いじめ問題について~いじめを定義する~
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いじめ問題について~いじめを定義する~

2019年09月24日(火)1:08 PM

 

 

 

 

 

 

被害性

 

 

 

 

 

いじめという現象は、いじめる子がいて、いじめられる子がいることで成り立っています。つまり、加害行為があって被害が発生しているわけで、何も大げさに「現象の基本要素」だの「定義の構成要件」だのと小難しく言い立てるほどのことでもないように見えます。

 

 

 

 

 

しかし、現実にいじめに対応する場合、まずは目の前に起きている現象をいじめだと判断することから始まります。そのとき、加害行為と被害の発生がともに揃っていなければならないのか、あるいは加害行為をもっていじめと判断するのか、それとも被害が生じていることだけでよいのかは、事実認定の幅に関わってきます。

 

 

 

 

 

狭くとれば、いじめが起きているのにいじめではないと見なされ、放置されるケースが生じてきます。広くとりすぎれば、いじめではないものまでがいじめとして扱われてしまいます。

 

 

 

 

 

結論からいえば、いじめの場合、被害を受けた人間の被害感に事実認定の基盤を置いています。それは何よりも、いじめが心に傷を負わせる行為であり、被害は被害者の内面に起きているため、他の人間が外から判断することは容易ではないからです。

 

 

 

 

 

セクシャル・ハラスメントやパワー・ハラスメントなども、まずは被害の発生を第一義的な要件として、事実かどうかの確認作業に取りかかるのはそのためです。

 

 

 

 

 

もしも、いじめがあったかどうかの判断を加害行為の存在に求めるとすれば、加害者が気づいていないいじめを掬い取ることはできなくなります。

 

 

 

 

 

あるいは、意識している場合でも、いじめていることを認めなかったり、遊びと称して事態をすり替えたり、人目につかないところで行われたりするなど、加害性を立証することは容易ではありません。これも、被害に基盤を置くことの理由の一つです。

 

 

 

 

 

今日では、司法を除いて、教育行政でも、研究の分野でも事実性の基盤を被害者の内面の主観に置く考え方をとっています。このことは、海外においても同様です。

 

 

 

 

 

文部科学省のいじめがあったかどうかの判断基準では、その判断を「いじめられた児童生徒の立場に立って行う」こととし、そのうえでいじめを「心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」と定義づけています。

 

 

 

 

 

いじめとケンカの違いを考えてみましょう。ともに、殴る蹴るの暴力によって怪我をすることもあります。しかし、ケンカであれば、怪我が治れば身体的な苦痛は治まります。

 

 

 

 

 

これに対して、いじめは、身体的な苦痛と同時に精神的なダメージも受けます。このダメージは、身体的な痛みが治まった後でも残ることが多く、深刻ないじめの場合ではトラウマにまで発展します。「傷は内面・傷痕も内面」という基本認識と対応のあり方は、いじめでは大切な視点です。

 

 

 

 

 

内面の傷を回復させるために

 

 

 

 

 

いじめ問題をどのように解決するか・・・・・・。一つは、いじめられている子どもを被害から救い出し、再び被害にあわないようにすることです。

 

 

 

 

 

しかし、いじめによる被害が内面にあるという性質と、子どもの成長・発達という観点に立って考えると、これだけでは十分ではありません。内面の傷痕を回復させ、いじめを受けた子どもの成長に障害となっている事態を取り除くことが必要です。

 

 

 

 

 

表面上のトラブルが解決したことをもって、「いじめの終結」と見なすべきではありません。子どもの内面に残った傷痕の修復に至らなければ、いじめ問題の真の解決が図られたとはいえません。

 

 

 

 

 

各種の調査や事例報告によれば、いじめを受けた子どもたちの多くは、自己嫌悪や自尊感情の喪失、あるいは自己否定感に陥る傾向が強いです。

 

 

 

 

 

再被害への防衛も加わって、対人関係への積極性が失われるケースも多いです。また、集中力の低下や学習意欲の減退から不登校へと問題が進んでいくケースも少なくありません。中には、人間不信や社会不安、深刻な精神的苦痛による情緒不安定や心身症などの精神疾患や、トラウマなどに陥る深刻なケースも現れてきます。

 

 

 

 

 

卒業後も、こうした心の傷を背負って人生を歩んでいく人たちも大勢います。いじめられた子どもたちのすべてが、このような状況に陥るわけではありません。

 

 

 

 

 

しかし、こうした状況から脱却していくための支援も大切なことです。内面にへばりついた傷が癒されない場合の、最も深刻な悲劇が自らの命を絶つという行為です。

 

 

 

 

 

いじめによって自殺にまで追いつめられた事件が発生すると、学校教育の場では「命の大切さ」を教えるプログラムが実施されます。しかし、そのプログラムを見ると、多くの場合、生物学的な「命」を想定しているようです。

 

 

 

 

 

いじめによって失われるものは、生物体としての生命だけではありません。自己の尊厳や自己肯定感、あるいは自己実現を図っていく「人間存在」としての命も失われていきます。

 

 

 

 

 

仲間集団とのつながりに生きている証を感じ、自分がこの世に存在し、生きていることが何かの役に立っているという社会的な有用感など、「社会的存在」としての命も萎えさせてしまうのがいじめです。

 

 

 

 

 

いじめられた子どもたちは、亡くなった小学生が遺書に書き留めたように、「生き地獄」を生きていることも少なくありません。それは、いじめの被害が身体的な苦痛にとどまらず、ヒトとしての存在にまで及び、社会的な死をももたらすからです。

 



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