いじめの風景
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いじめの風景

2019年07月14日(日)10:19 PM

僕の家族はいつも落ちつかない家族でした。母親の口癖は「早く、早く」で父親の決まり文句は「おまえバカだな」、それだけでした。

 

 

 

 

 

僕はいつも夢の中で「そうだよ、僕はバカな子だよ」と言いながら、叩いてくる父親から逃げていました。いじめた相手は、運動もできないくせに気が強く反発してくる変な奴でした。

 

 

 

 

 

からかうと面白く、ゲームをしているようでやめられなくなり、ストレス発散できました。

 

 

 

 

 

何をしていても親は僕に無関心でした。寂しかったです。いじめをやったのはその腹いせもあったと思います。

 

 

 

 

 

いじめを受けた人は、その痛みを一生忘れないといいます。ところが加害者は、その痛み、苦しみがどれほど深いものかについて気づきません。

 

 

 

 

 

そして悲しいことに、それ以上に加害者の親にはその実態は見えず、他人事になってしまいます。

 

 

 

 

 

友人を助けられなかった心の苦しみ

 

 

 

 

 

「もめごとには関わるな」いつも母親が言う”交際術”でした。高学年になるにつれて小心者のわたしにもその意味が分かるようになりました。

 

 

 

 

 

それはいじめの生贄にならないためのわたしの”自己防衛”でした。

 

 

 

 

 

あるとき、わたしは苦しみに襲われました。無関心がいじめを支えているんだと気づいたのです。

 

 

 

 

 

それは週刊誌やテレビを見ながら、他人の不幸を楽しんでいる母親たちと同じでした。

 

 

 

 

 

傍観者はときに助けられなかった悔いを抱え、被害者とともに心の傷を引きずっていきます。

 

 

 

 

 

倫理観が強い子どもほど、その苦しみを誰にも明かせないものです。

 

 

 

 

 

いくら自己弁護しようとも、関与しなかった自らの人間性にのたうちまわっているのです。

 

 

 

 

 

いじめは人間関係の歪みによって起こります。そしてその歪みは、親をはじめとして周りの大人が子どもの弱音(孤独・心細さ・寂しさ・不安)を日ごろからしっかりと聴いていないからではないでしょうか。

 

 

 

 

 

「他人に迷惑をかけるな」、「自分の問題は自分で解決しろ」と弱音(救い)を認めませんでした。その願いにかなった子が「いい子」であったのです。

 

 

 

 

 

人には、とりわけ子どもには弱音をはく場が必要だと思います。弱音や愚痴やときには悔しさという”悪態”を安心してはける場が、子どもにとって安心できる家となります。

 

 

 

 

 

安心できる家があれば自ら命を絶つことはなく、ストレスをいじめで発散する必要もありません。一人で自らの人間性に苦しむこともないのです。

 

 

 

 

 

わたしたちは今、子どもたちに人の道を説く前に、彼らから弱音をはいてもらえる大人になることが求められているのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

人間関係で傷ついた心は、人間関係でしか癒せないのですから。

 

 

 

 

 

カタルシス(浄化)

 

 

 

 

 

つらいとき、悲しいとき、こみ上げる感情を押さえ込まなくてはならない状況は、ときとして誰にでもあるものです。

 

 

 

 

 

「男の子でしょう・・・・」とか「お母さんが心配するから」と我慢する子どもはたくさんいます。

 

 

 

 

 

でも、その感情をどこかではき出せないと、心が”澱み”ます。そして、何かのきっかけでその感情が”荒ぶる子”を生んでしまうことがあります。

 

 

 

 

 

家庭内暴力や強迫性障害によくその傾向を見ます。いじめられて悔しくて、悲しいときは思いきりお母さん、お父さん、先生の腕の中で泣きたいのです。

 

 

 

 

 

我慢していた感情や涙や、悪態や弱音や愚痴となって溢れ出すと、心は悲しみや不安から解き放たれます。これをカタルシス効果といいます。

 

 

 

 

 

”澱み”の心が鎮まって清められるのです。ある男の子はわたしに言いました。

 

 

 

 

 

「悲しみは出し切らないと心の”新芽”は出ないんだよ」と。

 

 

 

 

 

いじめられて・・・・・、殴られた頭より、心のほうが痛かった

 

 

 

 

 

先述したように、いじめは人間関係の歪みの中で起きます。

 

 

 

 

 

プロレスの技をかけられても笑ってすませる子もいれば、夜通し泣き明かした悔しさを成人になっても独り背負い続けている子もいます。

 

 

 

 

 

「ほんのちょっとしたからかいだった」といじめた子には、その痛みさえ見えないこともあります。

 

 

 

 

 

逆にいじめを受けた子は、肉体の傷よりも重い”後遺症”を心に残します。

 

 

 

 

 

それは、人間に対する不信感です。これは生きることへの信頼感の喪失でもあります。

 

 

 

 

 

殴られた頬の痛みは時間とともに消えていきますが、心の傷は、関係修復の努力がないかぎり痛みは増し、やがては膿となってしまうのです。

 

 

 

 

 

僕は学校や社会の前に、親に”私物化”されている

 

 

 

 

 

これはあるいじめの”餌食”になった少年が言った言葉です。この少年は先生やクラスメートにからかわれ続けてきたのですが、いちばん悔しくて情けなかったのは、言い返せない自分に対してだったといいます。

 

 

 

 

 

そして、いじめを両親に訴えても返ってくる言葉は、学校の対応の問題点と、社会全体の管理主義の話だけでした。

 

 

 

 

 

 

少年が苦しんでいることよりも、社会や学校の問題点にしか、両親の関心はなかったのです。

 

 

 

 

 

じゃあ、それまで「いい子」でやってきた自分はどうなのか、そう思うと、もっとも身近で味方であるはずの親に骨抜き状態にされてしまったように感じてきたのです。

 

 



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