完璧主義の親に育てられた子どもは、「曖昧さ」に耐えられない
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完璧主義の親に育てられた子どもは、「曖昧さ」に耐えられない

2019年12月23日(月)12:25 PM






完璧主義な親とは、健全志向で未完であることをいっさい許さないようなタイプのことです。子育てにも完璧さを求めますから自分のやり方を通そうとし、成果を求めます。そして、子どもが自分の思い通りにいっていると、自分が「いい親」だと思うのです。





完璧主義的な親に育てられた子は、自分自身にも完璧を求めるとともに、人にも完璧であってほしいと思いがちです。ですがそれが、隙のない生きづらさにつながっていく心配があります。





たとえば、思春期の病気だと、強迫性障害になりやすくなります。これは、周囲の曖昧さやゆるさに耐えられなくなって、精神的に追い込まれるものです。





自我を押し通すことしかできず、融通が利かないのは、実は自分をいちばん苦しめることになるのです。曖昧なものを受け入れてこそ、人は普通に暮らせるのです。





わたしたち人間にとって、最後の助けになるものは、結局は人間関係です。今、教育界でその重要性が謳われている「生きる力」とは、勉強ができるとか、スポーツができるとかいったことではありません。





「生きる力」とは、いろいろな人間関係を多様にたくましく、しなやかに生きていく力にほかなりません。この世界にはほんとうにいろいろな人がいますから、自分が想像していたものとはまったく違うリアクションが返ってくることも多々あります。





世の中すべての人が、丁寧な言葉でやさしく接してくれるわけではありません。そんな中でも、自分の思い通りにならないことは、たくさんあるものだと受け入れながら、そして、曖昧さも引きずりながらやっていかなければいけないことはたくさんあります。





「生きる力」をつけるときには、親と子の人間関係がベースになります。「子どもは親の背中を見て育つ」です。「背中」とは主に人間関係です。





子どもは親の言動、周囲との関わり、自分への関わり方を見て、感じて、人間関係のつくり方を学びます。そして、人間関係の中では、すべてに完璧を求めることは難しいということなどを学んでいきます。





親と子の人間関係が、子どもの対人関係のあと押しになるのです。完璧ばかりを求めていると、人を頼ることや人に助けてもらうことができなくなってしまいます。





自分のことは自分で完璧にやるものだ、人には迷惑をかけてはいけないものだと教え込まれると、人を頼ること、人に助けてもらうことが”いけないこと”だと思い込んでしまい、どう頼っていいのか、どう助けてもらえばいいのかもわからなくなります。





それは、一見、すばらしいことのように感じますが、実はとても寂しいことであり、危険なことなのです。つまり、何かに困ったときに、素直に誰かに甘えられないということです。これは大事なことです。甘える勇気、素直になる勇気とは、人を信じる勇気です。





人は自分が助けてもらったことがないと、人から助けを求められても、ビシッと拒否してしまう冷酷さを身につけてしまいます。助けてもらっていないということは、人を助ける方法がわからないわけです。さらに、助けを求める人のことを情けない人だとか、弱い人だと思ってしまい、嫌悪感を感じてしまうこともあります。





人はいつ、なんどき、自分が弱い立場になるかわからないものです。まったく予想もしないような事態で、窮地に追い込まれることだってあるでしょう。





急にリストラにあったり、、病気になったりするかもしれません。事故にあうかもしれないし、災害に巻き込まれるかもしれません。そうした窮地に追い込まれたときに、「助けて」のひと言が言えないと、人は生きていけません。





生きるか死ぬかの瀬戸際のときは、どんなにいい大学を出ていても、どんなにすばらしい職業に就いていても、何の関係もありません。すぐそばにいる人に、「わたしを助けて」と言えるか言えないかが、何よりも大切です。孤立から抜け出す最後の”命綱”は、甘える勇気です。





人に甘えられないわけですから、何もかも自分で背負い込んでしまい、自分で自分をどんどん追い込んでしまうことになります。これは非常に辛いことです。





”頼り頼られ、持ちつ持たれつ、お互いさま”の人間関係を築けることが、「生きる力」につながると思います。人生を比較的思い通りに歩んできたり、努力したらそれなりに報われたりしてきていると、「何でもやればできる」と完璧主義になりがちです。





完璧主義の親は、子どもも完璧に育てなければと強迫的に思いがちになります。しかし、自分が完璧であるとしても、そこには多くの人たちの支えがあってこそなのです。人はみな、ジグソー・パズルで生きているということを学びたいものです。勉強ができる、できないも、その子のほんの一部分です。





それも、その結果は、人と人とのめぐり合わせ、組み合わせの中で得られたものです。ところが、この一部分が全体、すべてと思えてくると、あらゆる面で完璧な結果を求めてしまいます。





完璧主義の親のもとで育てられ、超一流の進学高校に入学した男の子がいました。彼は高校2年で「やれば何でもできる。できないのは、本気でやらないからだ」という強迫観念に襲われ、生活が崩れてしまいました。





その子がわたしとの面接で語ったつぶやきです。「僕は勉強をすれば東大を目指し、語学を学べば同時通訳者を目指す。そして気軽に歩いていたら、いつのまにか全力疾走していた」これは完璧主義の破綻です。誰もが一人ひとり、自分の終焉を迎えたとき、人間の生涯を通して完璧主義は通用しないと思うに違いありません。





そのことに早めに気づけば、幸せな人生が待っているはずです。そして、「ずっと生きたい」と思っても、それだけは「完璧」に叶わないことなのです。だとしたら、「お互いさま」のジグソー・パズルの心で生きたいものです。



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