不登校に関われる教師・関われない教師
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不登校に関われる教師・関われない教師

2019年12月05日(木)4:51 PM





「事例」





小学校4年生の担任から受けた教師の相談です。担任と子どもとの関係が悪くなり、不登校となった子どもの対応に関する相談でした。





もちろん、教師と子どもの関係の問題とは、相互作用の問題です。関係の問題は、相互作用の中でつくりあげられるので、一方的にどちらかが悪いような性質の問題ではありません。





実際、子どもや保護者側の受け取りの問題が多々ある事例でした。この難しい状況で、この担任の先生の関わりはすばらしかったと思います。





まず、この担任の先生は、自分の非を見出し、謙虚にそれを反省するところから始めました。担任は、自分が「子どもの人生、生涯を台無しにしてしまったのではないか」と思い、「何とか事態を打開したい」と願いました。「自分がその子どもに行えることは、いったいどのようなことか・・・・・」に注目しながら、家庭訪問を繰り返しました。





当然、子どもは会うことを拒絶しました。保護者からも面と向かってなじられました。担任が行ったことではないことや、他学年の子どもが行ったことでも苦情を言われました。家庭訪問で無理に子どもに会おうとはせず、置き手紙を残しながら、半年ほどでようやく子どもとの再会にこぎつけました。





この段階で、その学年は終わり、学級編成替えとなりました。その子どもと会えるようになったとはいえ、まだまだ気を許した関係とはほど遠かったのです。保護者の不信感が拭い去られたわけでもありませんでした。この段階で、わたしは担任として最善策を行った半年間だと思いました。





「担任を継続しなくてもよいのでは・・・・・・」と考え、そのことを伝えました。新担任になることで、ゼロから関係を作り上げていくことも、場合によってはよい方向に行く可能性があることも付け加えました。





ところが、この先生は担任を退くことには消極的でした。保護者や子どもが思うほどの非がわが身にあるとも思えませんでした。ですが、そのように子どもに思わせ、感じさせてしまったことに、担任として忸怩たる思いがありました。





校長に担任を再び持ちたいとの意思を伝え、一方で、自分の思いだけで子どもを振り回してはいけないとも考えました。そこで、「校長の目で自分を客観的に眺め、子どもに最善と思える担任の配置にしてほしい」と、担任の選定の判断を校長に一任しました。





校長の判断は、担任の継続でした。再び担任となった先生は、その先2年間関わりを続けました。家庭訪問の関わりを繰り返す中で、子どもとの関係もしだいによい方向に変化していきました。それに応じて、保護者の態度も軟化していきました。そして、5年生の1年間をかけて、再登校に結びつけることができました。





保護者も担任の先生の言葉に耳を傾けるようになり、6年時には保護者からアドバイスを求められる関係へと変化していきました。この事例が示すのは、わが身を振り返り、自分の欠点を修正して関わろうとする教師の謙虚さと、前向きさが結果の良否を左右した点にあると思います。





この関わりが、子どもの頑なな心を説きほぐし、保護者の態度を変化させたのでしょう。担任は、不登校の有無とは関係なく、すなわち、「不登校の○○くん」ではなく、「他ならぬ○○くん」の人生、生き方を心配していました。





子どもから拒絶をどれほど受けようとも、時間をかけ、焦らずに、じっくりゆったりと安定して寄り添い続けました。マイナスの人間関係を修復しようと、謙虚で誠実な姿を保ったことが、極端なマイナスの関係から信頼し合える関係にまで変化させたのでしょう。





不登校に関われない教師と自信のなさ





次に、「不登校に関われない教師」に目を向けてみましょう。そのような教師は、大きく分けて二つのタイプがあるように思います。ひとつは、不登校を示す子どもへの関わりに消極的な場合です。もうひとつは、不登校問題を、否定的に捉える意識や姿勢がある場合です。





そして、両者ともに共通するのは、不登校の問題に関わることへの自信や、教育者としての自信がないことです。関わりそのものに消極的な教師は、「・・・・だから仕方がない」と、児童・生徒のことを理解します。「保護者が○○だから仕方がない」「子どもが○○なので仕方がない」「○○がないので仕方がない」という具合です。





そもそも児童・生徒理解とは、その児童・生徒をよりよい状態にするために行うものです。そのために、その問題に関わる人が「具体的に何をしていけばいいのか」を理解するために行うことです。





その意味で言えば、この理解は児童・生徒理解と呼べる代物ではありません。たとえば、「保護者が子どもに一切連絡を取ってほしくないと言うので、仕方がない」としましょう。





児童・生徒理解がそこで終わるならば、それは単なる愚痴でしかありません。何もしないことの免罪符にしかなりません。その状態であるのなら、「子どもに関わる以外に、方法がないのか」を考えるのが、本来の児童・生徒理解のはずです。実際に、先述の教師の場合、最初の段階はその状況にありました。専門機関につなぐことができない事例も、少なからずあります。





通常、専門の相談機関には、援助を自ら求める意欲と余裕のある保護者が向かいます。そのため、専門の相談機関に繋がらない事例の中に、極端に難しい場合があります。





「家族が子どもを甘えさせている」「子どもの不安や緊張が高すぎる」「子どもに健康な生活をさせられない家族だから」などなど、学校には簡単には関われない事例が数多くあります。





しかし、専門機関にかかっているか否かにかかわらず、学校は教育機関の専門として、子どもや保護者を支えていかなければならないはずです。ところが、児童・生徒理解が「仕方がない」で終われば、事態には何の変化も生じません。





不登校体験者が、「親子関係をめぐる問題」を不登校のきっかけとしてあげたのは、割合としては少ないのです。反対に、教師に対する「不登校のきっかけ」の調査では、「親子関係をめぐる問題」が多くの割合を占めています。





この結果も、教師の「仕方がない」との姿勢を表しているように思えてくるのです。この理解があるとき、「登校刺激を手控える」との美名の下に、教師自身が関わらないことがよく起きます。





「登校刺激を手控える」の言葉が、教師の関わりの消極性に免罪符を与え、子どもとの関わりを遮断してしまうのです。第二は、不登校問題を否定的に見る場合です。その特徴は、問題の理解、児童・生徒理解が「・・・・・だからダメなのだ」で終わってしまいます。





「保護者が○○だからダメなのだ」「子どもが○○なのでダメなのだ」という具合です。「仕方がない」は、事例の改善に明確な害を及ぼしません。





ですが、学校関係者が「ダメだ」で終わる理解をすることは、百害あって一利なしです。この理解は始末が悪いです。「○○だからダメだ」との考えは、特定の価値、特定の志向性から見た判断です。





不登校という現象自体、見ようによれば、学校の価値に背を向けた動きと考えられます。そのため、学校関係者は、不登校の問題をニュートラルに眺められません。





たとえば、不登校は「学校が嫌いだから起きる」という冒頭の話に抵抗を感じた人は、おそらく、この現象を平静に眺められない立場にあるように思います。





現象を平静に見られないと、たとえば、児童・生徒理解もなしに、「学校に登校させなければならない」と力んでしまうことなどが起きます。子どもや保護者の事情を考えないで、特定の目標を定めます。一定の価値志向性を持つために、そのような関わりになってしまいます。





そして、その価値志向性から外れた相手と出会うと、「○○だからダメだ」と、子どもの側の事情を無視します。そのために、子どもとの関係を簡単に切り捨てます。





価値志向性を持つのは、間違いではありません。そもそも、教育という営みは価値志向性を持つもので、教師は価値を伝えることに専門性があります。





この場合、問題となるのは、子どもの側の動かしがたい事情を考慮せず、「ダメだ」と結論づける点にあります。本当に価値志向性を伝えたいのならば、相手側の動かない事情の中で、最大限の教育をすることが教師としての専門性であるはずなのですが・・・・。





そして、「仕方がない」で終わる理解にも、「ダメだ」で終わる理解にも、両者に共通する教師の態度があるように思います。「仕方がない」に終わる理解には、教師として不登校の子どもに関わることに、総じて、自信のなさがあるのが見えます。





「ダメだ」に終わる理解には、価値を伝えられないことに傷つきたくないために取る態度が見えます。これにも、教師としての自信のなさが背景にあります。





教師が不登校の問題に関わるためには、本当の意味でわが身や学校を振り返り、相手の事情を理解し、相手に寄り添うことから始めなければならないと思います。





それをする自信がないとき、教師は不登校の問題に適切に関われなくなるのではないかと思います。



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