人間の自意識と劣等感
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人間の自意識と劣等感

2019年07月06日(土)4:17 PM

ひきこもりやニートの人たちは自意識と劣等感が強い人が多いように感じます。ここでは自意識と劣等感について考えてみたいと思います。

 

 

 

 

 

自意識は人を規範的にし、また、自己批判を強めることによって、更なる努力を促します。しかし、自意識がいつでもこうした建設的な働きをするわけではありません。

 

 

 

 

 

自己否定的な気持ちが強すぎると、強い劣等感や引け目を感じ、むしろ意欲をなくしてしまうこともあります。ひきこもりやニートの人にこの傾向が強い人が散見されます。

 

 

 

 

 

大人から見れば、些細なことでくよくよしたり、小さな問題でひどく落ち込んだりする子がいます。容貌、容姿が人と少し違うといって悩みます。

 

 

 

 

 

勉強ができない、スポーツが苦手といって劣等感を持ちます。わたしたちにはもともと、人と自分を比較するという習性があります。

 

 

 

 

 

専門家はこれを「社会的比較」と呼んでいます。自分の能力や魅力、価値などを知りたいと思うとき、わたしたちは周囲にいる人たちと自分を比較します。

 

 

 

 

 

ある子どもは、あるとき、友だちと競走するとたいてい自分が勝つことに気づいて、「自分は走るのが得意なんだ」という認識を持ちます。

 

 

 

 

 

初対面の人と友だちが平気で話をしている様子を見て、「自分はこうはできないな」と一種の自己認識を形成します。

 

 

 

 

 

走力にしても社交性にしても、絶対的基準があるわけではありません。人と比較して、自分の特徴がわかります。

 

 

 

 

 

いろいろな面で、わたしたちは社会的比較をしています。その結果、人よりも劣っている点だけでなく優れている点も見つかるはずですが、わたしたちは劣っている点のほうに意識が向かう傾向があります。

 

 

 

 

 

優れた点を「よかった」と素直に喜ぶことができれば、劣っている点があったとしても精神的に安定しますが、思春期にいる人たちは、劣っている点ばかりがひどく重要なことのように思います。

 

 

 

 

 

良い点を伸ばしていこうと前向きな気持ちになれればいいのですが、時には劣等感のほうに負けて、行動が萎縮してしまうこともあります。

 

 

 

 

 

「人から笑われるのではないか」とおびえて消極的になるとか、「頑張ったって、どうせ無理だ」と投げやりな気持ちになってしまう子どももいます。

 

 

 

 

 

こうした気持ちは、誰にでも起こりますが、たいていは一時的なもので、何か良いことをきっかけに前向きの気持ちになったり、友だちや家族とおしゃべりしているうちに、萎縮した気分が晴れたりするものです。

 

 

 

 

 

しかし、中にはこうした気分を改善することができず、強い劣等感やおびえから人と関わることを避けようとする人もいます。

 

 

 

 

 

不登校や引きこもりをする人たちの場合、こうしたことが原因になっていることがあります。

 

 

 

 

 

ところで、自意識には明瞭な性差があり、女子の方に自意識の強い人が多いようです。

 

 

 

 

 

女子は一般に男子よりもおしゃれで、流行にも敏感です。また、太っているとかやせているなどを気にして、ダイエットをしたり洋服選びに時間をかけたりします。

 

 

 

 

 

それは、容姿や洋服などの外見を整えようという気持ちからで、他の人から見て「ぶざまだ」とか「変」と思われたくないという気持ちが強いからです。

 

 

 

 

 

たぶん、この思春期の少女にとって、容姿や服装など、外見がおかしいと指摘されることは非常に苦痛なことで、強い羞恥心や劣等感、あるいは恨みなどを生み出すものと思われます。

 

 

 

 

 

女性が男性よりも自意識が強いのは、それだけ普段人に見られることが多いからです。自意識は、人から見られていると思うと強まるからです。

 

 

 

 

 

心理学の実験でこういうのがあります。男女の若いカップルが向こうから歩いてくるとき、それを見ている人たちがカップルのうちどちらをより多く見るかというものです。

 

 

 

 

 

アイカメラという装置を付けると、見ている人の視線がどこに向かっているのかコンピュータ上に表示されます。

 

 

 

 

 

このカップルを見ている人が男性の場合には、想像がつくようにその人の視線の大部分は女性に向かっています。

 

 

 

 

 

男性の方はちらっと見る程度ですが、女性の方は顔かたちや体つきを長く見つめます。だいたい時間にして8:2くらいの割で、男性の視線は女性の方に多く向かっています。

 

 

 

 

 

一方、見る人が女性だったらどうでしょうか。今度は男性の方を長く見るかというと必ずしもそうではありません。

 

 

 

 

 

対象となる男性がどんな人かにもよるでしょうが、女性観察者もどちらかというと男性よりも女性の方を長く見ます。

 

 

 

 

 

だいたい6:4くらいの割でしょうか。女性だったらその心理は分かるかもしれません。

 

 

 

 

 

男性が女性を見るときは、きれいな絵を見るときのような鑑賞的な気持ちでしょうが、女性が同性を見るときはたぶん違います。

 

 

 

 

 

相手の女性の容姿、服装や持ち物のセンスなどを厳しくチェックするために、よく見るのではないでしょうか。つまり、女性同士の場合は、対抗的なまなざしで見ると言ったらよいかもしれません。

 

 

 

 

 

しかし、観察者が男性でも女性でも、女性対象の方をよく見るわけですから、全体として見ると、女性は男性と比較して、普段、周囲の人たちから約2倍の視線量を浴びて暮らしています。

 

 

 

 

 

そのように多くの視線を浴びて暮らしている女性たちの自意識が強いのは当然と言えます。

 

 

 

 

 

人に見られることが多いので、そのぶん、彼女たちは人から見て「変」と思われないように服装や動作を自己チェックすることが多いのでしょう。

 

 

 

 

 

このように女性が周囲から多くの視線を浴びるようになるのは10歳ころ、文字通り思春期ころからです。

 

 

 

 

 

若い女性たちがおしゃれであるだけでなく、行動面も一般につつましく控え目であること、男子のように乱暴なことをせず、ルールを良く守り行儀がよいことなどは、彼女たちの強い自意識にひとつの原因があります。

 

 

 

 

 

人を礼儀正しくさせるのは、人の目なのです。彼女たちは10歳ころからスタートして、その後数十年間にわたって、人の視線という重圧を受け続け、男性には分からないストレスを感じて生きていくことになります。

 

 

 

 

 

しかし、そうした女性たちもやがてこの重いくびきから解放されるときがきます。そのときの解放感たるや、どんなものでしょうか。

 

 

 

 

 

人にもはや見られないということは、一抹の寂しさを感じさせるものかもしれませんが、多くの女性はようやく重い荷物を下ろしたような解放感を味わうのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

そのように考えると、中年に至った女性たちにしばしば見られる若いころとは似ても似つかない活力あふれる自由な振る舞いが理解できます。

 

 

 

 

 

しかし、思春期の女子たちは、こうした女性の宿命を背負い始めたばかりで、視線という重圧に押しつぶされそうになる子どももいます。

 

 

 

 

 

拒食症や痩せ症は女子に多い問題行動ですが、思春期ころから増えるようになるのは理由がないわけではありません。

 



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