ひきこもりの相談事例~25歳男性のケース~
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ひきこもりの相談事例~25歳男性のケース~

2019年07月12日(金)5:59 PM

仕事につかずアパートにこもりっきりの25歳男性






中高一貫の6年制の私学の理系進学コースを経て、国立A大学の理学部に進学したZ君。





大学に入るまでの成績は常に「問題ありません」と評されて、両親は息子については何ひとつ悩んだことはなかったそうです。





大学は、神戸から離れた他県のいわば地方都市にあり、Z君は生まれてはじめて親元から離れた学生生活を体験することになりました。





はじめは学生寮に入りました。2年の終わりに大学の学務課から単位の未修得で3年次に進学できないとの連絡があり、電話やメールで一度帰って来いと親が言ってよこしましたが、「すみません。もうちゃんとやるから、心配はいらない。大丈夫」との返事が返ってくるだけなので、子どもを信頼してなんとなくそのままに年が過ぎ、翌年からはなんとか進級はしたようなのでしたが、卒業の年は、卒論の未提出と単位がいくつか足りないとかで卒業ができませんでした。





その年度でふたたび留年して、結局、4年制大学を6年かけてとにかく卒業はできたというのです。





両親は、地方公務員の共働き夫婦です。兄弟は薬学を学んで薬局で働く3歳年上の姉がいるだけで、本人とあわせて4人家族です。





専攻してきた理系の勉強とは全然つながりのない福祉関係のボランティア団体の事務局に就職したという連絡を受け、親はどういう思いでそのようなコースを選んだのか、様子がまったくわからず気にはなったようです。





ですが、もともと親には何も話さないタイプで、子どものやりたいようにさせるしかないというこれまでの方針をなんとなく続けるしかないと考えて、そのまま半年が過ぎたようです。





9月の終わりに本人から「帰っていいか」との電話があり、親としてはとにもかくにも会って話を聞くことが大切だと思い、迎えいれました。





ですが、「疲れた」と言うだけで心身ともに弱りきっている様子なので、とりあえず祖父の代から父親が経営を引き継いでいる古い木造アパートの空き部屋をあてがったのですが、そこにいついてしまったようです。





仕事につかず、アルバイトすら探そうとしない、引きこもりが1年半にもなって、心配でたまらないというのが親からの訴えでした。





両親が関東自立就労支援センターに来所して話すのを聞く限り、問題が何であるのかがまるでつかめませんでした。





25歳になる当人に直接会って話を聞かせてもらうまで、何が故の成り行きで引きこもりになったのかがまったく分かりませんでした。




関東自立就労支援センターに相談に来た両親のまるで火の消えたような気勢のなさは、今急になったものではなく、それが長年の常態であったのではないかとわたしは思いました。





すでに述べたように、両親は共働きの公務員です。地域で有名な中高6年一貫教育の私学を出て、当人は国立大学の理学部にストレートで合格しています。





小さいころからおとなしくて、勉強ができて、親や先生を困らせたことのないいい子だったと両親も語っています。





このZ君の場合、「勧めても、本人がここには来ないでしょう」と親はあきらめ声でしたが、「一度言ってだめなら、もう一度言ってください。





苛立ちや嘆きや懇願の思いを込めずにです。『人に会うのは、そのこと自体が人生経験だからね。親はおまえがこの人に会ってどういう人だと見たかを、聞かせてほしいと思っている。おまえのことじゃなく、親であるわたしがわたし自身をもう一度とらえ直したくて。早い話が、わたしの見る目とおまえの見る目とではなにがどう違うかを、おまえから聞きたくなったんだ』とか言って頼んでみてください。





おまえのためだではなくて、実はわたしのためにこの際、おまえに手伝ってもらいたいんだという向きで話すんですよ」というわたしに、「いやー、わたしがそんなことを子どもに言えますかね」と口ごもりながら、父親は戸惑いを示しました。





でも、父親は、この際やるだけはやらねばと思って、懸命に何度かそれらしいことを言ったらしく、はじめは体を動かしそうになかったのに、意外と本人が応じたと言って数回目に親は本人を伴ってわたしのところにやってきました。





さて、親は当人を連れてきさえすればそれで役割を終えたとでもいうような態度だし、本人は来さえすれば座ってじっと動かず指示待ちという重い気配でした。





Z君の顔立ちや容姿や態度は、曲がりようもなくよく育ったという感じの25歳の青年です。





とにもかくにも、両親の言によればこの1年余、家から出ずにこもりっきりだという当人が親の勧め方が功を奏してわたしのところにやって来れたのです。





こちらが尋ねることには、言葉少なであってもちゃんと答えます。その従順さは意外に思えるくらいです。





1年余もひきこもっていたというのは、それだけのいわば意固地のような自己主張の故だったと思っていましたから、その素直さには驚きました。





両親は、幼いうちは祖母に孫を見てもらっての共働きで、学校の勉強はずっとクラスで1、2番で、控えめながら友だちともうまくやれていたと言います。





特に何のトラブルも起こさないで、進学校である6年一貫性の私学にも親から見る限り安定した適応を示していたといいます。





適当にクラスの空気に合わせる事に慣れてきてからは、遊び時間も授業も苦になることはなかったようです。





孤立無援の大学生活





2回目の面接からは本人だけが来ました。「問題があまりにもない、という小中高校の果ての大学生活で、学生寮の暮らしや大学の講義も同じ調子だったの?」と聞くと、一瞬顔を上げてまともにこちらを見て、「はい」とひと言だけ答えました。





「パソコンはよくやるの?」と聞いたときに、「嫌いじゃない」と答えたので、「それじゃあメールの交換なんかやってるの?」と聞くと、「いいえ、全然・・・・」。





二度留年したことについて尋ねてみますと、大学2年からはワンルーム・マンション住まいで、自分のことは誰にも何も言ってもらう機会がなかったようです。





せっかく理学部の化学コースで勉強をしたのに、その方向でなぜ就職しなかったのかを尋ねると、留年もしたし、ゼミに親しい友人もできず、主任教授は自分に関心を持ってくれなかったし、第一、自分の関心は専攻の科目からしだいに離れてしまったと言いました。





こちらから問えば、素直に答えます。でも、たったひと言だけの返事なので話の発展はそれ以上望めませんでした。





2回目の両親の面接で、父親自体が役所に勤めながらそれこそ交友関係もなく、周りの同僚たちからそうした人柄だともはや承認されているというか社交性のない人と評価されて久しいのだと知りました。





今の社会では、学校も仕事場もマニュアルどおりに仕事がこなせていれば、それだけの能力も適当にありさえすれば、無事無難で通ることもあります。





このZ君の場合、大学のゼミで先生も学生ひとりひとりに人間的に働きかけるタイプではなく、専門の研究をコツコツ行うタイプでした。





積極性のないZ君は、大学でもひとり浮いていて他にもひとり浮いている同輩がいて、それぞれ、みんなに気にされるわけでもなかったようです。





予備校の講師になったZ君





「君が専攻とは違う、福祉の民間活動をしている団体に就職したというのを聞いたんだけど・・・・。しかもこうしてまるで火の消えたような重苦しい雰囲気になっていて・・・・。ひょっとして本当は、人間に興味があるんじゃないの?」






わたしが全部は言い終わらないうちに、これまで何度か見せていたあの首をかしげてキリッと相手の目を凝視に近い感じで見る目をしたのです。






わたしの口元の笑いにつられて、Z君も人なつっこく一瞬笑ったのでした。わたしは彼を、進学塾を経営している友人に紹介しました。





大手の進学予備校の勢いで彼の塾経営も今や青息吐息のようなのですが、画一化した予備校を嫌う学力や気質の個性的でクセのある高校生もなくなりはせず、長年の経営がなんとか続いているのだそうです。






酒が入ると、夜の塾に残ったバイトの家庭教師たちとの放吟放談の癖が直らない人で、一度彼の仕事場へ行ったあとのZ君の顔がまるで表情が変わっていて驚いたことがあります。





目に光のあるZ君に変わっていたのです。次の機会にその塾経営の友人に会ったとき、彼はいつもの口をいちいち開けすぎて話す声高の話し方で、「いやー、彼は僕のところで預かるよ。僕なんかと学歴が違う。僕は、うちの家庭教師のバイトのみんな頭が上がらないんだ」





「その態度が頭の上がらない調子なのか」とわたしがからかうと、わたしよりも一世代は若いはずの彼が、「からかわれてもいいんです。





学校なんて、どだいからかい合い、悪たれをつき、ずるをやらかしてみんなでわいわい言うところですよ。まあ、一杯いきましょう。





Z君はいい子ですよ。彼ならきっと根気強く癖のある中・高生につきあってくれます。」





いつからか、涙も笑いもない時代になったのか、なんて、まさに涙も笑いも絶え間のない彼と会うたびにわたしは思います。





今は殺伐異常な事件が起こりますが、世の中はもともと全体がもっと猥雑な空気のあふれた俗世だったのだと思います。

 

 

 



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団体名
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理事長:
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TEL
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メール
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活動内容
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