ひきこもりと心の不況
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ひきこもりと心の不況

2019年10月21日(月)5:13 PM





ケンカして仲直りできない、人間関係をすぐに切り落としてしまう関係が増えてきたのはなぜでしょう。





わたしが日々出会うカウンセリング場面も、この10年あまりでずいぶんと様子が変わってきました。





もともとわたしは不登校と呼ばれる子ども達と出会ってきたわけですが、その後は、「ひきこもり」と呼ばれる子ども達と面接を重ねることになりました。





今はなかなか衝動コントロールがきかない、いわゆる「キレる」人々が増えてきているようです。





しかしそこには「情けは人のためならず」と言われた経験が共通にしてうかがえます。





これを心的外傷、人間関係のトラウマというのでしょうか。「トラウマ」はもう日常語です。





つまり、誰でも知っています。というより何らかの心の痛みは、ほとんどの人が味わっているということなのです。





これを心の不況時代とわたしは勝手に呼んでいます。





家族療法のニーズが高まっていたころ、世間では核家族の問題が取りざたされていました。





「個性」という言葉も重宝がられていたと思います。それは昭和という群れ社会に生きてきたわたしたちの、意識の変革期だったのかもしれません。





しかし終身雇用、大量生産を支えてきた連帯意識にまで、個性が入り込もうとしたとき、それは個人主義・能力主義の到来を告げ、サラリーマンは気楽な稼業ではないことを思い知らされたのです。





日本式経済システムと西欧式アイデンティティー主義の衝突がこの時期には見られました。





この頃からコンピューターも職場の一員となり、より仕事を合理化しましたが、必ずしも生産性を高めたとは言いにくく、「テクノストレス」などという不安要素も生まれました。





メンタルヘルスが職場単位で取り上げられるようになったのも、ちょうどこの頃でした。





生産性を高めようとお父さん達が会社で残業奮闘している頃、世間ではなかなか家に帰らない(帰れない)サラリーマンを称して、「ワーカホリック」という言葉が流行っていました。





ワーカホリックとは「仕事中毒」とか「仕事に逃げ込む」という意味で使われ、今では幻のような現象でした。





そして、ひきこもりの「父性喪失」が取りざたされだしたのもこの時期でした。





面接室でお父さんは語ります、「息子や妻のために身を粉にしてきたのに、どうしてわたしは犯人扱いされてしまうのでしょう。





働くことがそんなにいけないことなのでしょうか?本当の仇はわたしではないはずです」。





家族関係の犯人探しは禁物です。お母さんの「お父さんがもっと熱心に関わってくれれば」とか、お父さんの「おまえに任せてきたじゃないか」というよく聞くセリフは、さらなるストレスを生み出します。





これでは家庭が白黒つける裁判所になってしまいます。お父さんは今、残業の短縮等で職場から家庭に戻りつつあり、みんなでいっしょにいる時間も増えてきました。





ですから家庭くらいは、心の通りをよくしておきたいものです。





学級崩壊とひきこもり





不登校の背景には性質や体質など、気質的な問題がないとはいえません。





しかし、教育を環境からとらえると、トラウマがいつどの子に降りかかってもおかしくない状況にあります。





以前、教師が他校の女子中学生を監禁するという事件がありました。これも「出会い系」がもてはやされる、現代の悲劇と言えるでしょう。





教師もさみしい、生徒もさみしい時代なのでしょうか?学校は何と何が出会う場なのでしょうか?





スクールカウンセラーがあちこちに派遣され、「生徒のメンタルヘルス」が重要視されてきました。





しかしわたしは以前から「教師のメンタルヘルス」にも向き合ってきました。





「校内暴力」や「不登校」や「学級崩壊」が教師にもたらした強いストレスも、職場のメンタルヘルスに劣らず、いやむしろそれが人を預かる仕事だけに、人を育てる仕事だけに、計り知れないものがありました。





先生も心的外傷を受けてきたのは事実です。なぜ学校は、生徒にも先生にも生きづらい場所になってしまったのでしょう?





ここで注目したいのは、「校内暴力の犯人は生徒Aだ!」とか「学級崩壊はB先生の責任だ!」という、学校を裁判所化するコミュニケーションの問題です。





生徒は人間であり、先生も人間であるという、互いのゆとりがもてなくなったとき、何も言えない子どもは心に傷を抱え、学校から姿を消していったのです。





地域崩壊とひきこもり





学校から姿を消した少年少女が、関東自立就労支援センターの面接室を訪れるようになると、面接室や周辺が出会いの場となり、小さなたまり場が階段脇に生まれていきました。





「居場所がほしい」という子どもたちの希望は具体化し、フリースペースが生まれました。





今では全国各地にフリースペースはあります。また、全国的なフリースクールの拡大傾向を見ると、いかに不登校が息のつけない出来事であるかがわかります。





確かに家族が出払った後、ただ一人で食べる食事はわびしいものです。





スープをすする彼らの様子を見ていると「怠けている」というよりは「息をつきたい」と再確認するのです。





ところで、なんとなくだらだらとした雰囲気は、ますます排除されてきているように感じます。





これはみなさんの身の回りも同じではないでしょうか?





地域社会もネットワークの絆は途切れ、あるのはゴミの問題ばかりです。





物事を細分化する傾向を対人関係にまで持ち込むと、それは堅苦しく強迫的な白黒の世界になってしまいます。





「こうあるべき」・「ねばならない」ムードは、地域社会になかなか居場所の見つからなかったひきこもりにも、同じようにのしかかっていました。





不登校を終えた社会的ひきこもりが、関東自立就労支援センターに全国から集まってきたのにも訳があったのです。





ひきこもりへの理解も少しずつ高まり、今ではひきこもりのニューコミュ二ティが、各地に増えつつあるのは喜ばしいことです。





「もちつ・もたれつ」が失われた現代に、コミュ二ティ復活に一石を投じた、ひきこもる青少年たちの活動には意味があったのだと思います。



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団体名
関東自立就労支援センター
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TEL
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メール
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活動内容
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 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援