ひきこもりと自我同一性
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ひきこもりと自我同一性

2019年11月23日(土)2:42 PM





第二次性徴が現れるころになると、いつまでも親に依存していることをバカにする風潮が同年代の仲間集団で現れ始めます。たとえば、これまで友だち同士では行ったことがないような盛り場やゲームセンターに行ってみようと誘われて、親に聞いてみないとわからないなどと言えば、バカにされて置いて行かれてしまいます。





そのほか、友だち同士の意見が対立して「お前は、どうなんだ」と聞かれて、自分の意見を言わなければならない場面も出てきますし、バカにされないためには自己主張して相手と直接渡り合わなければならない場面も出てきます。





この点は、男子の集団で顕著に見られ、これにはけっこう勇気やエネルギーがいるものです。時にはケンカで殴りあったうえで、お互いを認め合い、仲良くなるといった経験が必要なこともあります。





さらにこの時期になると、一般の大人も小学生のころのようには大目に見てくれなくなるうえ、子どものほうでも甘えさせてくれなくなった大人に対して反抗心や対抗意識を抱くので、その裏では無意識に相手に反撃されることを想像して恐怖心を抱いたりするものです。





そのため、大人に対して妙な苦手意識を抱いたり、身構えたりすることがあります。このような状態を「ビビる」と表現することがありますが、このように「ビビる」ことは、友人や大人と対等でありたいという自意識とは相容れないので、無理をしてでも引けを取らずに頑張らなくては沽券にかかわると考えがちです。





これは、男の子に多い心理で、ひきこもり事例が男子に多いという事実と重なります。わたしはこれらを「一家を張る」課題と呼んでいます。





しかし、これには多少なりとも訓練というか試行錯誤の経験が必要ですが、最近は少子化で兄弟げんかの経験も少なくて学校では皆仲良くがモットーで、自己主張して目立てば「いじめ」のターゲットにされる恐れもあって、人と人とがぶつかり合って折り合いをつけることを経験する機会は驚くほど減っています。





また、家庭のなかでも親のほうが対立を避ける傾向があって、なかなかノーと言わないで子どもの要求を丸呑みする傾向が見られ、ここでも対立関係をどう治めるかの訓練機会が少なくなり、野放図な反面、小心という特徴が見られます。





思春期の主な不適応症状である「不登校」、「摂食障害(思春期やせ症)」、「家庭内暴力」、「初発型や突然型の非行」などでは、一様に「いい子が、どうして?」と言われることがあるのですが、それらの子どもたちを見ると、むしろ、「いい子」と言われてきた在り方のなかに、その原因があるといってよいでしょう。





すなわち「いい子」と呼ばれてきた子どもたちは、幼いころから周囲に気を使い、親や先生の過大な期待に添うように自分のしたいことを犠牲にして、ひたすら優等生的な適応を続けてきたのですが、「おまえは何者か」と問われたとき、主張すべき「自分がない」ことに気づくとともに、これまでの適応方法の狭さと柔軟性のなさのために、新たな状況に対応できず、破綻したとみられることが多いのです。





そして、これらの子どもたちは、これまで周囲に同調するために偽りの親しみは示していたものの、心を開いた深い関わりは避け続け、知らない間に心理的にはひきこもって暮らしていたと見ることができます。





そして、対立的な関わりが必要になると、そのような場面を避け、退行して家のなかにひきこもり、親に対して駄々っ子のような極端な依存を示して、手当たりしだいに物を投げたり、当り散らして衝動を発散するか、命を危うくするまでの拒食や自傷行為で親を振り回すわけです。





そして、一方では、そのような行動しかできない自分にますます自信を失い、自己嫌悪に陥り、社会的人間関係の面ではひきこもらざるを得ないという悪循環に陥ります。





人生の選択と自我同一性





このとき、自分という存在について少しでも自信があればカラ元気でもよく、一種の開き直りができるのですが、高学歴志向が支配する家庭では、子どもは幼いときから良い結果を出すことでしか親から評価されていません。これに比べると、「おまえは俺の子どもだから大丈夫だ」といった「親ばか」を経験できた子どもは、些細な挫折での傷つきがずっと少ないと思われます。





いま、両親がそろった中流サラリーマン家庭で、思春期の子どもが不適応を起こしやすいのは親の肉体と精神を受け継ぐ者として、親から認められているという感覚が乏しいことも一因と言えるでしょう。今の親世代は、すでに家業を継ぐ機会が少なくなり、サラリーマンとして生活している家庭が大半を占めています。





このような家族では、伝統に縛られることが少なくなった代わりに、譲り受けた商標、顧客、知識、経験など、自分の血とともに子に継がせるものがなくなり、また、同時期に進行した技術革新の波のなかで、職人的技術を継がせるにもその価値がすっかり低下してしまいました。





そのため、親が子のためにできることは、高等教育にお金をかけること以外に方法がない状況に陥っていて、成功を確実なものにするために早くレールに乗せようとして焦りがちになり、子どもはそのような親の期待に合致させようとして「自分」を失うか、期待に添えない自分を強く意識し、マイナスの自己像を抱くことになりがちです。





まだ高校進学率が五○パーセントに満たないころの進路指導では、魚屋かパン職人か店の売り子向きか、あるいは流れ作業の工場向きか、親方と働く少人数の工場がよいかなど、子どもの体格、体力、性格、好みなどの特徴を総合的に考えていましたが、最近の中学卒業時や高校卒業時の進路指導では、高学歴志向の親の期待が作り出す社会的な風潮から、偏差値による学校選びに終始しがちで、その子の個性を生かして、将来何になったらよいかという職業選択とそのための道筋選びではなくなっていました。





また、不登校に陥ったある若者は、高校三年になると皆が一様に頑張りだし、その雰囲気とか流れについていけなかったと言っています。このような状況は、世の中の価値観が多様化しているといいながら、子どもたちに与えられる価値観は、良い成績→良い学校→良い企業という高学歴主義一本しか選択の余地がないといってよいでしょう。





不登校になった先の若者は、その後フリースクールに通い始めていろいろな目標を持った子どもたちがいること、そして、それぞれの子どもたちがそれぞれのペースで課題に取り組んでいるのを見て、周囲に同調しなければならないといったプレッシャーから解放され、ようやく自分なりにやりたいことが見えてきたと言っていました。





しかし、今日、中学生や高校生のときに、自分が将来自立して食べていける道を具体的に選択することは難しいかもしれません。そのようなとき、職業的な意味ではなく、自分は将来このような在り方の人間になりたいという形での選択のしかたもあります。





ただ、最近の子どもたちは、非常に現実化していてかつては若者好みであった理想主義的正義感が薄れてしまい、理想化された人物に同一視することで信奉できる価値観を自分の支えにすることも難しくなっています。





この点は、特にバブル期に日本の社会は「儲け本位」以外の価値観を抹殺してしまい、若者好みの勤勉や清貧、正義といった価値が次々に廃れ、そのうえ同調性が過度に高まり、「赤信号、みんなで渡れば恐くない」が標語となって、一人ひとりが自分で判断し、その判断には責任を負うというモラルの原点さえ危うくなりました。





このことは、バブル崩壊後の社会を通じて、日本企業のモラルの崩壊ぶりとして明らかになっていきます。そして、次にくる社会の原則も「グローバル・スタンダード」という言葉だけが先行していて、その具体的な姿がいっこうに見えてきません。





そのため、いま、思春期から青年期にある若者たちは、これから自分が大人として生きていくうえでの指針を打ち立てたり、どのようにして自分の生活を支えていくかを選択することが非常に難しくなっているといってよいでしょう。





また、親が子どもたちに幼い頃から勧めてきた高学歴志向の価値観も、終身雇用制が崩れるとともにあまり当てにはできないことがわかってきます。そこで、どうしたらよいか親に相談しようにも親自身もこれから先の社会は読めないのが事実でしょう。





そこで、功利的に生き抜くのではなく、自分はこのような生き方を大事にして生きていくという道義的指針があれば何かを示唆することができるのですが、親自身が周囲に同調する生き方を身につけ、一貫した原則や方針を持たないことも少なくありません。





そのような親が言う「おまえの人生はおまえのものだから、おまえの好きなようにやりなさい」という主体性尊重の原理には、責任逃れと裏腹の関係があり、もし失敗すれば「あなたが選んだ道でしょう」という責任回避の論理に通じることが、いまではすでに見え見えになってきています。





そこで、いまの親にできることは、自分の人生をふり返り、紆余曲折はあったにしても、そのなかで自分が一番大事にしてきた行動選択の基準が何であったかを考え、それが自分たち親の世代ではたまたま社会の動きとの関係で、結果的に成功したとか失敗したとかを伝えることではないでしょうか。





この作業は心理学で「自我同一性」と呼んでいるものを親自身が再確認することなのです。そして、このような情報は、若者たちが当面している自我同一性形成の課題の解決に役立つことになるでしょう。





そのうえで、現在は、親自身も老後の生活の方針が立てにくい時期にあること、しかし自分たちはこれこれの原則を大事に生きていきたいと伝えたうえで、「おまえはどのような生き方をしようとしているのか」を尋ね、それが少なくとも熟慮したものであれば「それでやってみろ」とGOサインを出して、その責任の一端を分け持つことが、「自分たちが産み育てた」子どもを尊重することになるのではないかと考えています。



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