ひきこもり体験記~33歳男性のケース~
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ひきこもり体験記~33歳男性のケース~

2019年07月30日(火)4:20 PM

僕は、親にさえ顔を合わすことができずに約5年間、自分の部屋にひきこもっていました。

 

 

 

 

 

現在、部屋から出るようになって 4年近くになろうとしています。

 

 

 

 

 

今でも生活は基本的には親に頼っていますが、週に五日のアルバイトをしながら生活をしています。

 

 

 

 

 

僕がひきこもってしまったのは、大学4年に在学していた 25歳の冬です。

 

 

 

 

 

人に会わないこと、ものを考えないこと、部屋に閉じこもって以降、この二つのことが原則のようになっていました。

 

 

 

 

 

人に自分を見られることはただひたすら怖かったですし、そうした不快なことはなるべく避けたいと感じていました。

 

 

 

 

 

また、ものを考えるとどうしても自分の将来に行きついてしまい、絶望しか見いだせない中では、自殺を考えてしまうのでした。

 

 

 

 

 

意識を曇らせておくべく、ずいぶんと現実逃避の酒も飲んでいました。変わった状況のもとで自分なりに生き延びようとしていたような気がします。

 

 

 

 

 

僕はものごころついてからずっと、自分という存在が恥ずかしくてしかたありませんでした。

 

 

 

 

 

それは非常にみじめな気分も伴っていて、そのような自分という存在が心底嫌いでした。

 

 

 

 

 

冷静に自分を顧みて周囲と比較してみても、特にそのような劣等感を持つ理由はなかったはずですし、とりたてて、何が人に劣るということもありませんでした。

 

 

 

 

 

しかし自分が人より著しく劣った存在であるという考えは、存在しつづけたのでした。

 

 

 

 

 

人々の中にいて恥ずかしい思いをしないようになりたい。

 

 

 

 

 

自分を好きになれるように、自分を肯定できるようになりたい。

 

 

 

 

 

そんなふうに自分を変えてしまいたい。

 

 

 

 

 

今振り返ってみると、小学生のころからそんな事がほぼ唯一の関心ごとでありました。

 

 

 

 

 

自分が何か人より価値があり、評価されるべき存在であるという根拠を築き上げる、そうすれば自分に自信を持って生きていけるようになる、物心ついたころから僕はそう考えて生きてきました。

 

 

 

 

 

僕なりにずいぶん努力をしてきました。優秀な成績をとり続け、学校の委員を積極的にこなし、留学し、ボランティアに励み、NGOに参加し、懸賞論文に応募する、これらは僕に多少の自信ももたらしました。

 

 

 

 

 

人から評価されることで、自分というものがそれまでより大事に感じられるようになったのです。

 

 

 

 

 

しかし大学に入ってから、自分が恥ずべき存在であるという意識をぬぐい去るのに、そうした評価はほとんど何の役にも立たないということに気がついてしまいました。

 

 

 

 

 

僕にとって、自分自身は幼いころと全く何も変わらない、みじめで恥ずべき人間なのでした。それを僕は「知っていた」のです。

 

 

 

 

 

そのうちに自分が何のために生きているのかわからなくなり、人生に希望を見いだせなくなってしまいました。

 

 

 

 

 

自信を持てる自分になりたいという人生の唯一の願いが実現しない、その思いは僕をうつ病にし、そのためもあって僕は自殺を図ることになってしまいました。

 

 

 

 

 

幸いそれは未遂に終わったのですが、うつ病はだんだんとひどくなり、ひきこもってしまうことになりました。

 

 

 

 

 

親に愛されていない自分

 

 

 

 

 

ひきこもりという現実に直面した両親は、途方に暮れたようです。

 

 

 

 

 

父は僕が在籍していた大学について休学手続きなどの面倒を見てくれました。

 

 

 

 

 

しかし息子である僕本人や、僕の抱えていた問題そのものへの関心は薄かったようです。

 

 

 

 

 

それはひきこもることで僕が提起した問題が、父親自身の心と深くかかわっていたためである、僕はそう理解しています。

 

 

 

 

 

父親にとって僕と向き合うことは、父親自身の心と向き合うことをも意味し、そのことには大きな心理的傾向があったようです。

 

 

 

 

 

父親が多くの時間を仕事に費やしていたのは、僕と直面するのを避けるためでもあったかと思います。

 

 

 

 

 

一方で母親は、それまで自分のしてきたことが大きく間違っていたと感じたそうです。

 

 

 

 

 

大学に入学したころから僕がうつ病になり始めると、異常を感じつつも何とかなるだろうとたかをくくっていたけれど、もう逃げられないと悟った、そうした意味だと思います。

 

 

 

 

 

自分の体面など構わないという気持ちになり、いくつかのつてをたどって母親自身がカウンセリングを受けることになりました。

 

 

 

 

 

そして大ざっぱな言い方をすると、カウンセリングを通じて母親自身が大きく変わり、それが父親にも変化を及ぼしたことで、僕をひきこもりの状態から誘い出すことになったと思っています。

 

 

 

 

 

部屋にひきこもることがなくなり、両親とも顔を合わせるようになってから、父親と正面からぶつかり合うことがありました。

 

 

 

 

 

そのことを通じて、僕は自分がひきこもってしまった理由がわかってきたような気がしています。

 

 

 

 

 

そのことを述べる前に、まずそこにいたった過程をお話ししたいと思います。

 

 

 

 

 

僕は強い自己否定的な感情を持って育ってきたのですが、あるときなぜそうなってしまったかがわかりました。

 

 

 

 

 

自分は親に愛されていないと、無意識に感じていたのです。

 

 

 

 

 

自分に何らかの非があるために、親は自分に関心を持たないし、自分を愛さない、そのように理解していたために、僕は自分という存在を肯定することができずにいたようなのです。

 

 

 

 

 

僕の父親は、いわゆるいい加減な人間ではありません。ギャンブル、酒、暴力、借金、女性関係といったこととは無縁です。

 

 

 

 

 

堅苦しいところはあるものの、責任感の強いまじめな人間です。

 

 

 

 

 

非常に有能でもあり、有名企業で経営陣にまで出世しました。世間的には尊敬され、高い評価を受けています。

 

 

 

 

 

そのような人だけに、僕が愛されないということに関して、父親に非があると考えるのは難しいことでした。

 

 

 

 

 

しかし2年ほど前に、あることに気がつきました。

 

 

 

 

 

それは、自殺を図ろうとした息子のために、自分の命を顧みずに行動を起こしたというある父親の話を聞いた時のことです。

 

 

 

 

 

直感的に、僕の父親も自分と同じように自己肯定感が希薄であるのだ、ということに気がついたのです。

 

 

 

 

 

僕の父親も自分の親に自分の存在を肯定してもらっていなかったのではないか、僕と全く同じように・・・・・、そんなことに思い当りました。

 

 

 

 

 

父親もまた一人の人間であり、一人の子供であったことに気がついたのです。

 

 

 

 

 

父親に聞いてほしい!

 

 

 

 

 

父親は自分自身の自己肯定感を埋め合わせるために、是が非でも周囲から高い社会的評価を勝ち取る必要があったのです。

 

 

 

 

 

父親の場合それは仕事だったのですが、仕事に必死で打ち込むあまり、子供である僕の気持に気づくだけの余裕がなかったのです。

 

 

 

 

 

そうしたことがわかってみると、父親の気持ちが自分に向かないのは自分の悪いからではないのだと納得できたのです。

 

 

 

 

 

しかしそれと同時に、父親は己の自尊心を守ることで精いっぱいでいるために、子供を思う親としての資質に欠けているのだということも意識しました。

 

 

 

 

 

父親を傷つけることになると思いそのことは言えなかったのですが、父親からは親の愛情というものを期待しても無理なのだとあきらめるようになりました。

 

 

 

 

 

しかしこのことで、僕のなかにいくらかは自分を肯定する気持ちが芽生え始めたのは確かです。

 

 

 

 

 

それ以降、半ば父親というものをあきらめるつもりでいた僕でしたが、しばらくして父親に対するいら立ちが噴出することとなりました。

 

 

 

 

 

不登校やひきこもりに関する本をまとめて読んでいるうちに、僕の心の中にあった「父親に聞いてほしい気持ち」というものが頭をもたげてきたのです。

 

 

 

 

 

息子として、父親から非常に不十分な愛情しか感じていない、という僕なりの不満や愚痴を聞いてもらいたかったということでしょうか。

 

 

 

 

 

父親と真正面から向き合った日

 

 

 

 

 

ある日の夕食後、僕の気持ちを父親に伝えようとしたのですが、父親は僕の言うことを頭から否定し、自己弁護の主張を繰り返すのみでした。

 

 

 

 

 

父親は自分が攻撃され、非難されていると感じたようで、僕の話に耳を傾けることができなかったようです。

 

 

 

 

 

何度か同じ話を繰り返すうちに、ついに僕の方から手をだしてしまい、父親を床に組み伏せてしまいました。

 

 

 

 

 

誰に向っても今まで一度も暴力をふるったことはなかった僕でしたので、われながら自分のしたことに驚いてしまいました。

 

 

 

 

 

逆に言えば、僕にそれだけのことをさせるほど激しい感情を、長いあいだ自分の中で抑え込んでいたということでもあったのですが・・・・・・。

 

 

 

 

 

そしてそれは、ただ自分の気持ちを聞いてほしいという感情であったのです。父親の胸倉をつかみながら、知らないうちに僕が叫んでいたのは、「聞けー、聞けー。おれの話を黙って聞けー」ということでした。

 

 

 

 

 

父親は痛い思いをしたこともあり、また本質的には気持ちの優しい人ですので、しばらくして僕の話を聞いてくれる気持ちになってくれました。

 

 

 

 

 

話を聞いてもらい、気持ちを受けとめてもらうということは、本当に大切なことのようです。

 

 

 

 

 

僕は心に浮かぶことをぽつりぽつりと話しはじめました。そして「なるほどね」とか「そうだったのか」、あるいは「よくわかったよ」と相づちを打つ父親の声を聞いているうちに、胸の奥底からたとえようのない喜びがこみ上げてきました。

 

 

 

 

 

あとからあとから涙があふれてきました。

 

 

 

 

 

その時の会話で父親が何気なく言った一言で、僕は自己の存在が価値のあるものであることを感じることができたのです。

 

 

 

 

 

それは、「息子のことをわかってあげられないということで、息子に殺されてしまうのなら、それは本望である」というものでした。

 

 

 

 

 

またこのあと、父親はストレスが原因で胃病になり、3週間ほど入院することとなってしまいました。

 

 

 

 

 

父親には申し訳ないことではあったのですが、それだけの思いをしながら僕の思いを受け止めてくれたということは、息子への愛情があったからこそできたことであると僕には思えました。

 

 

 

 

 

この出来事で、父親にとって自分が大切な存在であることがわかり、自分が愛されていると感じることができたのです。

 

 

 

 

 

そして僕はものごころついて初めて、自己肯定感をいだくことができるようになりました。

 

 

 

 

 

ひきこもりというのは、親からこの感情を得るためのものだったのではないかと僕は考えるようになりました。

 

 

 

 

 

この事件が起こる前、僕はすでに見た目にはひきこもりという状態からは脱していました。

 

 

 

 

 

しかしまだ、僕自身の人生を生きることはできていなかったようです。

 

 

 

 

 

自分の本心を常に押し隠し、親に対して自分の気持ちを伝えることができずにいたのです。

 

 

 

 

 

要は、「ひきこもりからよくなり、立ち直って親を喜ばす立派な息子」を演じていたということなのですが・・・・・・・。

 

 

 

 

 

この出来事は、僕達親子の間にあった問題の根っこ部分に切り込むようなことであったようです。

 

 

 

 

 

ここでは父親との間にあったことを話しましたが、母親との間にも似たような葛藤があり、それは母親の人生を根底から揺るがすようなものでした。

 

 

 

 

 

しかし母親はつらい思いをしつつも、僕の気持ちを受け止めてくれました。

 

 

 

 

 

父親にしろ母親にしろ、つくろわない本心のありのままの僕を受け止めてくれたのでした。

 

 

 

 

 

こうしたことがあり、僕は次第に気持ちが外の世界に向かい始め、アルバイトをするに至っています。

 

 

 

 

 

ところで不満や怒りを表現するというのは、ある種の甘えです。

 

 

 

 

 

僕が親に対して怒りを表現できたということは、ようやく甘えに足る、信頼できる家族関係が築かれたということだったのでしょう。

 

 

 

 

 

我が家はこの時になって初めて、家族らしい家族になれたのだと思います。

 

 

 

 

 

ひきこもりは親子関係を問い直す機会

 

 

 

 

 

普通の親子らしい関係が築かれたことで、初めて僕は自分を主張することができるようになりました。

 

 

 

 

 

親の言いなりではなく、自分らしい自分でありたいと思うようになりました。

 

 

 

 

 

本来、思春期や自我の意識の芽生えとともに訪れるものなのだと思いますが、我が家にはそれまで反抗期を受け止めるだけの親子関係の基盤が欠けていたようです。

 

 

 

 

 

僕のひきこもりを通じた両親との葛藤を経て感じるのは、時代の違いということです。

 

 

 

 

 

僕がひきこもってしまったのは、世の中が豊かになり、そうできるだけの経済的な環境が整ったことも一つの理由かと思います。

 

 

 

 

 

父親や母親が育った時代では、ひきこもるということは物理的に不可能でした。

 

 

 

 

 

両親らの世代にとって、「日々の生活をしていく」、あるいは「食べていく」ということが常に最優先とされてきました。

 

 

 

 

 

自分が何のために生きているのか、などと考える余裕はなかったことでしょう。

 

 

 

 

 

親の愛情を感じられなくても、自分を肯定できなくても、不満を言っている余裕などなく、ただ働かなければなりませんでした。

 

 

 

 

 

そしてそのおかげで、我々の世代が非常に豊かな生活を享受できる環境が整いました。

 

 

 

 

 

しかし、食べることに必死にならなくても生きていけるようになってしまった現在、自分は何のために生きているのかという問いかけを我々はするようになりました。

 

 

 

 

 

そうした問いかけに対し、自分という存在を肯定できない僕のような人間の一部が、ひきこもりという状況に至っています。

 

 

 

 

 

そして自己肯定感を持てないという問題は飢えと同様、時に命にかかわることなのです。僕の場合は、答えが得られずに死のうとしたほどなのですから。

 

 

 

 

 

しかし両親たちの世代にとって、こうしたことは理解しがたいことだと思うのです。

 

 

 

 

 

とりあえず生活をしていくことに考えを集中し、考えても答えのでないような問題はわきに置いておきます。

 

 

 

 

 

そうした術を身につけてきた世代にとって、ひきこもる人間が抱える悩みというものは、全く理解しにくいのかもしれません。

 

 

 

 

 

ひきこもりの問題はある意味、日本が短い期間に著しい経済成長を遂げてしまったためにおこっていると思います。

 

 

 

 

 

ひきこもりの当事者もその親たちも、激しい時代の変化の中でたまたま貧乏くじを引いてしまったということが言えるかもしれません。

 

 

 

 

 

自分たちが親にしてもらったことのないことを、自分の子供から期待されるわけですから。

 

 

 

 

 

ひきこもりとは、親子関係の在り方を問い直すものだと思います。そしてその問い直しという苦しい作業の中で、新しい親子関係が生まれ、結果としてそれは親子のそれぞれに居心地の良い家をもたらします。

 

 

 

 

 

それとともに、親と子がそれぞれ自分らしく素直に生きていけるような、自分を肯定する気持ちをもたらすのだと思います。

 

 

 

 

 

本来の自分らしく、無理をせずに自然に生きていくようになります。

 

 

 

 

 

ひきこもりとは、親子の双方にそんなことをもたらすために生じているのではないかと思います。

 

 

 



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