子どもの個室について
ホーム > 子どもの個室について

子どもの個室について

2019年07月01日(月)10:03 AM

子育て相談~子どもの独立心を養うために個室を与え、自主性を重んじた生活をさせました。ですが、子どもが部屋に入れてくれません。

 

 

 

 

個室を与えることが、「個人のプライバシーを守る、与える」ことになると考えてしまうのはある意味では、危険なことかもしれません。

 

 

 

 

たとえば、「中学生になったら、子どもに個室を与える」とします。これは、「おまえはもう一人前になった」という親の意思表示でもあります。

 

 

 

 

一人の生活を作るということです。これを別の意味で言うと、「一人の生活を守る。自分のことは自分でやる」ということです。

 

 

 

 

しかし、その時に大切なことは、「もう、おまえの面倒は見ないよ」「人を頼っちゃいけないんだよ」「自分のことは自分で責任をとりなさい」との意味ばかりを強調した個室の提供は、とても危険です。

 

 

 

 

個室が「孤室」になってしまう恐れがあるからです。

 

 

 

 

だから、親でも子どもの部屋に入りにくくなってしまいます。子どもも親の部屋に入れなくなってしまいます。

 

 

 

 

確かに、他人に犯されたくない自分の世界は誰にでもあります。

 

 

 

 

守りたい自分の世界があります。子どもの世界を、親がすべて知っているというのも、変な話です。

 

 

 

 

いくら親子といえどもわからない世界があって当然だと思います。

 

 

 

 

人はそういう世界を背負いながら生きています。でも、お互いに触れ合いたいと思う世界もあります。

 

 

 

 

大切なのは、出て行って欲しいときに、出て行ってもらえる、入ってきてほしくないときには入らない関係を作ることだと思います。

 

 

 

 

入って欲しそうなときには入れる関係です。

 

 

 

 

だから、個室というのはお互いに「秘密の部分を持っていてもいいんだ」ということで与えるのがいいと思います。

 

 

 

 

つまり、全部に介入してはいけない、ということではありません。

 

 

 

 

触れ合わなくてはいけないときには触れ合える、そういう関係の個室であってほしいのです。

 

 

 

 

そのような穏やかな関係、緩衝地帯としての個室だと思うのです。

 

 

 

 

あまりにも「自立心」「プライバシー」といったものを強く打ち出してしまうと、後にどうなるかというと、お互い家の中で、自分はわかってもらえていない、とか、自分の中には入り込んでくれるな・・・・・といった形になってしまいます。

 

 

 

 

つまり、「ここは俺の部屋だぞ。誰も入ってくるな!」ということになってしまいます。

 

 

 

 

俺、オレ、おれの世界になってしまいます。オレの家だ、という意識が最近は強いようです。

 

 

 

 

隣近所に対しても、「ここはオレの家」だから、近づくな・・・・となってしまいます。

 

 

 

 

とても息苦しい、住みにくい社会になってしまっています。

 

 

 

 

家の中では鍵は必要ありません。子どもの部屋に入りたくなったら、トントンとノックして、入れるような環境であって欲しいと思います。

 

 

 

 

「今から入るよ」と言って、とりあえずは部屋に入れるような関係であったほうが住み心地もいいのではと思います。

 

 

 

 

トントンは大切です。でなければ、子どもは親にいつ部屋に入られるかわからないので、部屋に鍵をかけてしまいます。

 

 

 

 

俺の部屋に勝手に入るな、勝手に俺のものに触るな、となってしまいます。

 

 

 

 

トントンと、人の心に触れるときもトントンとノックして入ることが大切です。お

 

 

 

 

部屋に入っていきなり言いたいことを言うのではなく、「ちょっと言いにくいことを話すけど・・・・」と枕詞をつけてノックして子どもに「これから嫌なことを親が言ってくるんだ」と鎧をつけさせてあげる配慮が大切です。

 

 

 

 

3.小さい頃から体が弱かったので、いろいろと先回りして、心配ばかりしていました。過保護になっていたかもしれません。

 

 

 

 

親は子どもの体が弱いと当然心配すると思います。体が弱いから、みんなと同じようにできない、仲間に入れないかも知れない・・・・これは予防の発想です。

 

 

 

 

この予防の発想はありがたさと、迷惑さを合わせ持っています。

 

 

 

 

予防、予防と突き進んでしまうと、子どもは何もできなくなってしまいます。

 

 

 

 

危険だ危険だと言い過ぎると、なにもできません。子どもがやりたいと思っても親が止めてしまったりします。

 

 

 

 

すると、「いざ」というとき、何も決定できない子どもになってしまう危険性があります。

 

 

 

 

生きていくのは子ども自身なのです。大人になったら自分で考え、行動しなければ社会という荒波の中ではとてもやっていけません。

 

 

 

 

子どもの人生の主人公は子ども自身なのです。体が弱ければ、弱いなりに一人で生きていかなければなりません。

 

 

 

 

そのことをお母さんは、本当にわかっているかどうかです。

 

 

 

 

お母さんは、子どもの一生を死ぬまで面倒を見ることはできません。

 

 

 

 

しかも、その面倒を子ども本人がほんとうに望んでいるのかどうかもわかりません。

 

 

 

 

人生の危険や不安、その予防も時には大事ですが、起こった後どうするのかのほうが大切だと思うのです。

 

 

 

 

親がどんなに先回りしても、完璧に予防することはできないのです。

 

 

 

 

体が弱かったから先回りした、プールにいったら心臓麻痺になるかもしれないからと、泳がせない、飛び込みなんてとんでもない・・・・・でも、大切なのは子どもの心の中で、自分自身が「大丈夫かな、心配だな」と、心の中で「せめぎあう」ことなのです。

 

 

 

 

そういう心配を子どもがお母さんに、安心してスッと言えるような環境、人間関係、親子関係をつくることが大切なのです。

 

 

 

 

親御さんがあまりにも先回りして心配すると、子どもは、「こんなことを言ったら、心配するだろうな」と、言いたいことも遠慮して言えなくなってしまいます。

 

 

 

 

これは、子どもにしてみたら、「心配の押しつけ」なのです。

 

 

 

 

子どもに言いたいことを言えなくさせてしまうのです。そのほうが心配なのです。

 

 

 

 

何か起こりそうなときに、心配だよ、とお母さんやお父さん、あるいは周囲の大人に言えるような、自己決定力をつけさせてあげることが大切だと思います。

 

 

 

 

「心配だよ」と誰かに安心して言えてこそ、自分の問題として振り返って判断していくのです。

 

 

 

 

子どもは、やりたいことがたくさんあります。自分で決定したいことをたくさん持っているのです。

 

 

 

 

そういう決定、失敗したときに不安な相談にのってくれるか、その心を受け入れてくれるか、そういう余裕を子どもに持たせることが大切なのです。

 

 

 

 

「自分で決定した以上は、自分で最後まで責任を取りなさい」と言われるのは、子どもとしてはやはりつらいことだと思います。

 

 

 

 

どこかで子どもを「遊ばせておく」余裕が親には必要です。

 

 

 

 

親が子どもの代わりに何でもやってしまうと、子どもが周囲の人々とのコミュニケーションをとれなくなってしまいます。

 

 

 

 

全部、親が先取りして片づけていくと、子どもは何一つ手間暇かけずに、自分の求めたいものを獲得できてしまいます。

 

 

 

 

これが大人になったとき、自己決定能力の乏しさに苦しむことになります。

 

 

 

 



メニュー

過去の記事

団体概要
団体名
関東自立就労支援センター
理事長:
大橋秀太
理事:
大畑健太
理事:
杉下真理
住所
東京都東久留米市浅間町1-12-9
TEL
042-424-7855
メール
ki6jt7@bma.biglobe.ne.jp
活動内容
・若年者の就労支援、
 学習 支援、生活訓練
・共同生活寮の運営
・教育相談の実施
・各種資格取得支援