現代社会は子育てをするお母さんに不都合にできている
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現代社会は子育てをするお母さんに不都合にできている

2019年11月08日(金)6:02 PM






「不登校」や「ひきこもり」といったことは、1950年代以前には、ほとんど問題になりませんでした。





まだ、日本が貧しかったからであり、当時、子どもが一人で部屋にひきこもることができる「子ども部屋」もほとんどなく、また、ひきこもれる経済的余裕もありませんでした。





「子から親への家庭内暴力」も少なく、家族全員が食べるために、必死に働いている中では、拒食症や過食症といった摂食障害を起こす余裕などありませんでした。





「不登校」、「ひきこもり」という問題は、豊かさがあってこそ問題化されることがらなのです。





このように書くと必ず、「だから不登校やひきこもりは甘えなんだ!」とか「おまえのような奴は、昔ならとっくに死んでいるんだ!だから死んだ気になってがんばれ!」という言葉を投げかける人が出てきます。





「おまえは世間の厳しさを知らないから、そんなわがままを言うんだ!」そうやって無理やり家から追い出そうとする親もいます。





しかしこれは無茶な話で、まだ生きる力や傷ついた心が癒せていない人に、過激な言葉や行動を押しつけても、とても対応できるものではありません。





「不登校」や「ひきこもり」が豊かさの産物であるのなら、わたしは「不登校」や「ひきこもり」が必ずしも悪いとは思っていません。





「ひきこもり」はひきこもれる環境があるからできるものであり、傷ついた人は、ひきこもることによって、自分で自分を守ることのできる時代でもある証明なのです。





ですから、「不登校」や「ひきこもり」が、自らを防衛する有効な手段と考えるなら、ひきこもるのも、一概に悪いともいえないと思っています。





不登校・ひきこもりでもいいんです。でも、その結果はすべて自分に返ってきます。





「不登校」が問題とされるのは、「みんなが普通に行っている学校に行けない自分がいる」ということに対する不安です。





親御さんとしては、「わが子の将来が不安だ。これまでの育て方が間違っていたのか?」と考えて、悲観的になって苦しんでしまうのです。





子どもさんも、「このままでは高校も大学も行けないのではないか?」





「学校という集団生活になじめないというのは、もっと厳しい社会に出たときついて行けないのではないか?」





「自分なんか世の中にいなくてもいいのではないか?」





「こんなことじゃだめだ。こんなことじゃだめだ。早くなんとかしなくちゃ、早くなんとかしなくちゃ」





「不登校」や「ひきこもり」になった子どもさんは、毎日のように自分の心を責め続けます。





家族には、自分が自分を責めていることなど、おくびにも出しませんが、実際は一番焦り、苦しんでいるのは本人であることが多いと思います。





「ひきこもり」の兄を撮影したドキュメント映画「home」という映画があります。





そのパンフレットが興味深いものがありました。このパンフレットの中で出演者の小林博和さんはこう書いてありました。





映画の副題の一文です。「ひきこもってもいいじゃないか。ちょっと遠回りするだけだよ」「ちっとも、よくない」





前半の「ひきこもってもいいじゃないか。ちょっと遠回りするだけだよ」というのは、監督をした弟さんかスタッフの言葉だと思います。





この言葉は「不登校」や「ひきこもり」の支援をしている人たちがいかにも言いそうな言葉です。





そのあとの「ちっとも、よくない」は出演者、つまり本当に「ひきこもり」をしていて苦しんだお兄さんのコメントなのです。





苦しんでいる本人の本音は「ちっともよくない」ものなのです。





なぜならば、本人はひきこもりの本人であるだけに、自分がひきこもっている間のハンデを感じているからなのです。





これは他の怪我や病気で入院した人も同じかもしれません。関係のない人は、「学校や仕事が休めて、1日中ベットに横になってさ、看護師さんに何でも世話をしてもらっていいなあ」なんて思っているものです。





そして、「おまえは疲れているんだよ。いい休暇をもらったと思ってゆっくり休め」となぐさめます。





ところが入院している本人は、「冗談じゃない。こんなところでゆっくり寝ていられるか!





勉強が遅れる、仕事にとり残されてしまう」と、焦りまくっているわけです。





「不登校」や「ひきこもり」の当人も、同じように焦っています。苦しんでいます。





「不登校」や「ひきこもり」の結果がすべて自分に返ってくることを誰よりも知っており、恐れているからです。





かくも現代社会は子育てをするお母さんに不都合にできている





「母親は不安と孤独の中で、子どもを育てなければならない」





どうも近年では、結婚したがる女性が減ってきているそうです。また結婚しても子どもを欲しがる女性が少なくなってきているみたいです。





そのこととも関係があるかもしれないのですが、母親になろうという女性にとって現代社会というのは、相当に厳しい時代であるといえそうなのです。





今、女性の平均結婚年齢というのは年々上昇しているようです。結婚して子どもができるのが30歳から40歳くらいです。





仕事の楽しみや生きがいを見い出している女性にとって、この年齢というのは本当に仕事が楽しくなってきた年齢のようです。





仕事を覚えて経験をそれなりに積んで、活躍できる年齢です。





でも、ちょうどその年齢に、出産、育児となると仕事はやりにくいでしょう。





少なくとも、子どもがいない頃のように男性と同じように働くのは厳しくなります。





競争社会の中では、1回くらいの産休、育休はいいとしても、それが2回、3回となると、サラリーマンとして第一線で働くことは難しいかもしれません。





幼児教育が大切ということで、3歳くらいまでは母親がいっしょのほうがいいとなると、もう社会復帰は一部の恵まれた人は別として不可能に近くなってしまいます。





仕事や、本人の意識にもよりますが、女性は出産、育児をすることで「仕事」「収入」「仕事仲間」「仕事の楽しみややりがい」「働くことで得ていたプライド」などを失ってしまうことがあります。





ましてや今は核家族化で、母親をサポートしてくれるおじいちゃんやおばあちゃんがいない人も多いと思います。





すると、母親は不安と孤独の中で、子どもを育てなければならなくなってしまいます。




赤ちゃんは暴君ですから、ストレスもたいへんでしょうし、多くの夫婦は子育てを妻にまかせっきりとなっているのが現状です。





さらに3組に1組が離婚する現代社会では「子はかすがい」ともいってられません。





ましていま流行の「出来ちゃった結婚」とかだったら子どもを愛せなくなったり、「この子さえいなかったらもっといい人生が送れたのに」なんて思う女性がいてもおかしくないと思います。





ましてや、もしこのお母さんが、子どもの頃虐待を受けて育っていたり、授乳期に自分の赤ちゃんとうまく接触できなくて、子どもに愛情を感じないという母親になってしまっていたら、虐待や育児放棄などをしてしまうかもしれません。





こういったお母さんに「あなたはお母さんなんだから、もっと子どもを大事にして愛さなければいけません!」といったところで、どうしても無理がでてきます。





わが子を心から愛している母親でさえ、育てるのにたいへんな苦労と迷いがあるのが現実なのですから、もう極力、みんなで子どもを持つ母親をサポートするしかないと思います。





育児放棄をしてしまう母親であろうと、もっとキャリアウーマンとして働きたい母親であろうと、もっとしっかりとした支援ができれば親子ともども幸せになれるのではないかと思ったりします。



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