ひきこもりと家族への暴力
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ひきこもりと家族への暴力

2019年11月22日(金)8:17 PM





家族への愛着と攻撃性





ひきこもっている子どもが、家族に暴力をふるうようになることはしばしば見られます。特に、暴力の被害者となるのはその子どもが一番愛着を持っている人(多くの場合は母親)に多いのです。





そして、暴力の理由は、「こんな自分に育てたのはお前たちだ」というように、現在の悪い事態になった原因をすべて親が悪いかのように責任転嫁するものがほとんどです。





また、「こちらが話しかけても嫌な顔をした」、「話しかけても返事をしないで、自分を無視した」などと言いがかりをつけたり、ほんの些細なことで家族への暴力に及ぶ場合もあります。





そして、家族はこのような暴力を振るう子どもの怒りや攻撃性をどのように受け止めればよいのか戸惑い、家族全体がますます混乱に陥ってしまいます。





ところで、ひきこもりという現象をもう一度考えてみましょう。ひきこもるにはさまざまな要因がありますが、共通する特徴は何かでつまずいて、自己の自尊心がひどく傷つき、深い葛藤や不安が彼らに襲いかかるため、そこから逃れるため自己防衛としてひきこもらざるを得なかったわけです。





つまり、好き好んでひきこもっているわけではなく、彼らの気持ちのなかでは早く社会に戻り、家族や仲間との人間関係を回復したいとの焦りを強く感じているのです。





しかし、ひきこもりが長く続くと、彼らの行動が外目には怠けや無気力のように写ってしまい、彼らの内面にある不安感や焦燥感が理解しにくくなってしまううえ、家族はしだいに自分たちを困らせるためにひきこもりを続けているのではないかとの錯覚まで抱いてしまうのです。





そのようになると、ひきこもる人とその家族の相互理解はますます遠のき、出口のないトンネルを突き進まねばならなくなります。ひきこもりが悪循環というシステムに陥り、問題が長期化するのはまさにこのためなのです。





ひきこもりによる家庭内暴力も、本来は愛着を持った対象に向けられた救助サインであり、自分の気持ちを理解してもらいたいとの切実な思いが込められているのですが、暴力の被害者となった家族はその恐怖心から彼らの攻撃性ばかりに目を奪われてしまうのです。





言い方を換えると、暴力を振るう子どもは家族を傷つけることは本意ではなく、そこまでしなくては自分の気持ちをわかってくれないという苦しみにもがいているのです。





そして、暴力によって家族を傷つけてしまったことが、より深い心の外傷につながっていくことにもなるのです。そのような悪循環を自分で克服することはなかなか難しく、やはり彼らの愛着を寄せる家族の協力が必要となります。





「強い関係」から「深い関係」へ





ひきこもりから家庭内暴力に発展する場合、暴力に出る子どもの側も危機的な状況にありますが、被害を受ける家族もかなりの危機場面であることは当然です。





そんななかで冷静に事態を見て対処していくことはなかなか容易ではありません。そうかといって、両者がそれぞれ冷静な判断を欠き、一眼的な対応に終始してしまうと、暴力はますますエスカレートしてしまいます。





自分の要求どおりにいかないと暴力を振るってしまう子どもに対して、家族がその暴力に甘んじることを選択してしまうと、取り返しのつかない事態にまで発展する事例さえあります。





そこで大切なのは、家族は暴力を振るう者が何を訴えようとしているのかを理解する姿勢を忘れないこと、いかなる場合においても暴力という手段に出ることは許されないことだと毅然とした態度を維持することです。





ひきこもりが続く子どもの場合、どうしても他者との関係が客観的に見られず、親(家族)との関係も自分の道具のように感じたり、心理的には自己と区別できなくなってしまうことさえあります。





また、親のほうもありのままの子どもの姿が見られず、ややもすると子どもとの一体感を求めてしまいがちで、お互いに心理的な距離がとれなくなってしまいます。そんな時は、少し視点を変えてみることが必要でしょう。





たとえば、日常会話においても、相手の直接的な葛藤や不安に関わることをできるだけ避け、そこから少し距離を置いた話題を取り上げてみてはどうでしょうか。





また、親としては子どもが食事をしたかどうかなどの生活面が非常に気になることはわかるのですが、「食事をしなさい」、「どれだけ食べたの」などという直接的な質問は避け、「今日はおいしそうな刺身があったから買ってきたの」というように、親子という二者関係の外に視点(先の例では、「食べたか否か」の視点ではなく、「おいしそうな刺身」に視点をもっていく)をおくように心がけるのが望ましいと思えます。





親子の結びつきが「強い関係」の場合、その関係が強ければ強いほど、お互いの吸引力が大きくなり、両者の心理的な距離はどんどん接近していくことになります。最終的には一体感を求めなくては満足しなくなりますが、現実には一体感などありえません。





ひきこもりが長期化している事例の場合、このような問題がしばしば見受けられます。しかし、親子の結びつきが「深い関係」の場合、お互いに見つめる視点が関係の外にあるわけですから、心理的な距離を維持したまま、より深い関係に発展をさせることが可能となります。





もっと簡単に言うならば、テーブルに親子が向き合うことは当分はやめて、親子が同方向を向いて肩を並べて座り、テレビか何かをいっしょに眺めているイメージを浮かべてもらうとよいかもしれません。





他者という存在の介入





先の「強い関係」と「深い関係」の問題と関連するかもしれませんが、ひきこもる人が抱える大きな課題は、ひと言で言うと、「対人関係の回復」なのです。





要するに、社会でのさまざまな出来事が彼らを不安や葛藤の陥れ、閉じこもらざるをえなくしたわけですから、社会との接点を見出し、特に他者との関係を取り戻すことがひきこもりからの回復になるわけです。





その際、彼らの一番近い他者は親であり、家族であるはずですが、親子の関係が十分に機能しなかったばかりに問題が深刻化することもけっこうあります。





時には、先に説明したように、親や家族を自己と同一化し、自己とは違う存在であることを認知できなくなる場合も見受けられます。したがって、まず家族がひきこもる子どもとは違う独立した存在であることを、しっかりと子どもに知らせることが必要です。





少し難しい言葉で説明すると、家族が自分とは違う他者性を帯びた存在であることを知らしめることが重要なのです。たとえば、家庭内暴力が限度を超えている場合は警察の介入を求めなければなりません。これなどは、親と子どもの間で起こっていることにまさに第三者という他者が入ってくることです。





また、それと同時に、通報をした親は暴力を振るっている子どもとは違う考えを持って行動をする存在であること(親は子どもとは違う他者性があること)を子どもに教えることとなります。





親子の関係が不全になっていたり、家庭内暴力が引き起こされているなどの問題を抱えた家族の場合、ひきこもる彼ら同様に家族も社会から孤立している場合が珍しくありません。





「ひきこもっている本人が病院や相談所に行かないから」という理由で、その家族が教育相談やカウンセリングに行くことに消極的になっている例を散見しますが、まずは家族自らが社会との接点を取り戻すことが必要なのではないでしょうか。





それには、第三者の助言や援助が大切になります。別の言い方をすれば、家族が健全な社会性を取り戻し、他者性を回復させることで目に見えない部分でひきこもる子どもにも多大な影響を与えることとなり、ひいてはひきこもる彼ら自身の回復の一歩にもつながるといえるのではないでしょうか。




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