生きるための自己防衛
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生きるための自己防衛

2019年07月11日(木)5:55 PM

人は無防備では生きていけません。多様な人間関係の中に身をおいて、自分なりに心のバランス(平衡感覚)を維持し、人格的にも安定して生活を営むには、対人関係の距離感が大切です。





親子関係も子どもの立場で親を見てみると、離れていれば恋しくて、近づきすぎるとうっとうしく感じます。





反対に親の思いを言えば、子を思う親の思いの深さが押しの強さになります。その境目が難しいのです。クラスの生徒には人気があっても、わが子とはどうもうまく関係が築けない中学生の子を持つ教師の相談も珍しくありません。





面接が終了したときに来談者の教師が言う、気づきの台詞はたいていこうです。「他人の子なら、あそこまで言わなかったんでしょうが、いざわが子となると・・・・・・」





子の行く先を深く案じる”親心”が、親子関係の距離感を見失わせてしまうのでしょう。





人はそれぞれ、成長過程のなかで人間関係の絡みのなかに身をおくことによって、この生きる”術”ともいうべき”スキル(技能)”をレベルアップさせていきます。





スキルというと、”操作的”で冷めた表現に聞こえるかもしれませんが、ほどよい”間”の取り方は思いやりです。





よく「あの人は苦労人だ。よく人の心がわかっている」と思わず言ってしまうような出会いがありますが、その「苦労」とは人間関係の距離感のことを言っています。





そしてわたしたちはこの自分らしい、オリジナルな距離感を獲得しつつ、自分の欲求(~をしたいという本能)と抑制(~してはいけないという禁止令)をはかりながら、不安や不満を解消しています。





この人生の折り合いのつけかたがその人の個性(自我)ともいえます。





その個性を人の枠組み、価値観、人生観ともいいます。人間関係とはその枠組みと枠組みの触れ合い、ぶつかりあいです。





わかりあえる部分が重なったときが相性が「合う」といい、衝突したときを「合わない」と言っています。





だから相性が合わないといってもそれは「部分」であって、他の「部分」ではどうなるかわかりません。ですから、早まって「部分」を「全体」として見ないほうがいいのです。





とくにこの「合わない」ときに、人は自分の人格や人生を守るために、アレルギー反応ではありませんが「心の癖」が無意識に表れてしまいます。





これを防衛機制といいます。自分自身を壊されたくない、という悲鳴、叫び、訴えです。





これが適度に働いて相手に伝わると、防衛というよりも適応機制となります。でも過度になると「あの人は防衛の強い人だ」と見られてしまいがちになります。





人は心に触れて欲しいときと、触れて欲しくないときがあります。「心の癖」が表れたときは、そのことに直截的には触れて欲しくないときです。





他の「部分」での触れ合いを互いに探そうというメッセージを、送り出しているときです。表富士から登るより、裏富士から登ったほうが「わたしには合っている」ということです。





人は他人の「心の癖(防衛機制)」を見て、「あの人は我慢強いのか、いいかげんなのか煮え切らないときがある」(逃避)、「すぐ言い訳をする人だ」(合理化)、「簡単に言えばいいのに、すぐ理屈っぽく言う人だ」(知性化)、「自分のことはさておいて、よく人の弱点を突く人だ」(反動形成)、「たいしたことじゃないのに、やたらと自分の子どものことを自慢する母親だ」(補償)と軽く言ってしまいます。





しかし本人にしてみれば、そんな自分が嫌だけど、そうしなければ今日まで生き延びてこれなかったのです。





幼いころから「愚図でのろまな」自分の弱点を周りの大人や友だちから指摘され続けられたら、どうでしょうか。自分を肯定することはできません。





いつの間にか、反対に突かれる前に人の弱点を見抜いて攻撃するマイナスの”術”を身につけるしかなかったのです。





自分の人生を背負うのは自分であると自覚すればするほど”無防備”になれるほど自分に自信もなく破綻したくないと対人関係の距離をとるために防衛します。





でもこれも、意識してやっているなら自分に納得もできますが、無意識に「心の癖」として表に出てしまうと、内心は身もすくんでしまいます。





3人兄弟の長男A君(28歳)は、今も都内の大手予備校で最高学府の法学部を目指して孤軍奮闘しています。





弁護士の父親は「身の程知らずの男だ」と言い、母親は「プライドが高い」とあきらめ顔で言います。





国立大学へ通う弟たちは、家のなかで顔を合わせても声すらかけてくれません。





そしてかろうじて「東京大学の法学部を目指しているから」との方便で予備校に籍を置いていられると彼は言います。





さらにA君は、夜になるとドイツ語の会話教室にも通っています。そこには商社や研究所、航空会社に勤める”ハイソサエティー”なサラリーマンたちが学んでいます。





彼は予備校から帰ると、背広に着替えて教室に出かけていきます。小規模クラスのため、週1回とはいえ数ヶ月もたつと、なんとなく慣れ親しんできます。





お互いに名刺交換をしますが、A君には社名の入った帰属証明書がありません。





自尊心がボロボロになった自分に耐えきれない意味もあって、街の張り紙のポスターで知って通ったドイツ語教室でしたが、名刺交換にまた挫折感を重ねていました。





だから自分から関係を求めることも、求められてもドイツ語を学ぶこと以外の人間関係はできないでいます。





A君は家族に対して、内心では言い訳がましい態度と甘えられない自分に悩み、友人に対しては鼻持ちならないプライドと負けん気で「迎え撃つ」しか、今の自分のもろい立場を守る方法が見つかりません。






その彼にとって、忘れられないほどに繰り返された心の傷があります。それは親にとっては励ましであっても、A君にとっては肯定されない苦渋に満ちた日々でした。





父親は「努力すれば報われた」人生を歩んで大成した人でした。だからどうしても、第一子であるA君にもそうあってほしいと願ったといいます。





それだけに、わずかでも努力している様子が見えれば「けっしてうるさく言う父親ではなかった」と母親には見えていたようです。





でもA君が父親の「枠組み」から少しでもはみ出した行動をとると「人が変わったように、いじわると嫌味をあびせかけられた」とふり返ります。






A君は問題につまずくと、考え続けるよりも早く解く方法を教えてもらいたいほうでした。考えてもわからないものはわからないと思えました。






父親は、その考え方は安易だと思い嫌悪しました。A君は躊躇することなく「勉強好きな父親」にたずねました。すると父親は決まってこう言いました。





「わからないって、お父さんにはそのわからないってことがわからないな」父親は首を傾げ、冷たくその場を去りました。





ところが落胆していると、急に父親は戻ってきてテキストを開き、またこう言いました。





「なぜ、わかろうと努力しなかったんだ。お父さんはこういう感じで努力したんだぞ」





A君はこのパターンを感じると、いち早く合理的な言い訳で「○○君も○○だった」と言ったり、話をすり替えるように「お父さん、○○はどうした?」と口癖のように言うようになっていました。





第二子の成長とともに、父親はA君との関わりがうっとうしくなり、母親任せになっていきました。





中学生になるとA君は「弁護士の子どもにしては・・・・・」と言われないために物知りになることに努力しました。





そしてA君は質問される不安を避けるために、わざと難解な表現で人の話の腰を折りました。それが友だちには嫌味に見えました。





そのうちに、父親だけでなく家族に対しても、他人行儀に敬語を使うようになっていきました。





人は孤独を意識すればするほど、防衛の鎧を身にまとっていきます。




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