内側に沈潜してしまうひきこもりの人たち
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内側に沈潜してしまうひきこもりの人たち

2020年01月06日(月)5:38 PM





ごく普通の社会人には、ひきこもりという状況は、自分自身がそうなり得ることがあろうかと想像をめぐらせてみても、現実感が湧かないでしょう。





一日とて家を出ないで、また家人とさえ誰とも顔を合わさず言葉も交わさないでじっとしているなどということが絶対にできることではないというのが、一度試してみようとやってみて半日も耐えられなかった実際のわたしの体験から得た実感です。





ひきこもりと一般に言われている状態の定義は、「十五歳から二十歳代半ばの青少年で、六ヶ月以上、長いものは十年以上も、一定の場所にこもって、一切の社会との関わりをもたなくなっているもの」のことで、「ただし、精神の障害がその主たる原因とは考えられないもの」と、一応はそうとらえられています。





したがって、これはいわゆる病気ではなくて、一種特異な生活状況といったものです。とにかくそういうひきこもりなるものが、一説には今やこの国で百万人に達するだろうといわれているのですから、なんだか異様すぎる事態と言わざるを得ません。





百万人にも達するのではないかと推測されるその中の一人と見なされているものの中には、「自分はそんなじゃないよ」とあざ笑っている青年もけっこう含まれているのではないかとわたしは見ています。





周りが勝手に心配しているだけで、本人にしてみれば、それなりの意図とかもくろみがあって日々を自分の思うように過ごしているに過ぎず、ただ家族のものに自分の考えを言っても、曲解されたり干渉されるだけだと思うからあえて何も言わない、何のことだかわからない周りのものが、やたらひきこもりだと問題視して騒ぐといったケースも意外に多く含まれているのではないかと、わたしは長年のカウンセリング体験の中から思うのです。





家庭や教育の不健全さを反映する非社会的な行動





いずれにしても、ひと口でひきこもりといいますが、なぜそうなったのか、なぜそうしているのか、なぜそれから脱しようとしないのか、あるいはなぜそれから脱することができないのか、そしてさらに、ひきこもりの実際がともすればどれほどの過酷さを当人に背負わせているものなのかなどは、個々別々にあまりにも違った事情があり、ひきこもりとはこういうものだとパターン化を急いで類型化することの危険さをいささかの実際例を知ったものとして痛く感じてはいます。





それにもかかわらず、あえてそれをひとくくりにして言ってみれば、ここまで増大してきたひきこもり現象は、まぎれもなく、第二次大戦後のわが国の教育や家庭や社会のあり方の半面の不健全さを示すシンボリックな現象なのであることは疑う余地がない、といったところでしょうか。





とりあえず、固定化した捉え方をすることの危険性を危ぶみつつ、実際に経験した例をもとにしてわたしなりのひきこもりの考察をすすめていこうと思います。





さて、ひきこもりという言葉が、一種の特異状況をさす心理学用語として使われ始めたのは、ここ二十年くらいのことでしょう。





子どもが一社会人として親もとから巣立っていく過程において、今まで問題にされてきたのは、おおむね、子どもの反社会的行動についてのものでした。





つまり言ってみれば、大人への暴言暴行、仲間うちのけんか、盗み、恐喝、不純異性交遊、引ったくり、暴走など世の中の秩序を乱す諸行動です。





ところが、この頃とみに目立ってきている子どもの問題は、非社会的行動なのです。いわゆる非行といわれてきたものとは違って、内側へ沈潜してしまう非社会性です。





その典型的なものが、ひきこもりです。





親と子の隔てに、親が戸惑う





わが子が、ちょっとした外出さえもしなくなって、もう何ヶ月も経つんじゃないか・・・・・・。これは不自然だと気づいた父親が、母親に、「あいつ、この頃どうなんだ。ちゃんとやってるのか」と聞くと、母親は待ってましたとばかり、「あなたがちょっとは声をかけてやってよ。父親でしょうが」と口をとがらせて言葉を返すので、やっぱり気にしなきゃならない状況だなと察しはするものの、あの子が父親に対して不機嫌でなかったためしがない・・・・・・、さて、実際にはどう声をかけていいのやら、ほとほと困ってしまいます。





機嫌を損じてしまったら最後、どこまで激しくつっかかってくるか知れたものではなく、親はため息が出てしまいます。






仕事の先行きのことを思うだけでもしんどいのに、家では子どもが勉強しないだとか、学校をやめたいとか、果ては「なんで俺なんか生みやがったのか」なんて言って責めるのだとか、そういうことを妻から聞くたびに心労は募るばかりです。





でも女房を、「あー、分かったよ分かったよ」と制してきた手前、なにか一言声ぐらいかけてやらねばと思いながら、憮然たる様子で歯ブラシを使っているわが子の姿を後ろから改めて眺めて驚いてしまいます。





(いつの間にこいつ、こんなに背が高くなったんだ。中三だというのに、自分よりは優に五センチ以上大きいぞ。ヒョロヒョロ背丈ばかり高くても、と軽く見ていたのに、いつの間にか肩幅もがっしりしているなあ)





なんだか嬉しくなる半面、手ごわさがいよいよ増してきます。エエィと力む思いを隠して、いたってついでの風を装い、「おはよう」と声をかけると、至極ぞんざいな「オー」の一声が返ってきます。





親への応答が、投げやりなそんな調子であることが親には耐えられません。もう次の言葉をスムーズに出せなくなってしまいます。





「どうだ、最近は」と、それでもどうにか下手から出てやれば、「何が?」と咎めの怒気いっぱいの反問です。その反射的な語気の荒さにもう気押されて、「まあ、中学もいよいよ三年だな」「何だよ、それがどうした!」わが子のその声と態度で、父親の腹はもはや煮え立って、たちまち地声になり、「なんだよ!朝から親に向かってその態度は!」





言い終わる前に、息子がより以上の険悪さで、「うっせえんだよ!」とわめき、ザブッと顔に洗面の水をぶっかけた後、バタンと戸を力任せに閉める息子の勢いにのまれたままの父親・・・・・・・。





(いったい、あの子にこの頃友だちがいるのだろうか)と母親は心配になると際限なく気がかりがつのります。何を言っても嫌な顔をして部屋にこもってしまうのがこの頃の常の様子になっています。





つい声をかけないのが習慣になってしまって久しいのも、それでよしとは思っていません。あんなに体を動かさなくてもいいのだろうか。





忠告のひとつでもしてやりたくてたまらないのですが、へたをするととんでもない親子の口論になるのが落ちという次第で、何も口を出せないうちに、やがて朝起きてこなくなりました。





夜あんなに遅くまで寝ないでゲームばかりだもの、朝は起きづらいのは当たり前だわよ、と子どもの様子にムカムカ胸が悪くなるばかりです。





朝の不機嫌の末、遅刻の常習ということになってくると、母親もグズグズとあまり言うまいと思う心とは裏腹に、子どもをなじり、そのお返しに子どもは親に文句三昧の吐きっぱなしと、毎朝ごね通しという状況になります。





ついには学校での教師と親と子の三者面談で、「やればできるお子さんなのに。この成績では、まず行ける高校はありませんよ」と教師に宣告されてから、体も心もいよいよ動かなくなりました。





父親も母親も声をそろえてやいやいと子どもを非難します。それに反発した子どもがついにガタガタと家中のものを壊します。





それに負けない怒声罵声の応酬で、父子の取っ組み合いになった夜の翌朝からは、学校も休み続けという状態になってしまいます。





あれこれその後の親の努力は逆に当人を落ち込ませる刺激になるばかりで、不登校は続き、その延長でもちろん高校進学は果たせず、ひきこもりの状態が一年余も続いているとわたしのところに相談しに、母親がやってきます。





一日じっと何もしないで、ひきこもりきっていられるなんて、あの年頃で・・・・・・・、と親は不思議でたまらないのですが、部屋にはテレビもパソコンもあるのです。





昨今は退屈なんか気にしないで、漫然としながらたちまちのうちに一日が終わってしまいます。



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