人間関係にとまどう人たち
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人間関係にとまどう人たち

2019年07月04日(木)9:54 PM

相談事例

 

 

 

 

 

わたしは23歳です。社会人になったばかりですが人間関係がうまくいかず、苦しい毎日を過ごしています。

 

 

 

 

 

そういうわたしが関東自立就労支援センターのスタッフの方と出会えてほんとうにうれしかったです。

 

 

 

 

 

わたしのような悩みをもった人がこんなにいるなんて、ぜんぜん知らなかったし、へんな言い方ですが少し楽になれました。

 

 

 

 

 

対人関係が苦手なのは小さいころからですが、それでも不登校することなく(ほんとうは行きたくなかった)、なんとか高校は卒業できました。

 

 

 

 

 

その後、好きな美術の道をということで専門学校に入りましたが、とうとう我慢できずにやめてしまいました。いじめられたとかそういうわけではありません。

 

 

 

 

 

どうしてもクラスになじめず、息苦しくなってしまうのです。原因はわたし自身にあると思います。人を受け入れることができない自分が情けなくなってしまいます。

 

 

 

 

 

その後、「ひきこもり」に(自分は「ひきこもり」だったんだなあと関東自立就労支援センターのホームページを見てはじめて知りました)。

 

 

 

 

 

絵だけは中学時代から好きだったので、自分の部屋で絵を描いているときがいちばん幸せでした。今でもそうです。それだけが心の支えになっています。

 

 

 

 

 

今はなんとか父の知人が経営する職場で働いていますが、いい人ばかりでわたしに気を遣ってくれます。でもそれがわたしには重荷でもあります。

 

 

 

 

 

父親からわたしの過去を聞いているから、そうやって大切にしてくれるんだと思うと、わたしはますます萎縮してしまいます。

 

 

 

 

 

このまま息苦しい状態の職場はわたしも嫌だし、周りの人たちにも雰囲気を暗くさせるみたいで迷惑かな、なんて思います。やめたいです。

 

 

 

 

 

でもそれは父に悪いし・・・・・。やめた後に何をしたらよいかもわかりません。

 

 

 

 

 

 

またひきこもってしまいそうです。わたしのこの胸の内を話せる人は誰もいません。

 

 

 

 

 

ほんとうは他人を受け入れられるような自分になりたいのだと思います。かつて「人には冷たいところもあるけど、あったかいところもいっぱいあることに気がついた」と、中学生のときにいじめにあい、傷つきながら相談室に来てくれた17歳の少女が言っていました。

 

 

 

 

 

相談室も別に他の空間と変わりません。「やさしく、いたわりに満ちた場」を目指しながらも傷つけ合ってしまうこともあります。

 

 

 

 

 

また、傷ついてきた者同士が集いながらも、またここで傷つけ合うこともあります。その無念さにこだわりながら、しつこくその関係を深めていけたらと思っています。

 

 

 

 

 

そして傷ついた場で癒される”あったかさ”もあることに出会えたらと思っています。

 

 

 

 

 

「人間まんざら捨てたもんじゃない」という人への信頼感はそこで獲得できると思います。

 

 

 

 

 

人を信頼できたら、将来に対しても希望がわいてきます。

 

 

 

 

 

「人生って悲しいことも多いけれど、楽しいことだっていっぱいある」というふうにです。

 

 

 

 

 

「よりによって、どうして何も悪いこともしていないわたしが、他人を受け入れられないような人間になってしまったのか」というあなたの泣きたいようなくやしさをわたしもわかりたいのです。

 

 

 

 

 

心の成長の多くは、人間関係のなかで育まれていくと思います。けっして独りにならないでください。

 

 

 

 

 

人間関係に一休みしたら、重いかもしれませんが腰をあげて歩いてみてください。そしてすぐ「白か黒か」「善か悪か」と決めつけないで、理屈どおりには思うようにはいかない人間関係の曖昧さに、可能な限り付き合ってみてください。

 

 

 

 

 

その「人間関係の曖昧さに耐える力」が、きっと人間へのやさしさと生きることへのふんばりを身につけさせてくれると思います。

 

 

 

 

 

相談事例

 

 

 

 

 

わたしは高校を1年の夏休みに中退し、現在通信制高校で勉強しています。前の学校では失敗したので、新しい環境で再出発できてよかったと思っています。

 

 

 

 

 

でも、来年は卒業です。わたしの親は「高校卒業の資格だけはとっておかないと、仕事がないぞ」とよく言います。

 

 

 

 

 

そういう声は、いままで何回も聞いてきました。でも、学歴ってそんなに重要なことなのでしょうか?学歴以前に必要なことってあると思うんです。

 

 

 

 

 

でもわたしにはそれが欠けています。学歴があっても友達ができないとつまらないのです。兄は親にとって鼻の高い大学を卒業し一流企業に入りましたが、友達と言える人がいないと悩んでいます。

 

 

 

 

 

親には「勉強しなさい!」じゃなくて、もっと大切な信頼できる人をつくることや、生きることの楽しさみたいなことを教えてほしかったです。

 

 

 

 

 

わたしは高卒にはなれそうですが、親は心配なのか「がんばりなさい」とよく言います。でもわたしは励まされるとつらくなってしまうのです。

 

 

 

 

 

「もうその言い方、やめて」と叫びたくなるときもあります。中学のときの同級生はもう大学生になっていたり、就職したりしています。

 

 

 

 

 

そういう話を聞くとわたしも「がんばらなければ!」と思います。みんなと同じように、はばたいていきたいからです。

 

 

 

 

 

わたしは両親の励ましはうれしいのですが、がんばろうにもがんばれないわたしの気持ちもわかってほしいと思うのです。

 

 

 

 

 

そのことが、とっても贅沢なことであることもわかります。卒業したらわたしは何をすればいいのかわかりません。

 

 

 

 

 

働くのが当たり前かもしれないけど、わたしはそれが恐いのです。

 

 

 

 

 

今の通信制高校でも特に目的もなく、ただ親が見つけてきてくれたところに入っただけという感じです。

 

 

 

 

 

家族だけでなく、隣近所のおじさん、おばさんも含めて、いたずらをすれば叱られ、泣いていたら「どうした?」と声をかけられます。

 

 

 

 

 

病気になったら「熱はないか?」と心配され、元気になったら「よかったね」と、わがことにように喜んでくれる、良い事をしたときは褒めてくれる、そんな中で人間としての生き方や基本的な人間への信頼は育っていくものだと思います。

 

 

 

 

 

人と人が、生きることの醍醐味を教えあい、学びあっていくのです。それが大切で、学歴を得ることも大事ですが、この積み重ねなんだと思います。

 

 

 

 

 

あなたとの出会いを心待ちにしている未知の人が、まだまだたくさんいるのです。そのことを「しつこく」信じてください。

 

 

 

 

 

その信じる強さが、人への恐れを薄めてくれるはずです。もうひとつ、親から励まされるのがつらいという気持ちがあるようです。

 

 

 

 

 

励まされてうれしいときもありますが、心に余裕がないときは、その期待に押しつぶされそうになるのです。

 

 

 

 

 

わたしは「がんばろう」「しっかりして」「がまんして」という言葉は、なるべく言わないように努めています。

 

 

 

 

 

この言葉は弱音が言えなくなってしまうからです。弱音を吐けると心の中の風通しがよくなって、楽になれます。

 

 

 

 

 

そして吐いたネガティブな感情から逃げないで向き合ってくれたとき、がんばる自信がわいてくるのです。

 

 

 

 

 

「がんばる」という言葉は、他人が言うべきことではなくて、自分で言えてこそ意味があるのだと思います。

 

 



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団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
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住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援