親への不信感と家庭内暴力
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親への不信感と家庭内暴力

2019年12月17日(火)12:17 PM






関東自立就労支援センターの相談室に、小学校六年生から大変な家庭内暴力を起こしていた子がきました。この子はもともと内気な子だったようです。





幼稚園の頃、お部屋の中でひとりブロックをきれいにつくると、ちょっと乱暴な子がいて、必ず蹴っ飛ばして壊してしまいます。何するんだと思っても、やっぱり言い返せません。そして、また黙々とブロックをつくります。手先が器用だからまたきれいにできます。すると、またその子がきて壊してしまいます。





どうしてそんなことをするのかな?何か嫌なことがあったのかな?僕がいけないことをしたのかなと思うわけです。ところが、友だちを見ると、皆「何するんだよ」とその子のところへ向かっていくから皆のところには行きません。





彼も皆と同じようにやろうと思っても、「僕は勇気がないから、やっぱり僕のところへからかいにきた」といいます。家に帰って、お母さんに話すとお母さんはこう言いました。





「もっと強い子になるんだよ。ねっ、強い子になろうね」と。「強い男の子になろうね」といつも言いました。何かというと必ず「強い男の子になろうね」といいます。





その時、お母さんはとても悲しそうな顔をしていたそうです。だから、ブロックを壊されるたびに毎回毎回、そのことをお母さんにはとても言えませんでした。





小学生になりました。同じような感じでいじめは続いていました。三年生のとき、クラスでちょっと乱暴な感じの子が彼のところに近づいてきました。そして彼に言いました。





「おい、消しゴム貸してくれよ」何か嫌な予感がしたんですが、彼は「困っているだろうな、消しゴムがなくて。だから、貸してあげなくちゃ」と思いました。





でも、その消しゴムは妹が誕生日にくれた大切な消しゴムなんです。でも、「いいよ」と貸してやりました。そして放課後が過ぎ、消しゴムが返ってくるかなあと思ったら返ってきません。





一日待ちました。そして翌日、また放課後になったのですがやっぱり戻ってきません。「あの消しゴムは、僕にとっては宝のように大切な消しゴムなんです。だけど、妹から誕生日にもらった消しゴムだとは、とても言えない。またからかわれるかもしれないから言えない。でも困っている」。だから、彼は勇気を出して、その友だちに言いました。「昨日貸した消しゴム、返してくれる?」





「あ、あれ?あれはもう使い道がないから捨てちゃったよ。ちっちゃいんだもん」「えー」と彼は心の中で思いました。勇気を出してもう一度言いました。





「あれは僕の大切な消しゴムなんだ。どこに捨てちゃったの?教えて」そうしたら彼が「あれ、ゴミ箱に捨てちゃって、もうどこかわかんないよ。もうどこかにいっちゃっているよ」





「そんな、簡単に。あれは僕の大切な消しゴムなんだ」再度言いました。すると彼が、「いいじゃないか。あれくらいの消しゴム。どうってことないだろ。そんなに消しゴム欲しいのかよ。じゃあ、返すよ」





その子は友だちが五人くらい集まっていたところへ行って、「消しゴム、ちょうだい」と言って全員からもらいました。その五つの消しゴムを少年は彼に向かって、「消しゴム、欲しいの?あるよここに。拾いなよ」と言ってパッと投げ捨てました。彼は非常に悔しい思いをしました。消しゴムが捨てられたことよりも、自分のこの気持ちが捨てられたことのほうが、よほどつらかったのです。





彼は悔しくて、悔しくて仕方がありませんでした。こみあげるように怒りや憎しみがでてきました。どんどん怒りや憎しみが出てくると同時に勇気も出てくるのかと思いましたが、出てきませんでした。





「僕が何をしたんだ。何でこんな目にあわなきゃいけないんだ」許せない、殴り倒してやりたいと思えば思うほど、体が気持とは反対に萎縮していきました。





床に自分の足が吸いつけられていくようで、身動きがとれなくなってしまいます。彼は思いました。「なんて僕は勇気のない男なんだろう。気が弱いなあ、僕は。どうして僕はこんなに弱い人間なんだろう」彼は涙があふれそうでした。





泣きたくて泣きたくて仕方がありませんでした。思い切って「ふざけるなっ!」って言いたかったのです。だけど言いたくても言えないのです。どうしても恐いのです。どうすることもできなくて、誰かにこの気持ち、いじめっ子に向かって言いたいこの叫びを誰かに聞いてほしかったのです。





そして、自分はなんて情けない男なんだろう、気が弱い男なんだろう、意気地がないんだろうと弱音を誰かに言いたいのです。でも、そんなことを先生に言ったら、「もっとしっかりしなさい」と励まされるだけだから言えません。「僕はこれからずっと、こんなみじめな人間として生きていかなければならないのかなあ」と、誰かに愚痴を聞いてほしかったのです。





彼はもう耐えられませんでした。苦しみの限界だったのです。そして、自分のことを無条件に受けとめてくれる、自分のことを本当に心配してくれる、自分の将来を案じてくれるその誰かに自分のこの気持ちを伝えたかったのです。





そして、その人に思う存分、このいじめっ子に言うべき怒りを言って、弱音や愚痴をその人にぶつけたかったのです。そして彼は、それはお母さんしかいないと思ったのです。





絶対にお母さんならわかってくれる、お母さんなら僕の気持ちをわかってくれる、彼はそう思うと、目にいっぱい涙をためていたけれど、涙をこぼしちゃいけないとそのまま家に帰りました。お母さんの前で、初めて涙をこぼそうと思いました。そしたらお母さんが黙って自分を抱きしめてくれると思ったのです。





「また」とは言わないでほしかった





彼は学校から帰ってきました。そしてお母さんの顔を見た瞬間、涙がこぼれおちたそうです。もうお母さんの懐へ飛び込んでいきたかったのです。そして彼は言いました。「”また”、いじめられちゃった」彼はあまりこのような言い方はしたくなかったようです。「”また”、いじめられちゃった」、この言葉はやっぱり嫌なんです。自分でもわかっているんです。





そうしたら彼はお母さんが黙って自分を受けとめてくれると思って信じ込んでいました。そうしたらお母さんが予想に反してこう言いました。「えー、”また”いじめられちゃったの」。彼は深い悲しみに襲われました。自分で「また」と思っているのに、お母さんにまた、改めて「また」と言われたのです。





続けてお母さんがこんなことを言ってきました。「情けない子ね。あんたは本当に。いつも言ってるでしょ。強い子になりなさいって。あんた男でしょ。何度も何度も小さいころから言ってるでしょ、強い子になりなさいって。いつまでお母さんにこんなこと言わせるの。まったく弱い子ね。すぐ泣くんだから。男は簡単に泣かないの」





しばらくすると、母親は、傍らにあったティッシュペーパーの箱を持ち出して、そして彼に向かって投げつけました。「泣くのか、鼻をかむのか、はっきりしなさい」後はもう何も言えなくなってしまったそうです。





「僕だって強くなりたいよ。一生懸命努力して強くなろうと思ったよ。僕だって、本当に強い人間になりたい・・・・。だけど、なれないんだ」彼はそう心の中でつぶやくと、そのまま二階に上がってしまいました。





お母さんだから言ったのに





夕方になって父親が帰宅しました。「あなた、またあの子いじめられたんだって」と母親が父親に言いました。そうしたら父親がこう言いました。





「何だ、またいじめられたのか。ダメだなあいつは。本当にダメだな。ダメな奴は一生ダメだ」「僕は、小学校三年で親によって人生を結論づけられてしまった。僕はもう一生ダメだ・・・・・。父は冗談を言うような人ではありませんでした。僕は父の”ダメ”という言葉を正確に受けとめました。





父は表現の仕方にはとても厳しい人でした。言葉使いにはいつも注意しろと言っていました。だからこれは父の本音だと思いました。僕は落胆しました。僕はもう家族とはいっしょに食事をしたくありませんでした。だけどこのまま降りていかなくなったら、僕は何か、このまま家族と顔を合わせられなくなるような気がしました。





だから、本当は行きたくなかったけど、お母さんが呼んだから降りていきました。そして食事をしていたら、父親が自分に近づいてきて言いました。『おまえ、またいじめられたんだって?情けないなあ』って」と彼は悔しがりました。





子どもに責任はない





ところがそれから彼は実に明るい子になっていきました。いつもおもしろいことを言って、全然それまでの暗さが消えてしまいました。だから、お父さんもお母さんも元気になったんだなあ、と思っていました。もう両親は何も心配していなかったようです。





小学校六年のある日、本当に些細なことで母親と彼は口論になりました。昨日までは「お母さん、お母さん」と言っていた彼が、ある些細なことで母親に突然こう言いました。





「おまえは本当に人の話を聞かない奴だなあ」と。お母さんはびっくりしました。「お母さん、お母さん」と言っていた子が、突然、「おまえは本当に人の話を聞かない奴だなあ」と言い出したのです。「三年生の時もそうだった」お母さんはもう忘れているのです。「えっ、何のこと?」





「三年生の時のことだ。覚えていないのか、おまえは!」お母さんは覚えていません。ですが、自信のない人や子どもというのは、行き詰ると過去にさかのぼってこの悔しさをむし返します。





「おまえ、よくそれで親をやっているなあ。あの時のことを忘れているのか、もう。俺が小学校三年生の時、涙をいっぱいためて帰ってきた時のことをもう忘れているのか」「あっ、覚えているよ。でも何?そのおまえって、親に向かって」





「親?おまえ、親らしいことしたのかよ。俺に。あの時、俺がどんな気持で帰ってきたのかわかっているのか!」と彼は言いました。「誰がいじめられて喜んでいる奴がいる?俺だって、いじめ返したいさ。俺だって勇気を持ちたいさ。強い人間になりたいさ。毎回毎回思ってるよ。





でも、いくら思ったってなれないんだよ。おまえ、よく言ったよなあ、強い人間になれって。俺、そのたびに思っていたんだぞ。ああ、俺、女に生まれればよかったなって。





男に生んだのは誰なんだ、弱い男に生んだのはおまえじゃないか。頭が悪い、頭が悪いって頭が悪い子に生んだのはおまえじゃないか。努力したよ、おれだってはじめは。努力してもできなきゃ嫌になっちゃうんだよ!」茫然と立ち尽くす母親に、彼はなおも言い続けました。





「俺、生まれるとき、おまえから一言も聞かれた覚えないよ。おまえ、男で生まれたいかい、女で生まれたいかい、って。だけど男で生まれた。おまえ、強い子で生まれたいかい、弱い子で生まれたいかい、って聞かれた覚えがない。でも俺は弱い男で生まれた。誰だって強い子で生まれたいし頭のいい子で生まれたい。





だけどみんな、俺はおまえから聞かれた覚えはないよ。でも俺は、弱い子で頭が悪くて男で生まれた。これはまったく俺には責任のないことなんだ」と彼が言いました。





「俺にはまったく責任はないけど、責任があるとして俺は大人になっていかなければならないんだ。こんなこと人に言って、『俺は女に生まれたかったのに、何で男に生まれちゃったのか、俺はもっと強い人間に生まれたかったのに、お母さん、なぜ弱い人間に生んじゃったんだよ』って、そんなこと人に言えるか?言えないよ、そんなこと」





彼には責任がないのに、この責任が彼にあるということを子ども自身が背負って、この苦しい状況だけどこの状態で生きていかなければならないと自覚しているのです。





だから、「親なら、このくらいのこと、この子どもの切ない気持ちを受けとめてくれたっていいじゃないか」と思うわけです。ここが重要なんです。どうすることもできない現実を背負って、自分の責任じゃないその責任を自分のものとして受けとめて子どもは生きていこうとしています。





その時、そこで起こる切なさとか苦しさを受けとめてくれたっていいじゃないか、親なら。それをこちら側に返してきて、「何言っているの?」はないだろうというのが子どもの言い分です。



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