不登校を経験した女子高生のインタビュー~不登校の時期は、飛躍の前の貴重な充電期間だった~
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不登校を経験した女子高生のインタビュー~不登校の時期は、飛躍の前の貴重な充電期間だった~

2019年11月03日(日)6:01 PM






私立高校に通うA子さんは、現在、高校3年生です。受験勉強真っ只中の彼女ですが、小学校の終わりから中学校までは不登校でした。充実した毎日を送る今の自分の原点は、まさに不登校の時期に形作られたと話す彼女に、これまでのこと、そして将来について語っていただきました。





高校三年生のA子さんの不登校体験インタビュー





徐々に積もっていったものが、ささいなきっかけで





わたしはもともと人づき合いがそんなに得意ではありませんでした。昔から外で遊ぶよりは本を読んだりしているほうが好きでした。しかし学校では、人づきあいは避けては通れません。





だから少しずついろいろなものが積み重なって・・・・・。小学校の終わりくらいから、だんだんと学校に行かなくなってしまったんです。





だから学校に行きたくない明確な理由はありませんでした。「クラスに乱暴な男の子がいる」、「数少ない仲が良かった友達が、引っ越してしまった」そうした小さなことがたまっていったんです。





そうしたなかで、学校で、わたしの嫌いなマラソン大会があったんです。その日の朝、体温計をこすって温め、具合が悪いからと休んでしまったんです。





一度休み始めるとずるずる休むようになり、いつの間にか不登校になっていました。そのまま進んだ中学校へも、数えるほどしか登校しませんでした。





家にいると、一番接するのは母親になります。不登校になった最初の頃、母は無理やり学校に行かせようとしたり、学校の相談室に相談しに行ったりもしてくれました。





それを見て「学校に行かなきゃ」と何度も思ったのですが・・・・・。しかし、たまに行った学校で人と接すると、自分と違うところに目がいってしまい、まず拒否反応が出てしまうのです。母は怒ることが多くなり、「味方は自分一人」と思うようになり、親が怖くなっていきました。





活動的だった不登校なのに珍しいタイプ」





でも、家に一人でいると、徐々に人恋しいという気持ちが募ってくるのを感じました。おかげでひきこもりにはなりませんでした。学校に行かなくても、けっこう活動的だったので、「不登校なのに珍しいタイプ」と周りから言われたこともありました。





中一の秋からはダンスを始めたり、時間があれば自転車で近所を走り回ったりしていました。さらに、中2の夏からは近くにあったフリースペースに通い始めました。そこには同じように学校に通えなくなった子が5名ほどいたのですが、いっしょにマンガを読んだりボードゲームをしたり、時には公園に行って遊んだりできる、居心地の良い場所でした。





なかでも楽しくて思い出に残っているのがバーべキューです。今でもそのフリースペースでバーベキューをやると聞くと手伝いのために顔を出しに行ったりしています。フリースペースに行かない時は、本を読んで過ごしました。図書館に通い、1回に12冊ほど借りても3日ほどで読んでしまいました。好きだった児童文学のコーナーにある本は、あらかた読んでしまっていました。





また、インターネットにもはまりました。チャットを使って日本全国、時には海外の人ともいろいろ話すようになりました。それが刺激的で、気がつくと何時間もやっていることもありました。





そうしているうちにだんだんと生活時間がずれてきてしまったのです。昼夜逆転し、時には朝までチャットをやり、朝6時くらいに寝て夜に起きるようなこともありました。





高校には進みたい、でも毎日の通学に不安が





そんなふうに学校に通わず、家で過ごしていたのですが、勉強は嫌いじゃありませんでした。学校に通っているときは、休み時間に計算ドリルをやっているような子でした。





しかし、不登校の状態からすぐに毎日通う(全日制の)高校となると、毎日通う自信はまったくありませんでした。そのため進路について悩んでいた中3の冬、家で取っていた中学生新聞に今の学校の広告が載っていて、興味を持ちました。





通うのは週2回、それならあまり苦にならないのでは・・・・そう思って、すぐにここに進路を決めました。入学して最初の年は、人づき合いは最小限でした。同年代との付き合いは、かなりのブランクがあったので、最初はどんなふうに付き合っていけばいいのかわからなかったのです。





しかし、この学校にはいろんな人が通ってきています。例えば相撲部屋から通うお相撲さんの卵がいたり、芸能コースには俳優や歌手を目指す人たちもいます。





そんないろんな人たちと徐々に話すようになり、2年になった時には人と話をすることが好きになっていました。ダンスをやっていたので、週2回の授業のほかに、芸能コースのダンスレッスンにも参加させてもらうことができました。





そこで一気に友達の輪が広がりました。芸能コースの人たちは、プロダクションに所属して仕事をしていたり、アルバイトをしながら学校に来ています。それを見て自分もバイトをして世界をもっと広げたくなりました。そうしているうちに、いつしか自然と友人が増えていきました。今では学校が嫌で休むということはまったくありません。





不登校の経験が、将来の方向性を決めた





わたしが不登校だった時、周りに話を聞いてくれる人は誰もいませんでした。たぶん、世の中には、助けて欲しいのに誰も助けてくれる人がいない、辛いということに誰も気づいてくれない・・・・・そんなふうに嘆いている人って大勢いるのではないでしょうか。





わたしがそんな人の話を聞いてあげられるようになれたら・・・・・今は、そんなふうに考えています。だから大学を受験して心理学を学び、将来は臨床心理士の資格を取ってカウンセラーに・・・・それが今の目標です。





それに大学受験は別の意味もあるんです。女の子で不登校を経験した人は、すぐに結婚するか、働くにしても水商売しかないと言われたことがありました。





それが事実かどうかは別として、不登校の子の将来は普通の選択ができないというのが世の中の認識ではないでしょうか。しかし、不登校といっても人それぞれです。わたしにとって不登校だった時期は、いわば走りだすための充電期間のようなものでした。





今思ってみても無駄じゃありませんでした。だからそうした世の中の認識をいつか変えていけたらと、そんなことを考えています。そのためにも今は、来年の春に迫った受験に向け、一生懸命勉強する日々を送っています。



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