ひきこもりの苦悩(ある女性の体験)
ホーム > ひきこもりの苦悩(ある女性の体験)

ひきこもりの苦悩(ある女性の体験)

2020年01月09日(木)12:51 PM






ひきこもりを体験した人たちの話を聞いていてなによりも印象的なのは、彼らが共通して語るその「苦しさ」ということです。「まるで。全身をラップでぐるぐる巻きにされたようで、身動きもできなくて、ひたすら苦しくて、苦しさのあまりただ寝ているしかなかった」と語ってくれた人もいました。




この苦しさについて、ひきこもりを経験した、ゆり子さん(仮名・37歳・女性)から、詳しく話を聞くことができました。彼女は16歳のときに不登校になりました。そのときも一時ひきこもりを経験していますが、やがて大検に合格し、大学に通い始めます。




しかし、大学生活になじめず中退し、20代半ばまではアルバイトなどをしてそれなりに生活を送っていました。彼女が本格的にひきこもりを経験するのは、その後です。25歳から27歳までの約2年間を、ほとんど自宅から出られない状況で過ごしています。




そのときの苦しさを次のように話してくれました。「食べて、息をして、排泄する、ただそれだけで、へとへとになってしまう。あまりに疲れるから、毎日16時間くらいはひたすら寝ていました」起きている間は、ただの一瞬もほっとする時間がなかったといいます。そのころの心理状態を彼女はこう語っています。




「まるで産卵するサケのように急流を必死になってさかのぼっている。ただひたすら、みんなのいるはずの上流に向かって、もどろうもどろうと焦っている。その急流をさかのぼる努力をやめてしまえば、あっという間に押し流されて、どこかわからない場所に連れて行かれてしまう。




それが怖くて、ただひたすら、前へ前へと進もうとしている」そういうふうに説明してもらえると、ひきこもりの人たちがつねに一瞬も気の抜けない心理状態にあることがよく理解できると思います。みんなが共通して語っているつらさや苦しさがどういうものであるか、わたしたちにも想像できるような気がします。




こういう心理状態に置かれていれば、ただそれだけで消耗してしまい、学校に行く、仕事に行くなどということがいかに不可能なものであるか、おわかりいただけるのではないでしょうか。




彼女の家庭は、典型的なサラリーマン家庭でした。周囲の大人たちもみんな同じような勤め人でした。彼女自身も将来、すこしでもいい大学に入って、いい会社に勤めることしか頭になかったそうです。




いや、この世にはサラリーマンのような会社勤めをする人間しかいないと思い込んでいたといいます。そうやって生きていく道以外の生活は想像できなかったといいます。それ以外の大人のモデルに出会ったことがなく、いても見えていなかったのだともいいます。




彼女は27歳という年齢に呪いをかけられていました。10代のころから漠然と、27歳という年齢にあこがれていました。その年齢の自分は、バリバリのキャリアウーマンとして颯爽と仕事をしているだろうという未来像があったといいます。




皮肉なことに、そのあこがれの27歳を目前にして、彼女はひきこもりという深い井戸に落ち込んでしまったのです。それでもまだ彼女はあきらめることができずに、なんとかみんなと同じになりたい、ふつうの人たちのいる世界にたどりつきたい、とがんばり続けます。




そのころの彼女の心境を表すもうひとつの内的なイメージがありました。アメリカ大陸のど真ん中のような人気の無い荒野に彼女はひとりぼっちで立っています。




目の前には巨大な壁があります。その壁の向こうには、ふつうの人たちが楽しそうに暮らしている世界があることがわかっています。しかし、その壁はまるで山脈のように高々とそびえたち、また万里の長城のようにどこまでも果てしなく左右に連なり、彼女の世界と向こうの世界とを隔てています。




その巨大な壁を前にして、「どうやったら向こうに行けるだろう、自分はもう向こうの世界には一生行けないのではないだろうか」と、絶望しきって立ち尽くしているというイメージです。




このときまで、ゆり子さんは、死ぬことなど考えたことがなかったといいますが、この時期、はじめてあまりの苦しさに、「とてもやっていけない。死にたくはないけれど、もうそれしかない」と、思いつめるようになったそうです。




そのころゆり子さんは、明日の仕事に備えて寝ようとする母親をひきとめては、あれこれと議論を吹きかけるようになります。最後は、「あなたのせいで、わたしはこうなったんだ」と母親を責めることもありました。




母親も彼女に負けることなく、朝までお互いに怒鳴りあう日々が延々と続きました。立派なキャリアウーマンになるのが幸せという彼女の価値観は、まさに母親の価値観そのものであり、さらに母親の向こうには、それを当たり前とする世間の価値観がありました。




そうして何年も親や世間を相手にして戦いながら、最後の最後まで敵であったのは、じつは彼女自身でした。ふつうの人たちと同じように生きていかなくてはならない。社会人として自立してきちんとした仕事をしなければならない。




このような価値観をふりかざし、そのようにできない自分を許せずにとことん追い詰めていったのは、じつは彼女自身だったのです。これは、多くのひきこもっている人たちにきっと起きていることだと思います。




世間の価値観をふりかざして「かくあらねばならない」と迫る自分と、「そうすることができない」みじめな自分との戦いという内戦状態です。




起きているあいだ中、自分の耳元でもう一人の自分が批判し続けるのです。「お前はなぜ、みんなと同じように仕事もできないんだ」「おまえの人生は、もうおしまいだ。友達も一生できないし、結婚もできないぞ」




「こんなみじめな生活をしているのは、世界中でも、おまえしかいない」「おまえは異常だ」「もう、おまえの人生は取り返しがつかないぞ」




このようなきついことをささやき続ける内的な批判者との戦いで、神経を使い果たし、へとへとになっているのです。その苦しさとはふつうの苦しさ、わたしたちが日常で味わうような苦しさとはもう一つレベルの違う苦しさだったといいます。




ゆり子さんの表現を借りれば、「真っ暗な森の中を手探りでさまよい歩いているような感じで、あがけばあがくほど枝やトゲにひっかかって傷だらけになるような状態だった。




この苦しみ、このつらさをどんなに周りの人たちに訴えても、なかなかわかってもらえず、共感もしてもらえず、それがまた絶望を呼び込み、ますますこどくな苦しみが深まっていく」




こういう絶望の無限下降ループが生じるようです。ゆり子さんは、この苦しい穴の底に落ちるような体験を経て、ふたたび回復していきました。




いつしか「あきらめる」ということで、楽になったといいます。自分のことを理解してもらいたいと心の底で願っていた母親に対しても、「ああ、この人はわたしのことを理解できないんだ。




親子ならいつかわかりあえると思っていたが、親子でも別々の人間なんだ」と気づくことによって、ようやくあきらめることができて楽になれたといいます。




彼女のほうから親離れの一歩を踏み出すことができたということだと思います。ひきこもりの人たちはどこかで、親たちに自分のことをわかってもらいたいという根強い願望を持っています。




それが親が変わってくれることで満たされて、ひきこもりから抜け出すパターンと、ゆり子さんのように親は変わってくれないんだとあきらめて楽になっていくパターンとがあるようです。




そういう意味では、ひきこもりとはひときわ濃密な親子間のエロス(愛着あるいは愛憎)の問題でもあるのです。ゆり子さんは自分で呪いをかけていた27歳という年齢を過ぎた頃から、少しずつ霧が晴れたようにこの苦しさがうすれていきました。




でも完全に晴れるまでにはそれからまだまだ10年近くの時間がかかりました。2002年5月、6月と、ゆり子さんは再挑戦して毎朝ラッシュの電車に乗ってフルタイムのアルバイトに通いました。




でも、ほんとうにそれが死ぬほど消耗的で、そのあと、その反動から深い虚脱脱状態に陥ったそうです。そうして、ほんとうに自分はふつうの人とは同じようにはできないんだと、本気であきらめることができたといいます。




その「プチひきこもり」の後、なぜかすっと霧が晴れるようにして、10数年間続いていた苦しさが消えていったのだそうです。そうして、今もつらいことや苦しいことはたくさんありますが、それはそれまでのひきこもりの苦しみとは違う、ふつうの人たちと同じつらさや苦しみにようやく落ち着いたそうです。




イメージとしては、それまで長年続いていた無人の荒野を一人でさまよっている感じから、そのときから新しい世界に出た、生還したという感じに包まれているのだそうです。




そこはまったく見たこともない世界で、日々新しい風景や、新しい人たちと出会います。なにもかもが新鮮で、自由で楽しい世界です。風景としてはただの平凡な田舎の景色です。




でも、緑があり、水が流れ、向こうから来る農家のおばあさんとすれ違いながら挨拶する、そんなことがなによりも驚きで、わくわくする世界だといいます。




わたしはゆり子さんにどうしても聞いてみたい質問がありました。ひきこもっていた10数年間の苦しかった時期は、いったいなんだったのだろうかと。でもゆり子さんは、この10数年間の苦しみがなければ、いまの自分もなかっただろうと思うといいます。




不登校をきっかけに、それまでのなに不自由ない幸せいっぱいの生活から、とつぜん穴の底に突き落とされて、そこから上へ上へと這い上がろうと努力しながら、そうしてもがけばもがくほどますます深いひきこもり状態にはまっていきます。




そうして、あの「不思議の国のアリス」のように、深い穴ぐらをどんどん落ちていって、最後にまるで地球の反対側に飛び出すようにして穴の底を突き抜けて違う世界に出たような気がするというのです。




そうしてそのどん底を突き抜けて向こう側へ出たら、そこには見たこともない新鮮な世界があり、その新しい世界でささやかなことに喜びを感じながら暮らしているのが、今の自分なのだと、静かに語ってくれました。



メニュー

過去の記事

団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援