転校がきっかけで不登校になったA君のケース
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転校がきっかけで不登校になったA君のケース

2019年10月27日(日)1:51 PM







転校がきっかけで不登校になったA君のケース





A君は中学3年の9月に、ある地方都市から東京の中学へ転校してきました。前の学校では自分の成績はトップクラスだと思っていたのですが、今度の学校には、自分よりも成績がよい生徒がかなりいたのでショックを受け、学校へ行きずらくなってしまいました。2、3週間不登校のあと、区の適応指導教室へ通うようになりました。





「不登校になった直後」

適応指導教室は貴重な休息時間?





学習時間中、指導員の顔をちらちらと見ながら問題集をやっていたので、ある日近づいてみたら、問題集の中にマンガ本を挟んで、勉強をしているように装っていました。





しかし、よく考えてみると、負けず嫌いで自尊心の強いA君は、学校へは行かないものの、塾での勉強に力を入れていて適応教室はどうやら彼にとっては休息の場であったのかもしれません。





「対応策」

得意なことにとことん付き合う





午後はスポーツの時間になっていて、運動能力抜群のA君は、「テニスをやりたい」と申し出たそうです。適応指導教室の先生は「厳しいけどついてこれる?」とA君に言ったようですが彼は「大丈夫です。がんばります!」と元気に答えてテニスをやることになりました。





わたしはA君がテニスをしている様子を見させてもらったことがあるのですが、先生が右や左にボールを散らし、バックラインギリギリに、またはネット際にボールを落としたりと難しいボールを出していましたが、A君は必ずボールを返しました。





ボールを取れるか取れないかの所に配球するのも難しいのですが、彼はよく走り、よく拾いました。先生が「ここら辺で1回休憩しよう」と言ってもA君は「まだやりたいです!」と言いました。





先生は相当くたびれていましたが、A 君のがんばりに応えようと「よし!じゃあいくぞ!」と再びハードな練習を続けました。終了時間で切り上げましたが、A君は非常に満足そうでした。適応指導教室に、彼と同じ3年生が何人かいて、いっしょに過ごせたことも幸いしたと思います。





こんなふうにスポーツを一生懸命やれたり、また、仲間といっしょにスポーツができたことも嬉しかったようで、表情が明るくなり、目がいきいきとしてきました。





適応指導教室の先生によると、いつの間にか学習時間にマンガを読む姿も見られなくなったようです。適応指導教室に通ったのは、5ヶ月ちょっとでしたが、無事に進学することができました。某大学系列の高校へ進学したので、現在はそろそろ大学を卒業するころだと思います。





「当時を振り返って」

得意なものを見つけて共に行動する





わたしはA君の成長を目の当たりにして「得意なものから自信をつけさせる」ことの大切さを実感しました。自尊心を傷つけないように、得意なものを見つけて自信を持たせ、仲間からも好意をもたれているらしいと思わせることがツボだと思います。





今と将来を見据えて子供と過ごすこと、共にいること、共に行動することがカギのような気がします。好きなこと、得意なものを見つけて、そこからコミュニケーションを図り、いっしょにいることで少しずつ心が開かれ、信頼関係が生まれてくるに違いありません。信頼関係ができれば、「さあ、マンガはその辺までにして、そろそろ問題集でもやろうか」と言えば、「はい」となることでしょう。





基本的な生活習慣が身につかず、不登校になったB君のケース





B君は父子家庭という事情もあったのか、お風呂に入る回数が少なく、周囲から「臭い、臭い」と言われ続け、1年の後半から学校へ行けなくなってしまいました。





「不登校初期の段階」

ゲーム好きで勉強嫌い。出席率も低迷気味。





性格はおとなしく静かで、人がよく、弟の面倒見がいいB君です。学校の薦めで中学2年から適応指導教室に通うことになりました。しかし、彼はマンガ、ゲーム、カード、友達とのおしゃべりが専門でした。学習意欲はまるっきりありません。当然、勉強は大嫌いでした。





「学校復帰への対応策」


新しいお母さんの熱心なサポートで大きく変化。





B君に大きな変化が現れたのは中学3年からです。そのきっかけとなったのは、適応教室の対応というよりも新しいお母さんの対応と言ったほうがいいかもしれません。





中学2年の後半にお父さんが再婚し、新しいお母さんを迎えました。このお母さんが熱心で、3年になってからは毎朝B君を起こして弁当を持たせました。





B君自身も同じ3年生の友達とテニスをしたり、草野球をしたりして表情が生き生きとしてきました。教室への出席率もよく、確かに以前よりは清潔感が漂ってきました。





年が明けて、お母さんが何度となく赤ちゃんを抱っこしながら相談に見えました。そこでわかったことは、B君は意外に手先が器用なので職業訓練校はどうかと思っているというお母さんの意向でした。





早速本人に、「高校はどうするの?」と聞いたら、「高校より訓練校がいい」とお母さんと同じ事を言ったので、「そうか、わかった」とは言ったものの、さあ大変!時間がありません。





大慌てで準備を始めました。数学は計算の基礎問題だけで、英語はあいさつ、天候、曜日、日付の簡単な会話のみの特訓でした。100点のうち、それぞれ10点か20点は取れるだろうと、関東自立就労支援センターのスタッフも必死でした。





残りの時間は面接の猛練習をしました。「もっと顔をあげよう」「しっかり相手の目を見よう」「もごもご言わないでもっとはっきりと答えよう」など、しつこいくらいに繰り返しました。もう勉強が大嫌いなんて言っている場合ではありませんでした。





そしてなんとか無事に職業訓練校に入ることができました。しばらくしてからお母さんから、毎日休まず訓練校に通っていますと連絡がありました。その後、B君は電気技術関係の会社に入社し、現在も真面目に勤めています。





「当時を振り返っての感想」


時にはぐいぐい引っ張ることも必要。





「子供の心に寄り添って・・・・」「子供の気持ちを汲んで・・・・」等、よく専門家が言うのを聞いたり、見たりしますが、それは時と場合によると思います。B君の場合、大の勉強嫌いで、専門家の言うように寄り添っているだけでは前進なんてありませんでした。





時には強制的にぐいぐい引っ張ることも必要だと思います。特に、B君の場合、お母さんがせっかく基本的な生活習慣を身につけさせようと努めているのに、「B君は勉強が大嫌いなので、もう少し好きになるまで待っていましょう」なんて言ってはいられませんでした。





B君は具体的な目標ができたのですから、その目標をかなえてやるべく努力することが我々の仕事だと思います。それにしてもB君のお母さんには頭が下がりました。お母さんの彼に対する後押しがなければわれわれは何もできなかったかもしれません。



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