い込み、それからは何も言わなくなりました。6年生になると、音楽や体育の時間に、みんなが自分から遠ざかっていくように感じました。ですが現実には「自分はみんなから嫌われているのではないか」という不安が、集団を意識すると強くわいてきたのです。




自分がいつもおならをしていて、その臭いのせいでみんなは自分から遠ざかっていくのではないかと思うようになりました。いや、正確には「思うようにした」のです。そこで彼は消化器科、泌尿器科などで見てもらいましたが、どの医師からも、「気のせいだ」と言われました。




口臭も気になり、歯科にも行きましたが、結果は同じでした。カウンセラーにまで「単なる気のせいだ」と言われてしまって、彼はひどく落ち込みました。中学に進むと、幼なじみの友達と離れ離れになり、自分のことをわかってくれる人を失ってしまいました。




そのときのことをAさんはこう述べています。「中学で人間関係に襲われた僕は、勉強という安全地帯に逃げ込みました」ひきこもる子どもを見ていると、当人の持って生まれた性格も無視することはできません。




なんとなく、ひとりがなじむという子どもがいます。親はわが子のそうした性格を見抜き、幼いころから孤立感を持ったときに仲間の輪に戻れるコミュニケーションスキルを身につけるためのトレーニングをほどこしてやる必要があります。




それが日常的には「喧嘩して仲直り」の家族づくりです。こういう子を、手がかからないことをいいことに、人と絡み合わない世界にほったらかしにしていたら、あとでひきこもりの苦しみと向き合うことも考えられます。




かつては、とくに親がトレーニングなどを意識しなくても、地域の濃密な人間関係のなかに組み込まれていたので、近所の人も地元の子の成長に黙ってはいませんでした。しかし、昨今の核家族社会では、親が気をつけていなければ、誰もそうしたスキルを教えてはくれません。




人間は、「放置」されれば、持って生まれた性格のままに育とうとします。また、それが「個性」とすれば納得するしかありません。ですが、それが「孤性」になってしまう子もいます。そしてその性格が「社会や人になじみにくい」というものであった場合には、将来にひきこもりになるという不安が残ってしまいます。




Aさんがまさにそれでした。「幸か不幸か、僕はたまたま勉強ができてしまいました。できなければ、いまになってからこんな苦しみを味わうことはなかったと思います」




また、こんなふうにも言っています。「中学のときにすでに高校の勉強まで終えていた僕は、浜崎あゆみも知らないまま大学生になってしまいました。




いまはそれがとてもくやしいし、父親をうらんでいます。父はいつも、学歴があって勉強ができれば、人は必ずついてくる」なんて言っていたけれど、あれは嘘でした。僕は勉強もでき、学歴もあるのに、誰もついてくる人はいませんでした」人は、同一世代とともに、同一時代(共通の話題)を、同一空間(所属する場)で生きてこそ、人間関係が保たれます。




勉強や運動が得意で、自分から他人とかかわらなくても、相手のほうからかかわってくれる場合、つまり、受身が保障されている場合は、浜崎あゆみを知らなくても何ということはありませんが、何かの理由でその受身の人間関係が保証されなくなったときに、能動的人間関係ができるかどうかが問われてきます。




そのときの唯一の手がかりは、同一世代と同一時代を同一空間で生きているかであり、他人と共通の話題を持っているかです。よほど孤独に耐えられる人でないかぎり、それでしかつながれません。「共通の話題」は、「常識」と言い換えることもできます。




常識がなくても生きていける人がいますが、それは周囲のほうがその人の価値を認めているからです。そうした受身が保証されていない人の場合、常識を軽んじていては、人間関係を保つことはできません。




この事実に襲われた「ひきこもる」子どもの苦しみは、なかなか親や周りの人には理解されません。Aさんが口にしていた「浜崎あゆみ」とは、まさに「常識」「共通な話題」にほかなりません。




大学卒業後、彼はある企業に就職しました。そして、まず、同期入社のみんなが、上司や先輩には「おはようございます」、同期の仲間たちには「おはよう」と、ごく自然に言葉を使い分けていることに驚いてしまったといいます。




「僕には人間関係のTPO(立ち振る舞い)がわからない」Aさんにしてみれば、失礼のないことがいいことなので、誰に対しても丁寧な言葉づかいをしていました。




同期入社の同僚にまで「おはようございます」と挨拶したところ、「おまえ、変わっているな」と言われ、愕然としてしまいました。それで頭の中が真っ白になり、それ以来、職場での人間関係がつらくなってしまったといいます。




Aさんは休憩時間が怖くなってしまいました。だから、昼休みになると、みんなからはずれるようにして食事を摂るようになりました。トイレで週刊誌などを読んでいるときがもっとも気が休まりました。




さらに、課長から「君はサラリーマンには向いていない。ほかの道を考えたほうがいい」と言われ、自分が何のためにいままで勉強してきたのか、あるいは、自分に何が足りないのかわからなくなってしまいました。




人は一人称で生きていたら、譲るタイミングの知恵も身につかなくて孤立してしまうのです。



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