ひきこもり体験記~学校でのいじめから心の病、そしてひきこもりに~
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ひきこもり体験記~学校でのいじめから心の病、そしてひきこもりに~

2019年08月13日(火)11:39 PM

僕は小学校四年ごろから中学二年ごろまで、学校に行くたびに激しいいじめにあいました。

 

 

 

 

 

毎日、殴られたりけられたりの連続で、口の中が切れたということは何度もあり、ひどいときには目の上が切れて出血するとか、人さし指を折られたりしたこともありました。

 

 

 

 

 

眠るときに悪夢でうなされたりということは今でも頻繁にあります。

 

 

 

 

 

親や先生には、自分がいじめられていることを話せませんでした。

 

 

 

 

 

「チクッたら、ただじゃすまさないぞ」と、相手から脅されていたのが一番の理由ですが、弱い自分の姿を知られたくないという気持ちや、一度だけ相談した時に、「いじめられるほうにも、それなりの原因がある」と教師からつき放された経験があるからです。

 

 

 

 

 

そういったストレスが徐々に積み重なって、中学校三年の時に、強迫性障害という心の病におちいってしまいました。

 

 

 

 

 

そのため、文章の読み書きが全くと言っていいほどできなくなってしまい、それまで学年でトップクラスの成績だったのですが、受験勉強に取り組むことができず、自分にとって不本意な高校に入学することになってしまいました。

 

 

 

 

 

高校に入学してからも症状は続き、入学直後の一年の一学期には、成績がクラスで最下位になってしまい、親が学校に呼び出されたこともありました。

 

 

 

 

 

先生からは、まったく事情を理解してもらえず、努力が足りないからだと言われました。

 

 

 

 

 

幸い、高校では人からバカにされることはあっても、暴力によるいじめはなかったのですが、またいじめられたら・・・・・・という思いが強く、いつもおびえていたのを思い出します。

 

 

 

 

 

特に二年の時は、男子クラスだったのでそういった恐怖感がとても強く、自分から気配を消すようにしていました。

 

 

 

 

 

そのため、緊張感のあまり、授業中 一時間に何十回もおなかが鳴ったりとか、帰宅してからも被害妄想がかなり強くて盗聴器が仕掛けられているのではないかと家の中をさがしまわったりしていました。

 

 

 

 

 

三年になってからは、心身ともに疲弊してしまい、授業に集中することが難しくなりました。

 

 

 

 

 

授業時間中、時計の針ばかりが気になり、精神的に不安定になってしまいました。

 

 

 

 

 

でも、あと一年なので必死で頑張ろうと思い、何とか卒業まで学校に行き続けることができました。

 

 

 

 

 

高校を卒業するのが精いっぱいで、僕の気力と体力はすでに限界に達していました。

 

 

 

 

 

予備校には、まったくと言っていいほど通うことができませんでした。

 

 

 

 

 

ただ、高校入試での雪辱を晴らしたいという執念から、家ではひたすら勉強しつづけました。

 

 

 

 

 

強迫性障害の症状で、長文を読むことが難しかったので、単語帳や用語集だけをひたすら暗記するとか、勉強の仕方を自分なりに工夫して何とか大学には合格することができました。

 

 

 

 

 

家から学校が遠かったため、体力的に通える自信がなかったこと、家庭の事情で自分の部屋を持てなかったこともあり、「協力下宿」と呼ばれる安価な学生寮のようなところに入りました。

 

 

 

 

 

もともとわが家は、父親が自殺した関係で母子家庭だったので経済的に苦しく、僕自身、大学に入学したものの生活保護受給世帯になってしまって、学業が続けられなくなるのではと過剰に心配していました。

 

 

 

 

 

ある日、法学のセミナーに出席した際、「現在の生活保護制度の在り方には、問題があるのではないか?」と教授に対して問題提起したところ、「怠惰で無能な人間が、生活保護を受けるのであってそういった人間に大学にくる資格はない」と非常に厳しい口調で言われ、心が深く傷つきました。

 

 

 

 

 

以後、そのことが日常的にフラッシュバックするようになり、余計に外出するのが困難になり、大学にはテストだけは受けに行きましたが、授業にはほとんど出られませんでした。

 

 

 

 

 

下宿先での生活は、病気の影響で食器が洗えず、自炊ができなかったり、症状にとらわれるあまり部屋の掃除ができずにダニが大量発生したりといった感じでした。

 

 

 

 

 

しだいに昼夜逆転生活になってしまい、夜中に近くのコンビニにまとめて食料の買い出しに出かけるようになりました。

 

 

 

 

 

部屋のカーテンは、一年中閉め切ったままでした。

 

 

 

 

 

経済的な事情から、やむを得ず無理をして生協や郵便局などにアルバイトに行っていた時期もありましたが、遅刻が多かったり、出勤率が悪かったこともあって上司から怒られてばかりでした。

 

 

 

 

 

また、対人恐怖気味で練習では声を出せるのですが、いざ人前に出ると、「いらっしゃいませ」の言葉をかけることができませんでした。

 

 

 

 

 

結局四年で大学を卒業できなかったので、家に戻ることになりました。留年が決まって、五年のときは最悪の精神状態でした。

 

 

 

 

 

この時期はうつ状態がひどく、夜になると激しい希死念慮に襲われました。

 

 

 

 

 

たまに外出する時、人と目線を合わせるのが怖かったのでいつも下を向いて歩いていました。

 

 

 

 

 

また、この一年間は家族以外の人とまったく話をしませんでした。

 

 

 

 

 

ただ、「このままでは、自分が壊れてしまう」といった強い危機感に襲われ、「早く、だれかに相談しなくては・・・・・」との思いが募りました。

 

 

 

 

 

「学生相談室の扉をたたいて」

 

 

 

 

 

学生相談室の前までは何度も足を運びましたが、結局、相談にこぎつけるまで丸一年もかかってしまいました。

 

 

 

 

 

自分の心の整理がつかなかったのと、自分の悩みを本当に受け入れてくれるのかといった他人に対する猜疑心に悩まされていたからです。

 

 

 

 

 

どうしても自分にとってカウンセリングの敷居が高かったので、とりあえず学生相談室の行事に参加してみることにしました。

 

 

 

 

 

この行事は泊り込みの合宿形式だったのですが、参加者はカウンセリングを受けている学生が大部分でした。

 

 

 

 

 

夜になると、誰からともなく自分の悩みを語り始めました。

 

 

 

 

 

みんなの話を聞いているうちに、「悩んでいるのは、自分だけじゃない」「社会の中で孤立しているのは、自分だけじゃないんだ」ということに気づかされました。

 

 

 

 

 

みんなの話に勇気づけられ、カウンセリングを受ける決心がやっとつきました。

 

 

 

 

 

こうしてカウンセリングを受けるようになって、自分の気持ちも少しずつですが、変わっていきました。

 

 

 

 

 

臨床心理士の先生からは、「病気を自分の力で無理に治そうとしちゃだめよ。大事なのは、病気と一生つき合っていくこと。そのための上手なつき合い方を一緒に考えていこうね」と言われ、最初は戸惑いを感じましたが、徐々にその意味がわかるようになってきました。

 

 

 

 

 

何とかして病気を治そうとあせっている間は、そのことだけにとらわれてしまうため、自分のエネルギーがマイナスの方向にしか作用しなかったのですが、病気を治そうとする気持ちを別の方向に向けることによって、初めてプラスのエネルギーとして作用するようになっていったのです。

 

 

 

 

 

それによって自分の気持ちが楽になり、日々の生活の幅も少しずつですが広がっていきました。

 

 

 

 

 

相変わらず授業には出席できませんでしたが、取得単位数は確実に増えていきました。

 

 

 

 

 

僕は結局、八年間かかって大学を卒業したのですが、就職することはできませんでした。

 

 

 

 

 

再びアルバイトに行ったりもしたのですが、また途中で辞めてしまいました。二十七歳ごろから自分の将来に対して、強い焦燥感を感じるようになりましたが、働くことはできずにただ時間だけが過ぎていきました。

 

 

 

 

 

現在僕は三十歳ですが、決して病気が治ったわけではありません。

 

 

 

 

 

今でも通院、服薬や心理カウンセリングを継続している状態です。

 

 

 

 

 

ただ、徐々にではありますが、社会との接点がもてるようになってきたのは事実です。

 

 

 

 

 

ここまでくるのは長い道のりでしたが、過去を振り返ってみてやはり人との出会いによって、勇気づけられた側面が大きかったと思います。

 

 

 

 

 

もう一つ大事なのは、ゆっくりと考える時間が必要だということです。

 

 

 

 

 

考えることによって自分が何者であるのか、そして、今何をするべきなのかが見えてくると思います。

 

 

 

 

 

そのことによって、初めて自己のアイデンティティの確立が可能になり、自分の進むべき方向性を見い出すことができるようになるからです。

 

 

 

 

 

僕自身、これからも世間体や目先の利益に惑わされることなく、自分のアイデンティティを見失わずに生きていきたいと思います。

 

 

 

 

 

また、決して無理をしないこと、初心を忘れ尊大にならないことを肝に銘じて、日々を過ごしていきたいと思います。

 

 

 

 

 

それが、リバウンドして再びひきこもり状態に陥るといった悪循環を防ぐためにも必要なことだと思います。

 



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