社会問題としてのいじめ
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社会問題としてのいじめ

2019年09月19日(木)8:16 PM

 

 

 

日本において、いじめが社会問題として登場したのは、一九八○年代の半ばです。当時は、メディアで連日いじめが取り上げられていました。その結果、広く国民の関心を呼び、国をあげての対策が推進されました。社会問題化の「第一の波」の到来です。

 

 

 

 

 

この時期における特徴は、研究においても、現場の対応においても、海外とは独立して展開されたことです。海外の引用文献が論文の末尾を飾ることが一般的な日本の研究風土からすれば、いじめ研究は例外的な状況にありました。それは、日本社会がスカンジナビア圏と並んで、最も早くからこの問題に気づき、取り組みを始めたことと無関係ではありません。

 

 

 

 

 

しかし、このことはその後、海外の状況に目を向ける妨げとなりました。いじめは日本固有の問題であり、海外にいじめはない、あったとしても被害も頻度も問題にならないほど小さい、という誤った認識が横行しました。この誤解は、第二の波が訪れる一九九○年代の半ばまで続きます。

 

 

 

 

 

こうした誤解は、いじめの原因分析にも影響します。いじめが海外で問題にならないとすれば、自ずと原因を日本の特殊な状況に求めざるをえなくなります。「島国根性」「違いを排除する国民性」「人々の横並び志向」「過熱する受験戦争」「管理主義教育と体罰」など、日本的な特徴を過度に強調した原因論が展開され、その結果、対応策までもが歪曲されかねない状況が生まれました。

 

 

 

 

 

今一つ、日本にとって不幸なことは、言葉の障壁が存在していることでした。誤った認識があったにせよ、欧米諸国が取り組みを始める九○年代初頭に至るまでの期間、日本では膨大な量の研究や対策が著作や論文、行政機関による報告書として蓄積されていました。

 

 

 

 

 

しかし、これらが英語で発信されることはほとんどありませんでした。そのため、早くから取り組みながらも、海外での引用や比較研究ほとんど見られず、蓄積が有効に活用されることはありませんでした。この時期の日本はいじめに関して、「鎖国」にも等しい状況でした。

 

 

 

 

 

校内暴力との線引き

 

 

 

 

 

日本における「第一の波」のもう一つの特徴は、いじめが学校での暴力行為とは別の社会問題として認識されたことです。いじめという問題を日本の社会が見い出し始めた七○年代終わりから八○年代初めにかけては、校内暴力が吹き荒れていた時代です。文部省(現文部科学省)の実態調査によれば、校内暴力は、七○年代から増加して八三年にピークを迎え、その後、逓減(ていげん)期に入っています。

 

 

 

 

 

これにいじめ問題への人々の関心の高まりを重ね合わせると、いじめは校内暴力に続いて登場したかに見えます。そのため当初は、いじめは「校内暴力の新たな展開」と位置づけられる傾向がありました。同根の病理構造を持つという意味で、「モグラたたき」に喩えられたりもしました。

 

 

 

 

 

しかし、いじめを校内暴力と地続きに捉える考え方は長く続きませんでした。八○年代半ばに、いじめ問題は、校内暴力と異なる新たな問題領域として位置づけられています。たとえば、文部科学省が、全国すべての公立小・中学校を対象に実施している「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」では、一九八五年以降、「いじめ」を「暴力行為」とは別に、独立したカテゴリーとしています。

 

 

 

 

 

もちろん、いじめは、現象面だけで見ると、校内暴力カテゴリー内の「生徒間暴力」や「犯罪・非行」と重なるところもあります。そのため、当初は、暴行・恐喝・傷害・横領など刑法に触れる行為がいじめとして行われたとき、これをいじめと見るべきか、犯罪・非行と見るべきかについて論争がありました。

 

 

 

 

 

どちらに位置づけるかによって、対応が異なるからです。犯罪・非行として対応すれば、司法手続きに付されることも予想されます。いじめと見なすならば、刑法に触れる行為であっても、学校の指導に委ねられる可能性が高くなります。結局、日本では、「加害者へ教育的な指導で対処する」という大枠が変わることはありませんでした。

 

 

 

 

 

「たかが子どものいじめ」と、いじめ被害を軽く見積もる風潮があったこと、教育関係者を中心に「子どものことに大人が口を出すべきではない」という考え方があったこと、「いじめは大人になるための必要悪」といった意見が教育関係者に見られたことなどが原因です。また、当時の日本の教育界に、「子どもを司法の手に委ねることは、学校が教育責任を放棄することに等しい」という意見が根強く残っていたことも影響していました。

 

 

 

 

 

被害対応の進展

 

 

 

 

 

いじめが社会問題となる最大の契機は、追いつめられた子どもたちの自殺とその遺書であり、マスメディアの連日の報道と国民の不安感情でした。そのため、被害者の自殺や事故に備える危機管理や相談体制の構築が喫緊の課題とされたのは自然なことです。

 

 

 

 

 

学校現場では、いじめられた子どもが発するわずかなサインにどうすれば気づけるか、あるいは子どもの気持ちを受けとめるためのカウンセリング・マインドの習得に関心が集まり、教員への手引書が作成され、研修が実施されました。校外には、「いのちの電話」や「いじめホットライン」などの相談窓口が開設され、一部の地域では子どもたちにテレホンカードが配布されました。

 

 

 

 

 

もちろん欧米でも被害者への相談体制を構築することは、いじめ対策上、不可欠なこととなっています。一九八六年、子どもの被害保護を目的として、イギリスで始まった二四時間対応のフリーダイヤル「チャイルドライン」はいじめ相談も扱っており、運動としてもさまざまな国に影響を与えています。

 

 

 

 

 

しかし、日本のいじめ対応は当初から、もう一つの側面の社会防衛的な性格が薄かったのです。処分や懲罰に代わって、教育的指導と心理相談を特徴とする対応が展開され、第二の波以降のスクール・カウンセラーの導入へとつながっていきます。

 

 

 

 

 

「悪」としての確立

 

 

 

 

 

八○年代に、社会問題としていじめが発見されたことにより、私たちの社会に「いじめ」という概念が確立されました。「概念の確立」というと、私たちは研究上の概念を想定してしまいます。しかし、ここでは日常生活の中で、「いじめ」という言葉が共通の理解可能な用語として確立したことを意味しています。

 

 

 

 

 

もちろん、「いじめ」という言葉は、社会問題化する前から日常用語として使われていました。しかし、今日のように、一定の人間関係の中で精神的・物理的な攻撃を加える現象を総称する言葉として用いられていたわけではありません。それらの現象には、「嫌がらせ」「迷惑行為」「差別」「侮蔑」「からかい」「小突く」「蹴る・殴る」「いたぶる」「無視」「仲間はずし」・・・・・・・・列挙すればきりがないほどの言葉がばらばらに用いられてきました。

 

 

 

 

 

「いじめ」という現象が社会問題として発掘され、社会全体で取り組むべき新たな課題と位置づけられたとき、現象を総称する用語として、最も広い概念を有する「いじめ」という言葉があてがわれるようになったのです。

 

 

 

 

 

しかし、社会問題化した後では、人々が「いじめ」という言葉に込める意味は社会学者の土井隆義氏が指摘したように、異なったものとなっています。これまで個々の名称で呼ばれていた行為が、「いじめ」という上位概念に括られました。

 

 

 

 

 

そして、それぞれの行為がいじめという文脈に位置づけられ、相互に関係づけられることになりました。さらに、いじめという概念に、道徳的な意味が付与されました。いじめに接したとき、人々はどのように反応することが望ましいのかという価値観が、この言葉によって支持されることとなりました。

 

 

 

 

 

特定の現象が社会問題となり、用語として確立すると私たちの認識や反応の仕方にまで変更を迫ることになります。「決して健全なものではない」が、人間の社会ならば「どこにでもあるもの」としてこれまで認識されてきたいじめを、「人間として許すことのできないもの」へと読み替える「変換コード」が確立したのです。

 

 

 

 

 

言い換えれば、社会規範としてグレイゾーンに位置していた「いじめ」が、明確な「逸脱」ないしは「悪」の領域へと移行したのです。いずれの社会問題でも、社会を挙げて解決すべき問題として位置づけられるには、「その現象は社会規範に照らして望ましくない」という定義づけを必要とします。

 

 

 

 

 

いじめ問題でも、当時の文部省が緊急アピールや通達、あるいは委員会や審議会の報告を通じて国民に訴えかけました。さらに子どもたちは学校での教育により、教師は研修により、保護者や市民はいじめ撲滅キャンペーンや啓発活動などにより、いじめに関する社会規範を内面化していきました。

 

 

 

 

 

ここでいう社会規範とは、法律などのルールだけでなく、倫理や道徳などの価値や、風習・風俗、習慣といった日常生活に組み込まれたものまでを含みます。社会規範に照らして望ましい考え方や行動を推奨し、構成員に内面化させる一方、望ましくないものについては罰を行使したり、非難したりといった「社会的な反作用」を与えることによって、社会秩序は維持されています。

 

 

 

 

 

こう考えると、私たちの日常生活の秩序は「道徳的な意味づけ」によって成り立っていると見なすことができます。いじめが社会問題としての地位を確立するということは、私たちがいじめに接したとき、どう認識し、どう反応すれば良いかという、「反作用のパターン」が内面に形成されることでもあります。

 

 

 

 

 

第一の波で見失われたもの

 

 

 

 

 

以上のように、「第一の波」は、広く人倫に関わる問題として、また、ときには人命に関わる問題として、いじめを発掘し、人々の反応のパターンと社会的な対応をシステム化して社会構造の中に埋め込んだという面で高く評価できます。その反面、これまで社会的な差別に端を発して起きていたタイプのいじめを、「いじめ」という上位概念の中に一般化して括り込んだことで、差別に固有の状況と対策を曖昧にしかねない面もありました。

 

 

 

 

 

同和差別やエス二シティ差別などと関連して発生するいじめは、「第一の波」以前にも存在していたし、それが自殺事件となってメディアで報道されることもありました。しかし、これらは差別問題という文脈で扱われるようになったため、地続きの問題でありながら、いじめ問題から抜け落ちてしまう傾向さえ見られるようになりました。

 

 

 

 

 

八○年代以降に行われたいじめの実態調査では、差別を背景としないいじめが大勢を占めました。国民の不安感情も手伝って、一般的ないじめ問題に取り組みが偏ることとなりました。いじめ問題の歴史を解説する書籍や論文などでも、いじめ問題の始まりを八○年代以降とするものが大勢を占めています。

 

 

 

 

 

差別と結びついたいじめへの取り組みが、日本社会から抜け落ちてしまったわけではありません。それらは「人権問題」「差別問題」というカテゴリーに括られ、そこで取り扱われることになりました。校内暴力がいじめ問題と別個のカテゴリーとして立てられ、両者が別次元のものとされている状況とよく似ています。差別や校内暴力を含めて、いじめ問題を総合的に捉える欧米とは様相を異にしています。

 

 



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