親子の感情の行き違い
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親子の感情の行き違い

2019年07月15日(月)11:35 AM

関東自立就労支援センターに来ている人たちはかつてはどんな子どもだったのか・・・・。実はかつてとてもいい子だった人が多いのです。

 

 

 

 

 

そのいい子というのは、親や先生にとっていい子で、仏様のようにいい子というのとは違います。

 

 

 

 

 

いい子=本当に親や先生に迷惑をかけない子、親の言うとおりに行動する子で、問題を起こさないことが問題と言われるような子です。

 

 

 

 

 

優しくて、真面目で、誠実で、本当に親思いで、いつもいつも親や先生の思いを推して量ってくれる・・・・。

 

 

 

 

 

勉強をやれと言われなくてもやるし、自分が傷を負ってしまったとき、親や先生が包帯を巻いてあげようかなと思うと自分でちゃんとやってしまうような・・・・。

 

 

 

 

 

「お母さん、いいの。忙しいんでしょう。お母さん、他のことをやってて」。

 

 

 

 

 

何か話したいなと思っても、「ああ、お母さん、忙しいんでしょう。わたしのことはいいから、そっちをやっていて」。

 

 

 

 

 

まあ、優しい子だなあ、いい子だなあと思います。ところが意外にも本人は別に「いい子」になろうとしているのではなく、そのほうが楽で自然なのです。

 

 

 

 

 

関東自立就労支援センターに来るのは、ほとんどこのような「いい子」たちです。

 

 

 

 

 

そのいい子たちがわたしのところに来たとき、実はこう言うことが多いのです。

 

 

 

 

 

「僕は親に抑圧されていた」

 

 

 

 

 

「親に監視されてきた」

 

 

 

 

 

「親の操り人形だった」

 

 

 

 

 

「僕はいいように先生におだてられてきたんだ」

 

 

 

 

 

「僕は報われない人間だった」等と言います。

 

 

 

 

 

そして親御さんは、わたしの目に前に来るとこう言います。

 

 

 

 

 

「小さいころはあんなにいい子だったのに、どうしてこんな子になってしまったのでしょう」

 

 

 

 

 

「どうしてこんなに親に迷惑をかける子になってしまったんでしょう」。ほとんどの親御さんがそう言います。

 

 

 

 

 

「わたしはあの子に、ああしろ、こうしろと言った覚えはこれっぽっちもないんですよ。あの子が全部自分で決めていたんですよ。

 

 

 

 

 

わたしが何か無理やりさせたなんていう覚えは全然ありません。でも、どうしてこうなってしまったんでしょう」と言います。

 

 

 

 

 

「あんなにいい子だったのに」と嘆きます。

 

 

 

 

 

それではどこでどう親子の感情が行き違ってしまったのでしょうか。

 

 

 

 

 

実はこの子たちもはじめから自分はいい子だったとか、もちろん抑圧されているなんて思ってはいないのです。

 

 

 

 

 

親や先生はよく「親だから」「先生だから」と言います。

 

 

 

 

 

親だからこんなことを言うんだよ。親だからこうするんだよ。先生は君のことを思っているからこうやってゴツンするんだよ。

 

 

 

 

 

みんな君のためなんだよ。心配していなかったらこんなことは言わないよ。

 

 

 

 

 

みんな、親だから、先生だからおまえのことが心配だから、おまえのためだからと言ってくれます。

 

 

 

 

 

彼らはその言葉を本当に素直に受け止めています。ああ、そうなんだ、俺のためなんだということなのです。俺のためにこうしてくれるんだと。

 

 

 

 

 

でも、時々変だなと思うのです。変だな、おかしいなと思いながらも、ああ、自分の手を汚してまでも僕にゴツンしたりとか、お尻をたたいたりとかいろんなことをするのも、全部僕の将来を考えて心配してくれてやっているんだな、ありがたいなあと思うのです。

 

 

 

 

 

だから、この恩に報いなければいけないなと思うぐらい思っているのです。

 

 

 

 

 

ある少年のお話です。彼は不登校をしていました。自分のうちの前をバスが通ります。みんなが登校時にそこを通ります。

 

 

 

 

 

そのときになぜかお父さんが彼をバス停のところに連れ出して、30センチの物差しでピシャッ、ピシャッと全身を叩いたそうです。

 

 

 

 

 

「こんなことはしたくないんだよ。したくはないけれどでも、これはおまえのためなんだ」と言って、他の子どもたちが見ている前で叩いたようです。

 

 

 

 

 

おかしいな、これはと思うんですけれども、ああ、そうなんだ、僕のためなんだ、悪いなあ、やっぱり学校にしっかり行かないとなあとその子は思うのです。

 

 

 

 

 

父親に恥をかかせて申し訳ないと思っているのです。

 

 

 

 

 

また、多摩川まで連れて行って、多摩川に突き落とします。「こんなことおまえにしたくはないんだぞ。おまえの将来が心配だからお父さんはするんだぞ」

 

 

 

 

 

とグッと突き落とし、登ってこいと大声で叫びます。あるときは高尾山の最終ケーブルに乗って父子で行きます。そして、「強い子になれよ。お父さんは本当はしたくないけど、強い子になってほしいからするんだぞ」と言って、子どもを頂上に置いて自分だけケーブルで帰ってきます。

 

 

 

 

 

子どもは暗くなった山道を一人で下山します。

 

 

 

 

 

「父親は自分の手を取って、いきなり常磐線に乗って上野駅に連れて行きました。そして上野の西郷さんの像のところまで連れて行きました。

 

 

 

 

 

ああ、僕のことを心配して『おまえも西郷さんのようにしっかり勉強しろよ。しっかり生きろよ』と言いたいんだろうな」と僕は思っていました。

 

 

 

 

 

「ところが『人はかけがえのないものなんだぞ。人を大切にしろ』といつも言っていたあの父親が、どうしたことか、今日は西郷さんのほうを指差すのではなくて、下のほう(ホームレス)を指して、『おまえもああいう人間になりたいのか』って言うんですよ。

 

 

 

 

 

どうしてこんなことを言うんだろう、いつもいつも人を大切にしろと言っていた父親が・・・・・。でも、自分の手を汚して、こんなにまで自分のことを考えてくれているんだな」と考えて少年は素直に受け止めたようです。

 

 

 

 

 

今がよければすべて良し

 

 

 

 

 

ところがあるときこんなことが起きます。少年が言いました。「今がよければ親を責めたりしません。今どうすることもできないから悪いなあって思うけれど、こんなこと親にしか言えないから」。

 

 

 

 

 

今がよければ親や先生を子どもは責めたりしません。今がよければかつてどんなことがあってもいいのです。でも、今どうにもならないとき、悪いなあと思うけれど誰かに愚痴を言いたいのです。弱音を吐きたいのです。

 

 

 

 

 

八方ふさがりだから、動きがとれないからいちばん自分のことをわかってくれる人に愚痴を言いたい、弱音を吐きたいのです。

 

 

 

 

 

今どうすることもできないことに襲われたとき、誰かに助けを求めたくなるのです。そのとき思いつくのは、自分をゴツンしたり、上野の山(西郷隆盛の像)に連れて行ったり、多摩川に突き落として自分の手を汚してまでも自分のことを受け止めようとしてくれ、考えてくれていると思っていた自分の親なら、この苦しみをわかってくれるだろうと思って、その人(たとえば父親)に自分の愚痴を吐き出します。弱音を吐き出します。

 

 

 

 

 

このとき子どもは「おまえのせいだ」とか「親の問題だ」とかいろんなことを言います。

 

 

 

 

 

助けを求めるということは、甘えてみたいということでもあります。

 

 

 

 

 

ところが、自分のどうすることもできない八方ふさがりの切ない気持ちをただただ受け流してくれずに押し返されてしまったとき、子どもは「あれっ、何だこれは」と思うのです。

 

 

 

 

 

じゃあ、今まで親をひたすら信じてきた自分はなんだったのかということになります。

 

 

 

 

 

この親は、この先生は自分のことを心配して、自分の将来を思って手を汚していたんじゃないのか、と疑問と不信が出てくるのです。

 

 

 

 

 

「僕が最大のピンチ、今どうすることもできない危機の状態に陥ったときこそ受けとめてくれるのがその人だと信じていました。

 

 

 

 

 

でも、その人に押し返されたときに、言葉を返されたときに『えっ、裏切られた』と思ったんです。『裏切られた俺は結局親のいい子だったんだ』と思い始めました。『僕は監視されていただけなんだ。あれは保護じゃなかったんだ親のマインドコントロールだったんだ』と思い始めたと少年は言います。

 

 

 

 

 

ここで親や先生を信じてきた心が憎しみに変わっていきます。

 

 

 

 

 

わたしたちは、やはり子どもに弱音をはいてもらえる親や先生にならなければいけないな、子どもに弱音をはいてもらえる親にならなければいけないなと思うのです。

 

 

 

 

 

弱音をはけるところが子どもにとって安心できる家になるように思います。弱音をはける、安心できる家があるから外でのいろんなつらさに耐えていけるのだと思います。

 

 



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