子育てについて~勉強よりも、遊びや手伝いが頭を鍛える~
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子育てについて~勉強よりも、遊びや手伝いが頭を鍛える~

2019年08月20日(火)11:06 PM

たいていの親は、わが子を頭のいい子に育てたいと思っています。

 

 

 

 

 

それでは”頭がいい”とは、どういうことなのでしょうか?

 

 

 

 

 

脳のしわの数が多いほどいいと言われた時代もありましたが、現在では、脳の連絡網が多いほどいいということになっているようです。

 

 

 

 

 

つまりネットワークがこまかく複雑であるほど、情報がたくさん詰まっているということです。

 

 

 

 

 

では、どうすれば、網目模様が増えていくのでしょうか?

 

 

 

 

 

これには、さまざまな体験をすることがいいと考えられています。たとえば、わたしたちの多くは梅干を見るとだ液が出ます。

 

 

 

 

 

これは、梅干を食べたとき、そのすっぱさでだ液が出た経験があり、すっぱいものを食べるとだ液が出るということがわかっているから起ります。

 

 

 

 

 

わたしたちは、さまざまな経験をとおして生きていくために必要な知識を得ていきますが、その体験には、「直接体験」と「間接体験」の二つがあります。

 

 

 

 

 

直接体験というのは、梅干を食べたらすっぱかったというように、実際に体験して知るという「体験的知識」です。

 

 

 

 

 

これは、遊びやお手伝いなどをとおして得ることができます。

 

 

 

 

 

一方、間接体験とは、本を読んだり、テレビを見たり、勉強したりすることによって身につく知識です。

 

 

 

 

 

「法則的知識」、頭で覚える知識といえます。先ほどの梅干の例で言えば、梅干を食べたことのない子どもに、梅干を見せて「これはすっぱいのよ。これを食べるとツバが出るのよ」と教えることです。

 

 

 

 

 

この結果、何百回教えたところで、だ液は出てきません。

 

 

 

 

 

この梅干をめぐる二つの体験の違いこそが、直接体験をとおして得られる体験的知識と、間接体験から得られる法則的知識の違いです。

 

 

 

 

 

例えば水泳です。泳ぎをマスターするまでには、プールや海でお水を飲んで苦しい思いをしたかもしれません。それが直接体験です。

 

 

 

 

 

一方、「泳ぐためには、手をのばしてうつ伏せになり、足を交互にバタバタさせます・・・・・・」という講義を机上で受けて、水泳を間接体験しても、泳げるようにはなりません。

 

 

 

 

 

水を飲んだり、おぼれかけたりして直接体験したほうがはるかに早く覚えられるのです。

 

 

 

 

 

直接体験と間接体験の違いは、簡単に言えば経験と理屈の違いです。

 

 

 

 

 

この二つの知識は全く別のものですから、片方だけで両方をカバーすることはできません。両方のバランスがとれていることが望ましいのです。

 

 

 

 

 

私たちの一生の時間は限られていますので、直接体験だけでたくさんの情報や知識を得るには無理があります。

 

 

 

 

 

そこで、それを補うために間接体験を利用していくのです。

 

 

 

 

 

ところが現代は、治安上の問題、空き地の減少などで子供時代に十分遊ぶことができず、親の過保護でお手伝いもしないまま大人になってしまう人がたくさんいます。

 

 

 

 

 

そのうえ、小さい時から勉強をさせた方がいいと考える親が増えてしまったため、最近の子供たちには直接体験をする機会がめっきり減ってしまいました。

 

 

 

 

 

こうした直接体験の減少が、現代のさまざまな子供たちの問題の原因ではないかと考えられます。

 

 

 

 

 

お子さんが小さいときには、もっともっとたくさんの直接体験の機会をぜひとも作ってほしいものです。

 

 

 

 

 

子供の脳がどんどん活性化するこんな遊び

 

 

 

 

 

「子供の生活は遊びである」といわれるように、子供は遊びを通してさまざまなことを学んでいきます。

 

 

 

 

 

自転車に乗ったり走りまわったりすることによって体の筋肉を発達させ、手足のバランス感覚を養っていき、折り紙をしたりクレヨンやハサミを使ったりすることによって、指先をつかう能力を発達させていきます。

 

 

 

 

 

遊びに無駄はありません。遊びは子供の脳の発達にとって重要な意味を持っています。

 

 

 

 

 

また、遊びを通していろいろなものを見たり、匂いを嗅いだり、音を聞いたり、手や足で触れたり、ものによってはなめてみたりと五感を総動員して自分を取り巻く環境について知っていきます。

 

 

 

 

 

それに、なんといっても遊びは自発的なものです。誰かに言われていやいやするものではありません。

 

 

 

 

 

自分から、積極的に楽しんでやるということが遊びのもう一つの素晴らしさです。

 

 

 

 

 

ここで、脳を発達させる具体的な遊びについて考えてみましょう。

 

 

 

 

 

何のルールもない、いわゆる「じゃれつき遊び」というのがあります。「抱きつく」「引っ張る」「ぶら下がる」「ぶつかる」「取っ組み合う」「転がる」などです。

 

 

 

 

 

犬や猫など動物の子供の遊びを想い浮べてみてください。

 

 

 

 

 

兄弟でころげまわったり、お母さんのしっぽにじゃれたり、コロコロ走り回ったりといったことをしています。

 

 

 

 

 

こうしたじゃれつき遊びは、大脳を成長させるのに効果が大きいそうです。

 

 

 

 

 

幼児期には、ルールのあるスポーツより、ルールのないじゃれつき遊びをたくさんさせるといいと言われています。

 

 

 

 

 

それが、小学校に行った時、教室に何十分か座ってきちんと学習できることにもつながっていきます。

 

 

 

 

 

子供に”決めさせる”ことが考える力を育てる

 

 

 

 

 

自分で考えることのできる子どもに育てるには、普段から「小さいこと」を自分でさせることです。

 

 

 

 

 

これだけで十分、「考える力」は養われます。

 

 

 

 

 

例えば幼児だったら、ご飯の献立を考えさせることでもいいでしょう。

 

 

 

 

 

子供ははじめ、自分の好きなものしか言わないかもしれません。それでも、子供が決めたらそれを作ってあげましょう。

 

 

 

 

 

慣れたあたりで、自分の好きなものだけでなく、家族みんなが好きなもの、昨日食べたものとは違うもの、お肉、お魚、野菜の組み合わせなど栄養面もしっかり考えたものになるように相談していきます。

 

 

 

 

 

あくまでも子供の意見を尊重することをお忘れなく。

 

 

 

 

 

小学生になったら、家族旅行の計画を子供に立てさせてみるのはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

もちろん、みんなの意見を聞いて決めるわけですが、親があまり主導権を握ってしまわず、なるべく、子供の意見を取り入れるようにしてください。

 

 

 

 

 

無理な計画を言いだしたとしても、頭から否定しないでください。

 

 

 

 

 

バラバラだったみんなの意見をまとめていく過程が、子供にとってはいい勉強になるのです。

 

 

 

 

 

お子さんが何かを決めようとしているとき、「生意気言うんじゃないの」とか「親の言うとおりにしていれば、間違いないんだから」とは、決して言わないことです。

 

 

 

 

 

日本では、今でも素顔な子、従順な子がいい子だと思っている親が多いようです。

 

 

 

 

 

親や先生の言うことに素直に従わなかったり、自分の考えを述べたりすると、「口答えをする」「生意気だ」としかられてしまいます。

 

 

 

 

 

しかし、その結果どうなったでしょうか。

 

 

 

 

 

大人になっても、自分の意見や考えを持てず、会社に入ってからも人から言われたことはできるけれど、自分で考えて行動できない「指示待ち人間」が増えてしまいました。

 

 

 

 

 

こんなことでは、これからの国際化社会ではとても生きていけません。

 

 

 

 

 

自分の考えをきちんと持ち、それを表現し、行動できる人こそが二十一世紀に通用する人材です。

 

 

 

 

 

日本の社会の中でだって、自分の意見が言えないようではやっていけなくなってきています。

 

 



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