親の励ましとプレッシャー~校長職の父親と教員になれない息子~
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親の励ましとプレッシャー~校長職の父親と教員になれない息子~

2019年07月11日(木)9:06 PM

「あれは励ますつもりで言ったんです。だれが自分の息子を心底かわいくないと思えますか。心配するから強い口調にもなるんです」





関東自立就労支援センターの相談室を訪れる父親たちの多くは、かなり行き詰まった親子関係に身をおいている人たちです。





いつ起こるかわからない家庭内暴力、声をかけても答えることなく背中を見るだけの毎日、あるいは極端に他人行儀に振る舞い距離をはかられる屈辱の日常、そしてなんの説教も脅しもすかしも通用しない無力な自分の姿に、「父親の威厳」などまったく何の力にもなりません。





そんな父親たちの一人ひとりが口を合わせたかのように悔しがる台詞が、「他人の子なら怒りませんよ。わが子だから”嫌味”のひとつも言うのです。





みんな”励まし”ですよ」の切り口上です。でもその”強気”の表情も、子どもの健気さにわずかでも気づけば、悲しみを抱えた”強がり”に変化していきます。





そのとき、わたしは素直になることの尊さにあらためて出会うのです。






公立高校の学校長を務めるAさん(57歳)は、妻(50歳)と26歳になる長男を”引率”するようにして面接室に入ってきました。





「さあ、おまえ(息子)が先に奥に入って」三つ揃いの背広を着た色黒で大柄なAさんは、まず、自信なく戸惑う息子に押し返すような口調で声をかけました。





「お母さんはそこに座って」そして3人がけのソファの最後に、Aさんがゆっくりと深く腰をおろしました。





Aさんは両手を組み合わせて一息つくと、背筋を伸ばして口火を切りました。





「自分の子どももまともに育てられなくてお恥ずかしいかぎりですが、大学を卒業するまではこれでも普通だったんです。





妻も、いくらわずかとはいえ教員経験者です。人並みに子どもを見る目はもっていたと思っていたんですが・・・・・。





毎日息子と顔を会わせていても気づけなかったんですね。わたしも今となっては愚痴になりますが、管理職の道を捨てて生涯平教員にでもなっていたら、もっと息子を見てあげられていたと思いますよ」





わたしは父親であり夫であるAさんの、言葉の端々から漂う傲慢さが鼻につきました。わたしの心に、この父親としっかりと向き合ってみたいという気持ちが湧いてきました。





小心ゆえに、人は自分の弱点を見抜かれまいと他人の急所をいち早く突いたり、高飛車な態度をとったり、外連な言い回しで人の心を傷つけてしまうことがあります。





そして小心であるからこそ、育ててこれた繊細な心、思いやりや優しさをやわらかく表現できないでいます。





わかりやすく言えば、小心さを自己否定しているばかりに、素直さを表すことが他人に対して心に隙を与えるかのように思い、「損」をしているのです。





人は傲慢な、負けん気の強い人間とはいつまでも付き合いきれないものです。せっかく面接に来られたAさんに、わたしはこの心のからくりを気づいてほしいと思いました。





「毎日顔を合わせているから気づけない、ということもありますよね」わたしはAさんの話を少し蒸し返しました。





母親の表情が一瞬緩むと、Aさんの顔がこわばりました。





「クラスの生徒の変化も、意外に、毎日見ている担任よりもたまに教室を見て回る校長先生のほうが”予断”がないだけによく見えたりすることはありませんか」





Aさんはわたしへの遠慮か、何か思い当たったのか戸惑いを見せました。





そして「感情のないロボット」のような様子の息子に目をやると、躊躇をまるで振り切るように話をすり替えました。





「まあ、そういうこともありますが、とにかく何を考えているのか、ろくな返事もしてくれないのでわかりません。





ただね、教員になることをあきらめるなら早いうちに採用試験なんかにこだわらないで働いたらいいんですよ。なあ、どうなんだ。面接室なんだから今日くらい話してみたらいいじゃないか。





言いにくかったら、お父さんとお母さんは席をはずすから」





Aさんは腰を上げようとしましたが、母親に何かささやく息子の表情の無味乾燥を見て、再び座りなおして言いました。





「まったく意気地のない人間になったもんだ。いくらかは見込みのある子に育ったと喜んでいたが、すっかりおまえにはだまされたよ。





いったい大学で何を勉強してきたんだ。遊ばせるために大学へ通わせたんじゃないんだぞ」





Aさんの息子への苛立ちは、”聞き捨てならない父のひと言”を無造作に吐き出させていました。





母親の体は息子をかばい、ソファに夫婦の溝がはっきり「隙間」となってできていました。





わたしは父子関係をとることにあきらめている息子の様子を垣間見て、Aさんを刺激して真意を伝えてほしいと思いました。





「お父さん、よっぽど息子さんのことが可愛いんですね。息子さんのことを片時も忘れたことがないでしょう」言い終わるやいなや、Aさんがすばやく返しました。





「当たり前ですよ。少しでも頭を休める時間がくれば、この息子のことばかりですよ。こいつ(息子)には申し訳のない気もするんですが、わたしの親戚はみんな教員一家なんです。そしてほとんどが校長職ですよ。





兄弟の子どもも、息子と同じで全員が教師であったり目指したりしているんです。(採用試験の受験)3回目ですよ、この子は。情けないんです。





長男で校長のわたしとしては、この子が採用試験に合格しないことがとてもつらく、はがゆいんです。そんなにできない子ではないんです。





小さいころから”正座”をさせてきたんですよ。親の前ではとにかく姿勢を正しくさせていたんですよ」Aさんは少しずつ涙声になっていました。





するとそれまでまるで話す気のなかった息子の体にわずかな震えが見てとれました。





それは父親であるAさんと再び人間としてつながりたいという可能性を示唆していました。





「お父さん、今の倍率でほんとうに僕が受かると思っているの。これでもお父さんの立場を考えて必死に受験しているんだよ。





こんな言い方はよくないかもしれないけれど、お父さんは”でもしか(教師でもやるか、教師しかできない)教師の時代だろう。じゃあ、お父さん、今受験してみなよ。





あまり自分に調子のいいことばかり言うなよ」息子のうめきにも似たつぶやきにAさんは、「負け犬のようなことを・・・・・・・」と言いかけると、妻の諭す顔を見て一息つき、涙ぐみました。





「ほんとうだな。お父さん、おまえのつらそうな顔を見るのが耐えられなかったんだ。それでつい励ましてばかりで・・・・・」





うつむく息子の顔が、かすかにAさんの表情をとらえていました。「もう、いいよ・・・・・」





Aさんは苦みばしった表情で、崩れる負けん気を必死で立て直そうとしていました。





わたしには、息子さんの父親に心をくばるささやきが、自立の一歩に思えました。



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理事長:
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TEL
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