生きづらさを抱えるひきこもりの人たち
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生きづらさを抱えるひきこもりの人たち

2020年01月13日(月)1:14 AM





ひきこもりから抜け出してきた人たちと話していると、「ふつうの人たちがふつうにやっていることが、とても困難に感じてしまう」という話をよく聞きます。




ふつうの人と同じように学校に行ったり、毎朝満員電車に乗って会社に行ったりすることが、とてつもなく苦痛であると言う人が多いのです。




そういう世間では当たり前とされていることが、どうしてもできずに、そういう自分をダメなやつととことん追い詰めていってしまいます。




「なぜ、この子だけは、みんなと同じことができないのか。健康だし、目に見えるような障害など無いのに、ただ怠けているだけなのではないか」




家族のいらだちも、そういうところにあります。それがいったいなぜなのか。それは、本人たちにもわからないことが多いのです。みんなと同じように自分もがんばらなければと、気力をふりしぼって挑戦しようとしますが、なかなか長続きしません。




それでも無理してやっていると、ほんとうにからだの病気になったり、うつ状態になったりしてしまうことになります。最悪の場合には、自殺を考えるまで追い詰められてしまいます。みんなと同じように生きていきたいが、生きられないという、この「生きづらさ」の感覚はどこからやってくるのでしょうか。




これはただの怠けではないはずです。ひきこもりから抜け出して、とりあえず動き出せた人たちと話していると「ひきこもりから抜け出しても、この生きづらさの感覚は持続しているし、たぶん、一生続くのではないか」という意見もしばしば聞かれます。




そうなのかもしれません。ひきこもりから抜け出すことをゴールにすることができないのは、ひきこもりからぬけだせば、それで「おしまい」ではないからです。この生きづらさの感覚はを抱えながらどう生きていくか、むしろ、それからが本当の問題なのです。




この生きづらさの感覚を、言葉で説明するのはなかなか困難な作業であるようで、ひきこもりの体験者の人たちと話していても、「うーん」と沈黙してしまう場面がしばしばあります。




わたしは、この生きづらさの感覚を生み出している根本には、2つのアレルギーが存在しているのではないかと感じています。それは、社会アレルギーと同世代アレルギーです。社会アレルギーとは、一言でいってしまえば、この社会に対する恐怖感です。




わたしたちの社会が繰り返し発している「働かざる者、食うべからず」「人生は競争である」「世の中はそんなに甘いもんじゃない」というメッセージに、すっかり脅しあげられている状態です。実は、かつてのわたしもそうでした。




「世の中に出ていって、自力で生きていくためには、自分の中のとても大切な部分を切り捨てていかなければならないのではないか。生きていくためには、嫌でも人の足を引っ張っていかなければならないのではないか。そんなことをしてまでも、生きていかなければならないのか」このような恐怖感があったのです。




これについては、関東自立就労支援センターで支援を受けている元ひきこもりの男性が、次のような適切な言い回しで述べています。「自分を守ろうとすると、お金が稼げない。お金を稼ごうとすると、自分を守れない」




経済生活を保とうとすると、心がズタズタになってしまうし、心を守ろうとすると、経済生活がだめになってしまうというジレンマに陥ってしまうわけです。




その背景にあるのは、「生きていくためには、自分を犠牲にしてまでもがんばらねばならないのだ」という、強い思い込みです。生きるため、お金を稼ぐためには、自分をすり減らしていかなければならないのであるというような、そういう過酷な思想です。




こういう思想を人一倍強く刷り込まれた人たちであるように感じます。社会がほんとうにそんなに過酷なものなのか、それはたぶん事実というより、一面的な真実でしかないのでしょうが、そういう過大な幻想に支配され、社会に出て行こうとするところで、足がすくんでおびえているという心理があるように思います。




でも、この社会アレルギーだけだったら、かつてのわたしや現代のフリーターのように、定職に就かないでもアルバイトをしながら生きていくことは可能だと思います。




定職に就いていなくても、外出したり、友達と遊びに行ったりと、すくなくとも完全にひきこもる状況にはならないのではないかと思います。




では、なぜそれすらもできないで、ひきこもってしまうのでしょうか。それには、ただ社会アレルギーだけではなく、それに加えて同世代アレルギーが加わっているからだとわたしは感じています。




不登校やひきこもりの人たちの中には、「同世代の人間が怖い、どうつきあっていったらいいのかわからない」と、苦しそうに述べる人たちが多いのです。




同世代の人間に対する恐怖感が、彼らの中にかなり強く埋め込まれているのを感じます。そのアレルギーの根っこには、もうこれ以上、他人から傷つけられたくないというおびえがあります。




つまり、そういう人たちはそれまでの人生で、同世代の人間から一方的に傷つけられてきたという感覚を持っている人たちが多いのです。
不登校やひきこもりになった人達の一部には、学校生活において同世代の人間たちから、いじめや無視というめにあわされた経験を持っています。




そういう過酷な体験が、心理的な傷となっている人達も多いようです。そういう人たちが、同世代の人間に対する強い不信感や恐怖感を持つのは当然かもしれません。




でも、不登校でもひきこもりでも全体の割合としては、直接的にはいじめの経験を持たない人たちのほうが多いようです。では、いじめられた経験の無い人たちにも、同世代の人間に対する恐怖感を持っている人が多いのはなぜでしょうか。




ひきこもりから抜け出してきた人たちと話していると、さまざまな人たちがいますが、とても穏やかなエネルギーを持った人たちが多いように感じます。




人としてのやさしさや思いやりが豊かにある反面、競争が苦手という人たちが多いようです。人を押しのけてまで自己主張をするというタイプの人はあまりいないように感じます。




競争場面では、思わずひいてしまうようなところがあるのではないかと感じます。また、人を傷つけたり、人に傷つけられたりすることにとても敏感になっている人たちも多いようです。




こういう人たちは、学校など、同世代の思春期の人間の集まったところに生まれる強烈なエネルギーが渦巻く場所では、そこにいるだけでへとへとに疲れてしまったり、小さな傷つき体験を重ねていってしまうという傾向にあるのではないかと思います。




彼らはそれをしばしば自分の弱さであると思い込んで、どうにか克服しよう、仲間にとけこもうと努力しますが、その試みがさらに無理を重ねる結果となり、より傷ついたり、より孤独に陥ってしまうという悪循環を生じてしまうことになります。




そういう学校生活を十数年間も送っていった結果として、心身の慢性的な疲労状態と同世代に対する強いアレルギーが形成されてしまうのではないかと思います。




こういう穏やかなエネルギーを持った人たちというのは、たぶんいつの時代にもいたと思いますし、わたしたちの世代にもいたはずです。
それでも、ひきこもりになることは少なかったのはどうしてでしょうか。なにが、わたしたちの世代と変わってきているのでしょうか。




わたしは、ひきこもる若者たちが増えてきている要因として、社会アレルギーだけでなく、この同世代アレルギーのほうがはるかに強まってきているためではないかと感じています。




そして、同世代アレルギーがとても深刻な問題として出てきていると思うのです。前述のように、ひきこもりの本質というのは、社会的な孤立状態に陥ることだと思います。




そうなってしまうのは、彼らに対人関係のスキル(技術)が欠けているからではなく、むしろ、相手の立場になって考える能力(社会的な知性)が高いからのような気がします。そして、現実の世界では、そうした人ほど損をする、傷つくという構図があるのではないでしょうか。




ひきこもりを論じるときの切り口に、「今の若者たちはおかしい、変だ」という見方が強いように感じるのですが、その反対に、変化しているのは「人間」のほうではなくて、社会という「状況」のほうであるのではないかという見方も検討されるべきでしょう。




また、こういう人たちは、ふつうと呼ばれる人たちに比べ、生まれながらに敏感なセンサーを持って生まれてきた人たちともいえるのかもしれません。




ふつうの人たちが通常のマイクだとすると、高感度の集音マイクともいうべき敏感なセンサーを持っている人たちなのではないかと思います。そういう人たちは騒音の多い都市のような場所では、すべての雑音を拾ってしまい、へとへとになってしまうのかもしれません。




その結果、自分はだめなマイクなんだと思い込まされてしまいます。でも、そういう特質は、それに合った環境、たとえば静かな森の中でひっそりと野鳥の声を聞くときには、なにより優秀なマイクになります。




ひきこもりになるすべての人がそうだということではないでしょうが、そういうその人が本来生まれ持ってきた特質と、その周囲の環境や、その人に寄せられる周囲からの期待との食い違いの不幸という側面が、そこにはあるのかもしれません。



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