大学入試と父子関係
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大学入試と父子関係

2019年12月16日(月)12:35 PM






「僕にとって大学入試の合格は、人間証明なんです」。冬の時期になると、わたしはS君とともに心もとなく過ごしたあの底冷えの朝を思い出します。





早朝五時、全身が凍りつくような二月下旬、S君は関東自立就労支援センターの最寄り駅の改札口で、わたしの当面の不安を打ち消すかのように約束どおり待っていました。





四回目の大学入試に臨むS君は、付き添うわたしに、「これが父親に人間として証明してもらえる最後のチャンスかもしれないと思ったら、仮病で寝過ごすことはできませんでした」と言いました。ですが、今にでも部屋に帰ってしまいそうな恐怖感に襲われている様子も伝わってくるようでした。





人影がまばらな電車に乗ると、座席の端に身を隠すようにS君は座りました。わたしは、彼の不安を少しでも和らげようと、その横に深々と腰を下ろして体をあずけました。





S君の表情が険しくなり、両足が激しく揺れだしていました。わたしは、その震えを彼のつらさとして受けとめ、片手をS君の肩に置いて「寒いね」と言いました。





「あーっはい、本当に寒いのか、緊張しているのか、分からなくなって」と、S君は周りの視線を気にしながら、両手でその震える足を押さえました。





進学校にいたS君は現役で私大に二つ合格しましたが、手続きできませんでした。「東京六大学以外、大学にあらず」。父親の口癖がS君の頭から離れず、意に反しての浪人生活を父親に伝えました。





「長い人生のうち、浪人生活も無駄ではない。おまえが本当に希望する大学に行くことが大切だ。早まるなよ。国立、六大学、おまえなら必ず合格できる」予想していた父親の激励にこたえて予備校の寮生活に入りました。





公職に就く父親を尊敬していたS君は、机の片隅に笑顔で語りかけるように写る父親の写真を見ながら、「お父さんの言うとおりにしていれば何とかなる」と思っていました。





ところが、高校までのホットな友人関係に比べて、寮生活は友情も制限しなければならず孤独でした。十月ごろから個室に閉じこもり、授業には出席せず、学力は後退していきました。この年の入試はすべて不合格でした。





「受験のたびに、テスト用紙が一瞬白紙に見えた」と言います。父親はひと言も責めませんでした。そのことが逆に「甘ったれ者」とさげすみ、見捨てられているような印象をS君に与えました。





翌年、宅浪して受験を決意しますが、試験前夜興奮して眠れず、考えた結論は「明日の試験を受けられなければ眠れる」でした。それは「父親や家族の期待を裏切りたくない。そのためには受けない」との弁解でもありました。





そして父親の定年を春に迎え、「期待に応えて価値ある人間と認められ、操り人形の糸を切りたい」と、四回目の受験を決意していたのでした。





その後、無事に大学に合格しました。しかし、「僕は人間として証明されました」と言うと、破り捨てた合格通知を父親あてに送り、大学には入学しませんでした。



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団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
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理事:
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理事:
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住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
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メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
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 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援