不登校を乗り越えた高校生の座談会
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不登校を乗り越えた高校生の座談会

2019年07月14日(日)3:48 PM

不登校といっても、人によって全く事情は異なります。そこで、以前不登校だった経験を持ち、現在は通信制高校に学ぶ3人にそれぞれの経験を聞かせてもらいました。

 

 

 

 

登場人物

 

 

 

 

 

A子さん(高校2年生)

 

 

 

 

 

 

W君(高校2年生)

 

 

 

 

 

Z君(高校1年生)

 

 

 

 

 

まずは不登校になった経緯をお聞かせいただけますか?

 

 

 

 

 

A子「わたしの場合、学校では部活が中心でした。柔道部に所属し、強くなりたい一心で練習を続けていました。部活が楽しくて中学2年のときは休んだことは一度もありませんでしたね。

 

 

 

 

 

そのおかげで大会では区で2位になることができました。しかし中学3年生になると、受験のため部活がなくなってしまいます。

 

 

 

 

 

そのとき嫌だった教師の体罰などもあって、学校に行かなくなってしまいました。だからわたしの場合、不登校になってのは中学3年生の途中からなんです。

 

 

 

 

 

W「僕の場合も原因は教師でした。小学校5年生のときの担任の先生が恐くて、ちょっとしたことで怒鳴るし、すぐにゲンコツが飛んできました。

 

 

 

 

 

それで学校に行かなくなり、それが癖になってしまったんです。中学に進学して、最初はがんばって通おうと思ったのですが・・・・・・。

 

 

 

 

 

最初の1ヶ月で、だんだんと行かなくなり、月に2~3回通えばいいほうっていう感じになってしまいました。」

 

 

 

 

 

Z「確かに一度休むと、なかなか通えなくなりますよね。僕の場合、中学校に入って最初に野球部に入ったんです。でも下手で怪我ばかりしていました。

 

 

 

 

 

それである日、練習中に腱鞘炎になってしまい、野球部を辞めてしまったんです。そうすると先輩や同じ部活だった同級生から風当たりが強くなってしまいました。

 

 

 

 

 

それでも1年生のときは我慢して通っていたのですが、2年になってクラス替えがあって仲の良かった友だちとバラバラになってしまいました。

 

 

 

 

 

それでちょっと落ち込んでしまって、1週間くらい休んでしまったんです。久しぶりに学校に出てみたら、新しいクラスではすでに友だち同士のグループができてしまっていて、輪の中に入れなくなってしまいました。

 

 

 

 

 

そうなると「弱い」と見られて、嫌みを言われたり叩かれたり、軽いいじめのターゲットみたいになってしまい、それで学校に行かなくなってしまいました。

 

 

 

 

 

一度行かなくなると、勉強などもついていけなくなってしまい、ますます学校に行きたくないとなってしまうという悪循環でしたね。

 

 

 

 

 

学校に行かない時間は、どのように過ごしていましたか?

 

 

 

 

 

 

A子「わたしの場合、家が焼き肉屋をやっていたので、その手伝いをしていました。週に1度の休み以外は、毎日夕方の5時か6時くらいまで店で働いて、遊びに行くとしてもそれからという感じでした。

 

 

 

 

 

けっこう変わった親で、学校に行かなくても「別にいいんじゃない?」といった感じで、仕事も好きだったしお客さんと接するのも楽しかったので、けっこう充実していました。

 

 

 

 

 

W「僕も母の仕事を手伝っていました。朝6時くらいから母のパートの新聞配達を手伝い、時々はそのあとの掃除の仕事も手伝ったりしていました。

 

 

 

 

 

学校が終わる時間になると、小学校時代からの友人と遊びに行くこともあったのですが、翌日の新聞配達のことを考え、夜は遅くても11時くらいには寝るという規則正しい生活でしたね。

 

 

 

 

 

Z「2人とも親の理解があるようでいいですね。僕の場合、最初はたいへんでした。休み始めた最初の1ヶ月くらいは毎日親と怒鳴りあいでした。

 

 

 

 

 

そしてゲームをやって時間をつぶしていました。近所の幼なじみの家がたまり場のようになっていて、そこに集まってダラダラとしていたんです。

 

 

 

 

 

そして徐々に普通の生活とは時間がずれていってしまい、朝までゲームをしているということもありましたね。

 

 

 

 

 

そうなるとなかなか元の生活には戻れなくなってしまいました。

 

 

 

 

 

それでも高校には行きたいと思ったのですか?

 

 

 

 

 

 

A子「実はわたし、最初は高校には行かないつもりだったんです。高校に行ってまでやりたいこともないし、そのことで親にお金を出してもらいたくなかったんです。

 

 

 

 

 

そのことについて親には「学校に行かなくてもいい。でも人生は一度、後悔しないように」とよく言われていました。

 

 

 

 

 

そしてやりたいことがないなら、やりたいことを探すために海外にでも行ってこいと言われたんです。そのとき、店に貼ってあったピースボードのポスターを見て興味を持ちました。

 

 

 

 

 

そこならポスターを貼ったりする手伝いをすると割引があるし、家の仕事を手伝ってもらったお金もあったので、3ヶ月間海外に行くことができました。

 

 

 

 

 

21カ国を回ってみて、自分の視野の狭さを痛感しました。わたしより年下の子が物乞いをしているのを目の当たりにし、ゾウの孤児院では野生動物が置かれている現状などを見て、「自分にできることってなんだろう?」と考えるようになったんです。

 

 

 

 

 

それで考えたのが、自分の見たことなどを人に伝えることです。そのためには自分がまずいろんなことを知らないといけない、そう考えてまた学校に行こうと思うようになりました。

 

 

 

 

 

それまで勉強は嫌いだったのですが、この経験のおかげで、今では授業なども楽しくなりましたね」

 

 

 

 

 

Z「僕の場合は、中学を卒業して実はそのまま高校に進学しました。しかし1週間でやっぱり行かなくなってしまって、そのまま休学、そして退学してしまいました。

 

 

 

 

 

その後、結局2年くらい働きもせず学校にも行かずに過ごしてしまいました。そんな状態なので家での居心地は良くなかったのですが、兄とは気が合い、よく旅行に連れて行ってもらったりしていました。

 

 

 

 

 

そんな旅行で金沢の名物、市場に行ったときのことです。店の人に何気なく「あなたは何の仕事をしているの?」と聞かれ、兄は「郵便局員です」と答えられたのですが、僕は答えに詰まってしまいました。

 

 

 

 

 

そのときは兄が「学生です」などとうまく答えてくれましたが、自分のことも自分で言えない・・・・・それはショックでした。

 

 

 

 

 

家に帰ってきて、いつものようにオンラインゲームをしていると、ネット上で「あなたは平日の昼間からいるけど何やっているの?」と聞かれたのです。

 

 

 

 

 

僕は軽く「ニートやっているよ」などと答えました。最初はネット上のことなので、軽く聞き流していたのですが、その人はほんとうに真剣に夜中まで僕の愚痴を聞いてくれたんです。

 

 

 

 

 

そして最後に「ほんとうは学校に行きたいんじゃないの?」と聞いてきました。それを聞いて「学校に行きたい」と自分で認識したんです。

 

 

 

 

 

でもいざ学校に行こうと思っても、けっこういろいろな障害はありましたね」

 

 

 

 

 

W「確かに不登校だと、学校に行こうと思っても障害はありますよね。僕は出席日数が足りなくて、普通の高校は受験できませんでした。

 

 

 

 

 

 

それで都立のチャレンジスクールを受験したのですが、あそこは倍率が高くて試験で落ちてしまいました。それで家の近所にある今の学校を見学したら、先生方の人当たりが良くてすぐに気に入りましたね。

 

 

 

 

 

ここに入学できたら、これを機に生活を変えよう!って決心しました。

 

 

 

 

 

Z「僕の場合はニートの状態が長かったので、最初から週5日通うのは抵抗がありました。だから通う日数が少ないところを探してここにたどり着いたんです。

 

 

 

 

 

週2日なら嫌なことがあってもなんとか我慢できるし、ちょうどいい刺激かなとも思ったんです」

 

 

 

 

 

みなさん、いろいろな経験をして高校に入学したわけですが、不登校だった時を振り返って何か思うことはありますか?

 

 

 

 

 

Z「やはり僕の話を聞いてもらいたかったという思いはあります。僕が不登校になったとき、両親がお互い言い合うことは多かったのですが、僕の話はほとんど何も聞いてくれず、僕は一方的に両親から怒られているだけでした。

 

 

 

 

 

最初に行った高校も、親が勝手に決めてしまっていました。僕は周りに流されているという感じでしたね」

 

 

 

 

 

W「僕もそんな感じでしたね。学校に行けと言われると後ろめたいからあまり言い返すこともできませんでした。でも、そう言われると心の中では反発してしまいます」

 

 

 

 

 

Z「後ろめたいというのは、僕もよく感じていました。親に対してもあるけど、同級生に対してもそうですね。みんなが学校に行って勉強しているときに、自分は家でゴロゴロしている・・・・・。

 

 

 

 

 

道で僕と同じくらいの人が、制服を着てたむろしているとうらやましいなと思っていました。でも言われたとおりに学校に通って、周りに流されることを続けていたら、たぶんどこかできっとドロップアウトしていたと思います。

 

 

 

 

 

だから不登校だったのは、自分にとって必要な時間だったと思います。

 

 

 

 

 

A子「必要な時間だったというのは同感です。わたしの場合は親の応援もあり、その時間を利用して海外を見ることができたし、いろいろ考えることができたというのは大きな意味がありましたし」

 

 

 

 

 

 

W「不登校だと確かに時間があるので、いろいろと考える時間を取れますね。暇だったときニュースなどを見ていろいろ考え、漠然とですが将来は人のため、社会に貢献できる仕事に就きたいと考えるようになりました。

 

 

 

 

 

Z「僕も将来は誰かの役に立てる人間になりたい、そう思います。不登校だったときは、誰の役にも立っていない、誰にも求められない、そんな状態だったので。

 

 

 

 

 

だから今はまず、勉強したり資格を取ったりして自分の能力を高めていきたいと思っています」

 

 

 



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