ひきこもりと世間体
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ひきこもりと世間体

2020年01月24日(金)2:13 PM





多くの親は「世間体」という他人の評価を気にして、問題を表に出さないままできました。どこに相談してよいかわからず、相談しても解決につながらないという時代背景があったからです。しかし、すべての親が手をこまねいて事態を放置していたのではありません。





当事者に対する働きかけの他に、親たちは、保健所や精神保健福祉センターなどの公的機関、病院・クリニック、カウンセラー、ケースワーカー、NPOなど様々な官民の機関を訪れています。





20年ケースの母親は、大学病院、民間病院、保健所、親の会と相談を続けてきました。また24年ケースの母親も不登校1年目から様々な機関を訪れています。しかし、2000年以前では、「引きこもり」は一般的な認知すらありませんでした。





「不登校のその後」「自力で出るだろう」程度に思われて、高校中退のケース、高校生年代をこえて成人化したケースを扱う公的機関はほとんど無かったのです。





医療では、不登校の入院治療を人権侵害とみなす意見や、精神保健法(1987)、精神保健福祉法(1995)の成立後という状況の中で、人権への配慮から「本人受診」主義が徹底され、当事者を連れて行かない受診は成立しませんでした。





経済的に好調な時代には楽観的な見方が支配して、若い世代の変化が始まっていることや「ひきこもり問題」の存在に、社会は気付こうともしなかったのです。





不登校に関しては、「出てくるのを待つ」という待機主義が繰り返され、ゆとり教育の時代(1992~2006)には、「自己責任で出てくる」とする自己責任論が唱えられました。





極小数の人達が、根気強くひきこもり対応を続けていましたが、ひきこもりを「甘え」とみなす風潮から、社会問題としてクローズアップされることもなく、水面下で深刻さを増していたのです。2001年になって、不登校の2割が外に出ることができないままである事実が判明しました。





また、大学受験失敗や、大学中退などからのひきこもりから、就職氷河期の大卒無業、会社退職後のひきこもりまで、学歴や職歴のあらゆる段階から、ひきこもりに移行することも明らかになりました。





社会に問題の認識がなかった時代に、多くの親や当事者が、世間に気づかれないように身を潜めたのは、不登校に対する待機主義と自己責任論のもたらした帰結とも言えます。





様々な問題性が表面化した現段階では、いたずらな待機主義や自己責任論は、「ひきこもり問題」の解決をもたらさないどころか、問題の放置につながり、さまざま「悲劇」が二次的に発生することに繋がるといえます。





待機主義や自己責任論には限界があり、逆効果である事に気づいたからには、「悲劇」を抑止するため、問題を隠すことなく、具体的に動くことが大切だといえます。



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