自分を責めて亡くなったお母さん
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自分を責めて亡くなったお母さん

2019年06月16日(日)12:09 PM

ある会合で一人の教師から、「いじめで自殺した子どもは四十何人いますが、ほとんど男の子です。どうして男の子が多いのでしょうか」と質問されました。

 

 

 

 

 

わたしは、その場でいろいろ考えまして、「それは子どもだけではありません。七十年代のオイルショック以降は、男性がよく自殺しています。

 

 

 

 

 

それは、男性は何か”男らしさ”の病にかかっていて、自分が困っているとかいじめられているとか自分が弱いということをさらけ出して援助を求めることができない、”エエカッコしい”だから、自分一人で全部抱えて自殺していってしまうのではないでしょうか」とお話ししました。

 

 

 

 

 

ですから、強者であらねばならないという価値観で突っ走って生きている人というのは、他人を信頼して身を委ねるということができないのです。

 

 

 

 

 

そして、そういう人は、愛情を受け入れることもできません。愛情を受け入れるためには、受け身になって依存するという要素を含むからです。

 

 

 

 

 

その辺のところが、考えていかなければならない一つのポイントではないかという気がします。

 

 

 

 

 

信頼して待つということは、強い者が弱い立場の人間を「信頼して待ってやる」とか、「信頼して待っていたら、子どもはやがてこうなるだろう」と計算して待つのではないと思います。

 

 

 

 

 

子どものために信頼して待つためには、自分の無力さを認めて受け入れるということが大事なのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

わたしたち親というのは、いつの間にか、子どもを操作して自分の思い通りに仕立てることができるのではないか、という万能感に陥りがちです。

 

 

 

 

 

子どものためにいろいろやってやれる有能な存在だ、という思いから子どもに働きかけるのですが、子どもは思い通りにはなりません。

 

 

 

 

 

そして、自分の無力さを思い知らされ、子どもに対して腹が立つわけです。自分が無力であるということを認め受け入れたら、そこでほっと安心して、子どもを自分の力であれこれ動かそうとすることをやめるでしょうし、思い通りに動いてくれない子どもを受け入れられずにイライラする状態から、自分を解放することができる、そんな気がするのです。

 

 

 

 

 

そして、親がそうなっていくためには、自分の弱みや傷をすっかりさらけ出しても聞いてくれる、受け入れてくれる、そういう人間関係が必要です。

 

 

 

 

 

その中に身を委ねてこそ、他人を信頼するということを再学習できるのではないかと思います。さらに言えば、子どもがそういう機会を与えてくれたということで、子どもに感謝する気持ちさえわいてくるかもしれません。

 

 

 

 

 

子どもが不登校やひきこもりにならなかったら、人間を信頼するということがどういうことかを本気で考えるような機会もなかったかもしれません。

 

 

 

 

 

自分を責めて亡くなったお母さん

 

 

 

 

 

ここで二人のお母さんの話をしたいと思います。一人は自殺され亡くなられてしまったお母さんです。そのお母さんは、娘が学校に行かない、勉強しようとしない、そのことがどうしても許せなかったようです。

 

 

 

 

 

すごく生真面目な方でしたから、子どものことを考えると、よく自分が動揺して、不安定な気持ちになっていました。そのお母さんは、自分の友人の別のお母さんが自分のところより子どもが大変なのに落ち着いているということで、「あなたは強いわね」とよく言っていたということです。

 

 

 

 

 

このお母さんは、子どもが学校に行かないということがどうしても許すことができず、そこから自分を解放していくことができない、それで、その落ち着いているお母さんを見るたびに「ああ、自分はダメな母親だ」と自分のことを責めていたようです。

 

 

 

 

 

そして、「もう、これしかなかったのです」という遺書を残して亡くなられました。このような話を聞きますと、わたしは、人を受け入れるということの難しさを感じます。

 

 

 

 

 

皆さんの中にも、いろいろな段階の不登校の子どもを持つ方が大勢いらっしゃると思います。そういう親が一緒になって支えあっていけるような場がどうしても必要です。

 

 

 

 

 

でもそんな時、まだこだわっているお母さんに、先輩のお母さんが、「あなたねえ、そんなだからダメなのよ」とか言ってはいけません。

 

 

 

 

 

ここまできて、自分がダメなのかと思わされたら、お母さんたちは本当に行くところがなくなってしまいます。こだわってしまうお母さんの気持ちをしっかり受けとめられる、そのような人間関係をつくっていくのがわたしたちの課題だと思います。

 

 

 

 

 

もう一人のお母さんを紹介します。そのお母さんは、子どもが不登校になって何とか子どもに自信をつけさせてやりたいとあれこれ工夫をしてきた方ですが、その方が、こうおっしゃってました。

 

 

 

 

 

「最近、子どもにとって本当の自信というのは、『自分が欲しいと思っている愛情をしっかりともらった』という自信かなって思うようになりました。

 

 

 

 

 

生きていくエネルギーの源になる、それがあったら生きていける最低限度の土台になる、そういう意味での自信というのがあると思います。

 

 

 

 

 

その自信の上に、学力といった自信が詰まっていて、本当の自信になるんじゃないでしょうか。そして子どもに、『あなたが生きていてよかったと思えるような人生を送ってくれたら、それでいいよ』というメッセージを送ってやることが大切なのではないかと思うようになりました」さらに、次のようなお話もお聴きしました。

 

 

 

 

 

「わたしたちは、『健康で生きているのが当たり前』ということで、その本当のありがたみが分からなくなり、『健康で元気に生きていてほしい』という気持ちを子どもたちに伝えることを怠ってきたんではないでしょうか。

 

 

 

 

 

良い成績を、良い学校を、というメッセージばかりを声高に伝えているのではないでしょうか。でも最近、『生きているだけでも意味がある』と思えるようになり、そこから出発するようになりました。

 

 

 

 

 

特にわたしの場合、震災などを経験して、『生きていてよかった』という思いがよけいに強くなりました。この年齢になって、死を身近に感じるようになりました。

 

 

 

 

 

周りに死ぬ人が増え、心身ともに老いを嫌でも感じさせられます。そうなって逆に、生きていることの魅力とかおもしろさを感じ始めました。

 

 

 

 

 

子どもの問題も、それも込みで生きているという感じで、それで意味があると思えるようになりました。子どものおかげで、世の中の『早く、早く』という波に乗らなくてもいいと思えるようになりました。

 

 

 

 

 

大事なことは、『生きていてよかった』と思えるような人生を生きればいい、ということです」

 

 

 

 

 

新しい自分を芽生えさせ、「それも、子どもが不登校を通じていろいろ教えてくれたおかげだ」というお話をしてくださったお母さんです。

 

 

 

 

 

「なるほどなあ。わたしはまだまだだなあ」と感じる方もいらっしゃるかもわかりませんが、あわてる必要はありません。「わたし、そこまでいってないからダメだ」と思わず、そういうふうになっていない自分をまず、受け入れてあげてください。

 

 

 

 

 

それでなくても、みなさん方は、苦しみの中で精一杯自分を支えてがんばっているのですから。そのうえに、そういう自分を「ダメだダメだ」と責めたら、誰が自分に「よしよし」と言ってくれるのでしょうか。

 

 

 

 

 

「ああ、お前も一生懸命がんばっているな。それでいいんだよ」と、まず自分に言ってあげてください。そして周りの方々は、お母さんの中で響くように、そういう言葉をかけてあげてほしいと思います。

 

 

 



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