10年以上のひきこもりの相談事例
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10年以上のひきこもりの相談事例

2019年10月19日(土)6:32 PM







ケース1   ひきこもり始めて10年が経過している





息子は外の人と出会わなくなって、10年になります。サラリーマンの父親とパートに出るわたし、そして2つ違いの弟がいます。高校3年の時に幼なじみから「気持ち悪い」と言われ、それ以来、女子生徒に会うと緊張して「顔がこわばる」と訴えました。次第に「自分の顔が受け入れられないのは親のせいだ!」と主人やわたしに八つ当たりするようになり、いら立ちをあらわにするようになりました。





父親は担任に、「配慮して欲しい」と訴えましたが、「そういう気持ちは殺して、にこやかに勉強させてやってください」と返され、子どもの家庭内暴力については話し合えないまま、終わりました。その後、息子は、「学校は凍りつく!」と捨て台詞を吐いて、ひきこもってしまいました。これからどうすればよいのか、まったく見当がつきません。わたしたち両親は、どのように息子と接したらいいのでしょうか?





ひきこもる対人恐怖のきっかけが、「見られたくない」視線恐怖にあり、解決を実際に美容外科に求める人もいます。自分がどんなふうに見られているかは、とても深刻な問題です。イメージの時代に生きるテレビ世代の申し子たちは、互いに「見る」「見られる」関係に敏感です。


「回答」


長期化するひきこもりが中高校生から始まりやすいのは、秘密の心理(いわゆるプライバシー)が関連しています。「見せたくない」「見られたくない」恥の感覚は、外見をよく見せたい対人意識とともに現れます。





特に体の変化は恥ずかしさを意識させ、「見せてもよい」世界と「見てはいけない」世界を作り出します。彼らが留守中に掃除をすると突然怒り出すのもこのためです。「どこ見たんだよ!」とか「見てないでしょうね?」という言葉の奥には、誰しも抱く秘密の心理があるのです。





驚いてしまい「何がプライバシーなの?」などと言ってしまうと、その日からドアだけでなく口を閉じ、ひきこもってしまうのは彼らなりの「プライバシーの権利」の主張とも言えます。





このようにひきこもるきっかけには、さまざまな要素が絡み合っています。幼なじみの言葉に「それを言っちゃあ、おしまいよ」と、笑いで返すゆとりは彼にはなかったようですね。





彼にとって自分をよく知る幼なじみに言われたひと言は、見られる恐怖を引き起こしたと言えます。「ムカツク」とは軽く言えなかった彼にとって、この出来事は隠れたい気持ちにつながったのでしょう。ひきこもると家族も不安や苛立ちに直面しがちで、思わずはっきりさせたくなるものです。





しかしこれらの気持ちの陰に、「思わぬ恥をかく」不安が隠されているのを見逃すと、見える部分(出る・会う・話す)だけをあおり、わかってもらえない「ムカツキ」は暴力などに転じやすいものです。





10年という月日に行き詰まり、「これからどうするの?」と親としては言いたいところですが、まずは「恥をかけば隠れたくなる」気持ちをとらえ、息のつまるような世界に住んでいる彼の本音と建て前に気づいていく努力をしましょう。





ケース2    家庭内暴力





以前は物にあたる程度でしたが、ひと月前からわたしへの暴力が始まりました。小突く程度ならと主人にもふせていましたが、最近はあざができるまでになり、仕方なく息子のしわざであることを告白しました。主人は「制裁しなければならない!」と非常に怒っています。「制裁」という言葉にドキドキしています。夫と息子が正面衝突しない方法はありますか?身内同士のケンカが、「まさか!」「どうして!」という結果を招き、悲劇が日常茶飯事のように暮らしの中に飛び込んできています。



「回答」

「仲直りのできるケンカ」や「折り合えるせめぎ合い」は、映画のようにやり直し、撮り直しがきけば、互いの間に懐かしい一場面を演出してくれますが、現実にこうしたやりとりができるご家族は少なく、たった一度の「仲直りのできないケンカ」や「折り合えないせめぎ合い」に、悲劇の一コマを抱えているのも事実のようです。





家族の「正面衝突」に保険はききませんし、かえって傷は深く癒しにくいものです。それはさらなる不安や見捨てられ感のきっかけとなり、苛立ちに悪循環の輪をかけてしまいます。ですから、親子の激しいやりとりはできる限り避けたいものです。





ひきこもり、ドアや壁に当り散らしたり八つ当たりするのは、稀なことではありません。むしろ時々物を壊すことで、自分がおかしくならないように食い止めているようにも見えます。





居場所を少しずつ失っていく彼らにとって、やり場のない気持ちは世界に風穴を開けようとするのです。しかし、この八つ当たりが「まさか!」に変わるとき、それは互いの世界を悲劇にしてしまいます。





以前、わたしも訪問先に公衆電話から(このとき、携帯電話を家に忘れてしまった)連絡をとっていたとき、突然背後から腰を思い切り蹴られた経験があります。





現在もそこが後遺症のように時々痛みます。見るからに高校生である彼に「なぜ、言葉にして、急いでいますと言えないんだ!」と詰問し、「警察へ行こう」と階段付近で話しました。





そこで初めて本人は「困ります」と言い、やっと事実に気づいたのです。彼の背中にはギターがかかり、「ギターやるの?」と話題を変えると「すみません、僕も実は不登校してました」と告白するのでした。





「今日の出来事はすでにルール違反だけど、掟破りもほどほどに」と告げ、その場を後にしました。この記憶については、まだ未整理でわたし自身同じ場所には立てないのですが、怒りを冷静に言葉に置き換える難しさをわたし自身体験したのでした。





掟破りはひきこもる暮らしの中で次々に登場してきます。「制裁」の二文字は「目を覚ませ!」という親心だと思いますが、そのお父さんの怒りを言葉にし、「話せば分かり合える」世界を、「やり場のない」世界に提示するのも、世間に立つ父親の役目ではないでしょうか。



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