不登校への対策から、ひきこもりへの支援を考える
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不登校への対策から、ひきこもりへの支援を考える

2019年11月16日(土)1:08 PM







焦りの緩和





まず家族、教師など周囲の大人や本人自身の焦りを和らげ、現状の肯定感を醸成し、自己肯定感(ありのままの自分でよいこと)のメッセージを本人に送ります。





本人が自宅で留まっている状態であろうがなかろうが、本人が家族にとってかけがえのない存在であることをしっかり伝えていかなければなりません。





時には生易しい作業ではないこともあります。時に、追いつめられた本人は、「俺なんか生まれてこなかったらよかった」「どうしてこんなふうに育てたんだ。謝れ」というように、家族に対して自分の存在を否定させるようなセリフで迫ってくることがあります。





本人の言い分はよく聞いてあげなければなりませんが、ここで謝ってはいけません。なぜなら、それは本人の存在を否定してしまうことになるからです。





言外に、本人は自己肯定感を求めて家族に承認を求めているのです。年長者で親を理屈で言い負かしてしまう場合があります。





しかし、たとえ理屈で言い負かされようとも、本人の存在を肯定する場面では親は屈服せず信念を持って語り続けなければなりません。





「生まれてきてくれて本当によかったこと。ここに生きて存在していることが大切なこと。そして、それが家族にとっても大切なこと」を何度でも何度でも伝えていかなければなりません。





やがて、それは本人自身のものとなります。また、親が焦って不安な言動を繰り返すと、子どもと不安の共鳴状態に陥ってしまいます。





本心から焦らずに見守れるまでには親としても時間がかかりますが、不登校の親の会や専門家との出会いの中で、日常生活の言動においてはなるべく早くに平静を取り戻すようにしましょう。





子どもを愛すればこそ焦る親の気持ちを周囲の人も理解しながらも、親が早く混乱から立ち上がるのを支援したいものです。また、親が過度に自責的となることは回避させたいところです。





「焦りや混乱、自責感」は、従来家族が持っていた良好で健全な機能を損なうことになると思われます。





セルフヘルプグループの紹介





不登校やひきこもりに悩むのは「この子」「この家族」だけではなく、世の中には非常に多く存在している事実を家族に十分自覚させるとよいでしょう。





それは、家族のそしていずれ本人の自責感や孤立感を和らげることとなります。このような時期に不登校の会を紹介することが重要になります。





不登校の会に親が通っていることをいつまでも本人に隠さずに適切な時期にそのことを伝えるべきです。かつて不登校やひきこもりを経験した人が、しばしば、「親が不登校の会に通うようになり、親が思いつめなくなり、自分も楽になった」と後になって語るのをよく聞きます。





良好なコミュニケーションや適応行動、適応的な認知パターンの強化





日常見落とされがちな適応行動や適応的なコミュニケーションに着目し、また樹立してしだいに強化していくとよいでしょう。




本人の素振りや言動の中に(場合によっては問題行動の中にさえも)、本人の自立や社会とのつながりを求め、自己肯定感を回復させようとする動きや変化を読み取り、指摘し強化していきます。





たとえば、本人が日常で何気なく行っている行為(お茶碗を台所まで運んだ、お茶を入れてくれた等)にきちんとお礼を言うことなどもよい事です。





また、いっしょに見ているテレビで、「~は面白いね」など日常のさりげない行動や気遣いのうちに賞賛や評価、共感を盛り込むことは非常に大切です。





しぜんと家庭内で家族の役に立つ行為(お手伝い)をしてくれるようになったら積極的に評価しましょう。





また、本人が何か社会的な行為を行おうとしてそれが実現しなかったような場合には、それを残念がるのではなく、それをしようと考え準備した意欲や気持ちの前向きさを評価すべきです。





また、本人がゲームや趣味の話など自発的に語りだしたときには、共感的に粘り強く相づちを打ちながら聞くことが大切です。





本人の自発性や自己表現は、「しなければならない」ことではなく、自分の興味のあることや日常生活の事実についてのさりげない会話から始まることが多いです。





悪循環を断つ





「もちろん多くの不登校ではこの段階がないことが多いのですが)もし家庭内暴力に代表されるような悪循環に本人や家族が囚われているなら、悪循環が本人自身のためにならないことを家族全員が十分納得し、いつまでも本人の「暴力や絶望感・否定感」に巻き込まれることは本人にもダメージになることを知り、悪循環の継続が本人のためにならないことを冷静に説明し、段階的ながら断固として悪循環を断っていくことが重要です。





たとえば、家庭内暴力があれば、悪循環を断ち始めた当座はかえって暴力や巻き込みが激しくなりますが、それを家族が協力して具体的な「巻き込まれない方策」を考え、悪循環から距離を取り続けることが重要となります。





本人のためのリミットを設定し、次の認知の枠組みを準備し、それを本人に段階的に納得させていくことが必要となります。





本人は当初戸惑うかもしれませんが、悪循環の中で誰よりも激しい自己嫌悪に囚われていた本人は、やがて、おずおずと次の段階(悪循環から少し抜け出て自宅でマイペースで過ごすということ)を受け入れ、以前よりも快適に過ごすようになります。





また、時に、「~するから、~買って」と交換条件を出してくるかもしれませんが、家族は取引については自信を持って拒否すべきです。





親子関係は対価に基づくものであってはならないし、ひきこもりのように本人や家族が苦悶しているときこそ、この基本原則は大切です。





良心に基づく常識に照らし、常識から逸脱した場合、親は信念を持って従うべきではありません。ことにこの場面で家族が単独で経過をたどるのは難しいので、カウンセラーや専門機関、児童青年期に詳しい精神科医などの支援が継続的に必要かもしれません。





ところで、悪循環が過酷に長期間続いた場合、家族(特に母親)がPTSDや抑うつ状態となっていて、本来の力量を発揮できず、家族の休息の確保や精神科治療が優先して行われなければならないかもしれません。





万一の危機管理と支援





(不登校やひきこもりの中のわずかではありますが)もし家庭内暴力や自殺企図で取り返しのつかないことが起こる危険が高そうな場合、家族単独で判断せず、また、不登校の親の会やフリースクールなども単独で判断せず、必ず精神科医や保健所、児童相談所に緊急に相談しなければなりません。





危機介入は必ず専門家や専門機関が法と制度にのっとって、人権に配慮して準備すべきです。早急に、複数の機関で包括的にアセスメントし、危機の度合いを判断する必要があります。





危機介入が必要であることを総合的に判断したら、精神保健福祉法や児童福祉法などに拠るハードな介入になり、時に保健所による移送や警察官の立会いを要請することが必要になるかもしれません。





もちろん、速やかに家族に説明し、相談し、同意を形成することが必要となります。危機介入の以前に、一所懸命に関わってきた家族や不登校の親の会、フリースクールなどはそれまでの関わりを後悔し、自信を喪失してしまうかもしれません。





しかし、「本人を守るために危機介入を行わなければならない場合もある」こと、これまでの努力は決して無駄ではなかったことを、専門機関や専門家は彼らに十分説明するとよいでしょう。





というのも、入院中や退院後の支援プログラムの立案・実施にとって、彼らはなくてはならない存在だからです。入院直後から、退院後にどのような支援を実施するのか、支援システムの再検討が始まります。





入院中の設定であれば、それまで会えなかった様々な人とも安全に出会え、関係作りが進むかもしれません。心理検査など諸検査も行え、デイケアなどにも参加できるかもしれません。





入院したら、入院をチャンスとして前向きに活用するべきです。現在、児童青年期の治療ユニットは国内にはほとんどなく、入院中のきちんとしたプログラムもないのが現状です。





強制的な入院は本人に医療性のトラウマを負わせてしまうわけですから、安易に用いるべきではありません。家からの強制的な引き離しにはそれ相応の要件が整わなければならないし、そうでないのなら他の援助手法を検討し、工夫すべきです。





(良質な休息の中で)信じて待ち、自発性や意欲が回復してくるのを待つ





その後、本人の気持ちのエネルギーが満ちてくるまでゆとりを持って待つこと、あるいは、自然に過ごすことが必要となります。





ゆとりを持って過ごせるのであれば、それまで関わってきた専門家もこの時期は必要ないかもしれません。しかし、本人のエネルギーが満ちてくるにつれて、本人の焦燥が空回りしてくるかもしれませんが、ある意味でエネルギーがたまってきている証拠です。





本人自身で克服できるのならそれでいいのですが、しかし、そのような不安定な状態に対して親も抑えがたいような不安が生じ、再び悪循環が起こり悪いパターンに戻りそうであれば、適宜、専門家に相談するといいでしょう。





この待つ時期が、ある程度過ごせると本人も家族も以前の悪循環のパターンと比べ、現状をより肯定できるようになり、多少のゆり戻しに対しても踏みとどまれるようになります。





この頃から、本人の自主性や自発性が家庭内で発揮されるようになります。





家族との会話が楽しめたり、進んで家族と食卓を囲めたり、電話で少し話せたり、「不安からの逃避」としてでなく「楽しみ」としてゲームや趣味ができたり、以前やっていた趣味がまたやれるようになったり、本を読んでみたり、ゆとりを持って本人が趣味を一定の対象に向けられるようになってきたら、それは常識の範囲内で(過干渉にならない程度に)サポートしたほうがいいです。





本人がこの段階に至って、家族以外の誰かと話しをして自分のことを分かってほしいと思うようになってくるかもしれません(思春期以降は特に)。





しかし、同時にまだ他人と会うことの不安や恐怖感も残っています。家庭で自然に過ごせている時には遠のいていた不安や恐怖感が、誰か人に会おうとすると再びよみがえってきたり、外出や人に会う希望を言って計画を立てては直前でキャンセルするかもしれません。





親は焦ってはいけません。行きつ戻りつしながら、おずおずと対人関係に再デビューしようとしている本人を評価しつつ見守っていくことが大切です。





自分のことを間違いなく受け入れてくれる人に会うのでさえも、少なからず不安や恐怖感は再燃します。もし、普段から家庭に出入りし、本人も親しく話したことのある第三者がいるのであれば(叔父さんや年長の従兄、母や父の個人的な友人、家から出て自活し家族の葛藤から距離をとれている兄や姉など)、本人が彼らと再接近することが、この対人関係を求めつつも回避しようとする時期の裂け目を橋渡ししてくれるかもしれません。





もし本人がその人のことを慕っていたり、親しみを込めた敬意を払っているのならば最適です。





第三者との再接近に際して、本人に無理強いすることは慎むべきであり、子どもに説教したり心の中にずけずけと入ってくるような人は不適切です。





子どもは、家族の葛藤から離れた自分にとっての理解者を求めているのです。





この段階では助言・忠告を子どもに与えすぎることは、まだ侵襲性が強いです。このことは、個々の子どもや家族の(ひきこもりに入る前、入ってからの)対人的な資源によってかなり異なります。





しかし、一般に、日本の家族はこのような第三者の機能を失いつつあります。この時期、在宅訪問をしてくれる支援機関などが活用できるかもしれません。





しかし、第三者と出会うのは、必ず本人の希望と決意に基づかなければなりません。





前向きに決意し、その後に想定される望ましい目標に向かって、本人自身が不安感や恐怖感を乗り越えていくのです。





周囲の人たちは、具体的な案を提案しつつも、謙虚に温かく見守っていくべきであり、本人のためらいや「行きつ戻りつ」を認めつつ、ゆっくりつきあってあげるべきです。





着地点の設定と、「ひきこもっていた」時期の積極的な解釈の提案





現在の社会では、フリーター、仕事の転職などさまざまな生き方が主流になってきたことを伝え、先でアルバイト等就労を目指すにしても今はマイペースでよいこと、途中で何度も休憩をとってもよいことを何度も伝えていくとよいでしょう。





学校時代が人生の中で一番限られた価値観しか許されず窮屈で、実社会のほうがよほど価値観が多様であることを伝えます。





周囲の人たちも、社会に出ることを難しく考えないようにするとよいでしょう。アルバイトなどのルールや十分に想定されるストレスは説明すべきですが、案外「案ずるより産むが安し」であることを伝えるべきです。





このことは、高校進学など進学についても言えます。定時制や通信制、単位制の高校には、本人にやる気があれば学力に関係なく受け入れてくれる高校があり、入ってからも本人自身が学習や登校のペースを作ればよいことを説明し、本人のペースで卒業すればよいことを伝えるとよいでしょう。





思春期以降、子どもは身体的に成長し物理的な力をどんどん獲得し、第二次性徴も進み、また、精神的にも成長して自己洞察や自我探求が始まります。




社会・対人的にもこれまで家族や学校というフィルターを通して友人を得ていたのが、より直接的に友人と付き合うようになり、そのネットワークの一員になっていきます。





このため、思春期以降の子どもは、それ以前の自分との差異に大きな価値を置き、大人としての自分そして社会的存在としての自分にプライドを抱くようになってきています。





したがって、思春期以前の子どもが、何らかの心理的な問題を抱えたときに原則的によく行われる再度の愛着(あるいは良性の退行)は、単純にそれだけを思春期以降の子どもに当てはめても効果がなく、逆に子どもに苦痛を強いるかもしれません。





もちろん、愛着、全面的な受容が象徴している親による本人の存在の無条件の肯定と受け入れは、本質的な部分では必須であり重要なことであり続けるのですが・・・・。





この無条件の存在の肯定を基盤として、愛着の余地を残しながらも本人が主体的にふるまったり自分で決断することを尊重し評価し承認を与えていく(限定設定はもちろんありますが、年齢にしたがって少しずつ緩くなっていく)ことが必要になってきます。





ひきこもりに苦悶しながらも、自分を見つめ、以前の本人よりも成長してきていることを周囲の人たちは口に出して評価していくべきです。





やがて、その前向きな思考のかたちを本人も自分のものとしていきます。





本人が「ひきこもりの時期は無駄であり、時計を元に戻したい」というのであれば、「そのようなことはなく、無駄ではなく、あなたは自分と向き合いつつ成長してきており、ひきこもりも含めてあなたのことを家族は誇りに思っている」というように肯定的にメッセージを送り返す必要があります。





「せねばならない」ではなく、「本当にしたい」ことから元気になる





不要な義務感や自責感から子どもが解放されるようにしていきます。家族にも、「~せねばならない」ものからのアプローチでは、回復しないことを説明します。





「人と出会うこと」「外出すること」「楽しいと思うことに参加すること」さえも、本人が義務としてするのであれば続かず、失敗に終わることが多いです。





本人が本当に「したい」と思い、決断し、実行に移すまでその逡巡を周囲は見守ってあげることが必要です。また、本人は周囲の家族の期待感や希望を敏感に読み取ります。





次に「~してほしい」と家族が強く思い、そのことを本人に読み取られてしまうと本人は健気にまだ機が熟していないのに無理して再社会化の試みをしようとして失敗することがあります。





家族は、本人に次の選択肢を提示したりチャンスは作っても、「あわててそんなに早く元気にならなくても」くらいの余裕のあるメッセージを本人に送ってあげ、あくまでも本人の主体的な決断と、実行を謙虚に待つべきでしょう。





人生の岐路には、常に複数の選択肢があり、現状で留まることも勇気ある選択肢であると位置づける





人生選択の主導権が、本人の手に取り戻されていることを本人に認識させ、人生の岐路で複数の選択肢(現状で留まることも一つの立派な選択肢である)を準備します。





家族等周囲の人たちは、選択肢の情報を収集し整理し、分かりやすく具体的に謙虚に提示します。しかし、それを決めるのは本人自身であり、本人が決められるまで待つべきです。





周囲の人たちは、焦らずに、「階段の踊り場」で本人を待ってあげる勇気が必要です。本人が親に決めてと言ってきても、親は決めずに「自分で決められるよ」と励まして、やはり待つべきでしょう(ただし、あまり長期間決められない場合は、本人と再度話し合いが必要になります)。





このようなことが何度かあり、やがて本人自身が次にとるべき人生の選択肢を自分で探してきて検討し、時に家族や周囲の人に相談し意見を求め、自分で選択し、決断して実行に移すことができるようになってきます。





再び社会にデビューする





再び社会にデビューし、元気になっていく先は実にさまざまです。定時制高校や通信制の高校で実現する子もいれば、フリースクールやサークルに積極的に参加する場合、アルバイトを断続的にはじめる場合、カルチャースクールに通う場合、図書館に通い始める場合、運転免許をとりに行く場合、塾や予備校に通い始める場合、ボランティア活動をする場合などです。





できれば、無定形な同年代集団ではなく、青少年集団のコーディネーターがいて、何か困ったことがあったときには本人が相談に行けるキーパーソンがいる集団が望ましいです。





再社会化のときの重要な点は、最初から慌てないことであり、時々上手に休憩をとることです。神経症症状などが万一再燃しても、ほとんどの場合、悪化したわけではありません。





あらかじめ「そんなこともあるよ」と周囲からも助言しておき、慌てさせないことも重要です。本人が望むなら、この頃に伴走者としてカウンセラーや精神科外来を本人が直接受診するように紹介するのもよいでしょう。





あくまでも自分の判断で自分で通ってもらうのです。





おわりに





ひきこもりの支援は、なるべく早期から教育、福祉、医療、不登校の会、民間社会資源などによる多機関連携を基にする支援システムで、家族や本人の支援にあたることが大切です。





不登校の大半は予後良好ですが、そのなかで長期化し困難化するケースが早期に適切に専門家や専門機関に認識され援助されるようにしなければなりません。





また、従来見落とされてきた「発達障害」や「トラウマ」の診断や援助の視点を念頭に置くべきです。





一方、学校精神保健体制の充実、地域精神保健体制の中で児童や青年の支援を確立すること、18歳以上で手薄になる福祉的な援助(児童福祉)の青年期への拡充、不登校の会などセルフヘルプグループとの連携・支援、民間社会資源(フリースクールなど)や青年活動への公的な支援の強化、児童精神医療の充実など、早急に基盤整備を行う必要があります。





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