分かち合いで救われる心
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分かち合いで救われる心

2019年07月03日(水)10:05 PM

つまるところ、人は信じることでしか道を開けないのかもしれません。そして信じる相手は、向き合う人ではなく、「信じたい」とかすかな願いを抱く自分自身です。

 

 

 

 

 

「わたし、子ども(長女・10歳)にもて遊ばれているようにも思えて不安なんです。でも、わが子をそんな目で見てしまう自分も嫌なんです」

 

 

 

 

 

自宅で小遣い稼ぎ程度の内職をしながら、同居する祖父母と3人の子どもを育てている母親(34歳)が相談室を訪れました。

 

 

 

 

 

長女の登校渋りと退行行為(赤ちゃん返り)を心配してのことでした。まさにこの1年間は、母親にとって「やり場のない、無力さを感じる」日々だったといいます。

 

 

 

 

 

長女のA子さんは、幼稚園のころから友だちと「上手に遊べない子」でした。

 

 

 

 

 

口で気持ちを伝えることが苦手で、すぐに手を出して誤解されることも多く、駄々をこねてしばらく黙ってしまうような子でした。

 

 

 

 

 

でも、誰に対しても臆病で感情を押し殺してきた母親には、A子さんの「わがまま」がときにうらやましいと思えることもありました。

 

 

 

 

 

そんなA子さんも小学校1年生になると、自分が何か悪いことをしたときには「ごめんなさい」と言えるようになっていました。

 

 

 

 

 

でも、友だちがぶつかったり、足を踏んだりしたときは、その友だちに悪気がなくても感情的になることが多かったようです。

 

 

 

 

 

そのことで反対に、相手に噛みついたりしてしまい謝ることもありました。

 

 

 

 

 

「おまえは悪い子じゃないんだよ。噛みつくことがいけないんだよ」と言い聞かせるのも母親一人にまかされ、3歳、5歳と離れた2人の子を育てることにさえ、思うように手をかけられなかったといいます。

 

 

 

 

 

仕事で帰りの遅い父親に相談しても「甘やかしすぎではないのか」と一蹴され、母親は不安を聞いてもらうことすらできませんでした。

 

 

 

 

 

かわいがってくれている祖父母も、少し”トラブル”に発展しそうになると「まるで他人の子のような言い方」になり、口数も減っていきました。

 

 

 

 

 

互いの喜びや悲しみや苦しい気持ちを汲み取ってわかちあう心のやり取りを、シェアリングといいます。言葉を聞くのではなく、気持ちを聴く営みです。

 

 

 

 

 

人の話しを味わったり噛みしめるシェアリングは、聴くというリスニングとあいまって、歌舞伎や落語を見ても日本の文化であるとさえわたしは思います。

 

 

 

 

 

ですが戦後、経済発展を突っ走ってきた日本には、そのような手間暇のかかる生活を過ごす余裕はありませんでした。

 

 

 

 

 

シェアリングを減らして経済的豊かさを得たといえます。だから人の気持ちを汲んで(聴いて)分かち合うという感性が、錆びついてしまったのかもしれません。

 

 

 

 

 

とくに企業戦士の父親たちが、今そのことを子どもたちから突きつけられています。ある面で、父親は経済的豊かさの犠牲者かもしれません。

 

 

 

 

 

シェアリングがないと、心はいつも未消化で肯定感が持てません。とりわけ人は、抱える苦しみの現実は変わらなくても誰かから”分かち合う”(シェアリング)時を共有してもらえることで、なんとかその場を乗り切っていけるものです。

 

 

 

 

 

A子さんは小学校3年生に進級すると、クラス替えで幼稚園のときの幼なじみの女の子といっしょになって落ちつき始めました。

 

 

 

 

 

ところが学校での生活ぶりに安心したのもつかの間、今度は家庭での「傍若無人」が目立つようになりました。

 

 

 

 

 

学校から帰宅すると玄関に仁王立ちし、母親を何度も呼びつけて「おかえりなさい」を要求しました。

 

 

 

 

 

そしてそのまま外出するときは、唐突に「お母さんなんか大嫌いだ」と怒った顔で言っては、ランドセルや手さげ袋を放り投げました。

 

 

 

 

 

さらに母親が拾って手にするまで騒ぎ続けました。

 

 

 

 

 

やむことのない感情の起伏の激しさに「精神的に参ってしまった」母親は、市の教育相談所を訪ねました。

 

 

 

 

 

原因のまったく思いつかない母親でしたが、相談員と話しているうちに「すべてが言われるように思え」、”母子分離不安”という言葉を知りました。

 

 

 

 

 

「自分なりに不安を抱えながらもあの子を見守り続けてきたことが『過保護』のひと言で言い切られたことがショックだった」と、母親はそのときの悔しさを後に語っています。

 

 

 

 

 

「わがままな子を突き放すだけが最善とは思えなかった」とも言いました。「しかたがなかったんですよ」と相談員に言ってシェアリングしてもらえていれば、その後も通い続けて孤立することはなかったかもしれません。

 

 

 

 

 

母子分離が家庭の”金科玉条”になると、祖父母と父親がA子さんのしつけをより強調しだしました。

 

 

 

 

 

ある日、母親が勉強しているA子さんに「がんばっているね」と声をかけると、彼女は急に机の勉強道具を床に放り投げてしまいました。

 

 

 

 

 

その娘の様子を見て母親にはなす術がありませんでした。ただ黙って、散らばってしまった文房具を拾って片付けるだけでした。

 

 

 

 

 

それに耐えかねた祖母は、A子さんの手を引っ張ると祖父のところに連れて行き、2人で彼女の両腕を押さえつけました。

 

 

 

 

 

そして「謝りなさい!」と叱りました。その瞬間、「やめてっ」という母親に、祖父が「ここはつらいが、お母さんも我慢しなさい」と諭しました。

 

 

 

 

 

その祖父の言葉と目が優しかっただけに、母親の胸は”子育て責任”に痛みました。まさにその光景はどこの家庭にでもありそうな一場面でしたが、母親にとっては地獄絵でもありました。

 

 

 

 

 

その夜、疲れ果ててひと眠りした後、母親はA子さんとお風呂に入りました。「お母さん、わたしのこと嫌い・・・・・?」

 

 

 

 

 

A子さんの素直さが悲しそうな表情からささやかれました。母親はA子さんをじっと見つめました。

 

 

 

 

 

「大好きだよ、大好きだから見てるのよ」するとA子さんの顔が赤みを帯びました。「わたしもお母さんが大好き」

 

 

 

 

 

抱きつく娘の肌は、いつもと違って柔らかでした。「大丈夫、心配いらない」と母親は何度も自分に言い聞かせました。

 

 

 

 

 

だがA子さんのわがままはそれからも続きました。ときには意図的におしっこをもらすこともありました。肩や首を動かすチック症状もあらわれていました。

 

 

 

 

 

注意をするとかえってパニックになるので、いつのまにか父親も何も言わなくなっていました。

 

 

 

 

 

原因探しをすればするほど、家族が互いを傷つけ重苦しい雰囲気になるしかありませんでした。

 

 

 

 

 

それぞれのやりきれない気持ちを分かち合う関係が築かれないと、一人ひとりの心に孤独が入り込んでくるのです。

 

 

 

 

 

4年生を前にして、A子さんの登校渋りが始まりました。毎朝、母親や祖父母にぐずっているうちに登校時刻が過ぎていました。

 

 

 

 

 

母親は三女を連れてはA子さんの送迎を繰り返し、いっしょにいる時間をとるようにしました。

 

 

 

 

 

「お父さんがいないとお母さんは寂しい・・・・・?」泣きべそをかきながら、A子さんが母親の心をたずねました。

 

 

 

 

 

「A子、家にいないほうがいいの・・・・・?」不安や心細さを訴えるときのA子さんは、母親にとって天使にも思えました。

 

 

 

 

 

「お母さん、A 子のこと大好きだよね。妹たちのほうが優しくてかわいい・・・・・みんなA子のことおかしな子と思っていないかな・・・・・」

 

 

 

 

 

母親はA子さんの心が「はっきりとわからないけど、不憫でしかたがなかった」と言います。

 

 

 

 

 

 

A子さんの問いかけに何をどのように返事したらいいのか、母親には見当がつきませんでした。でも、A子さんと気持ちを「分かち合う」時間だけは、とるように心がけました。

 

 

 

 

 

そして、悲しい気持ちにさせていると思うと「どんなことがあってもわたしが守る」と母親は自分に言い聞かせました。

 

 

 

 

 

そう思い始めると母親は、祖父母にも父親にも自分の気持ちを言えるようになっていました。

 

 

 

 

 

「わたしだって主人にあの子のように甘えたいんです。すねたり、ぐずったり、たまにはギュッとしてほしいと思ってきました。

 

 

 

 

 

なんだか理由はわからないけれど、3人の子どもを必死に育て、おじいちゃん、おばあちゃんにも気を遣って・・・・・わがままかもしれません。

 

 

 

 

 

それは自分でもわかっています。ぜいたくなことを言っていると思います。だからどんなにつらくても主人に心配かけまいと思って生活してきました。

 

 

 

 

 

でも、あれがあの子なんです。これがわたしなんです。突然、寂しくなるとき、あの子のようにわたしも赤ちゃん返りしたくなるんです。

 

 

 

 

 

わたし、おかしいですか・・・・・・」母親は、高ぶる感情を抑えつつも、涙声でさらに話し続けました。

 

 

 

 

 

「わたしだって、このままで本当にいいのか、たんに先送りしているだけではないのかと思うときもあります。主人の言うように病院も考えましたが・・・・・・。

 

 

 

 

 

『お母さんに甘えられるから、がんばって学校へも行けるんだよ。ごめんね。お母さんかわいそう』とあの子に言われると・・・・・・時間はかかると思いますが、あの子の気持ちを信じて寄り添っていくしか今のわたしには何もないのです」

 

 

 

 

 

人は葛藤をあきらめないことで、信じる力をたくわえていくのでしょうか。そう思うと、華奢な母親がたくましく見えました。

 

 

 

 

 

 

 



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