友人関係の不調といじめ
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友人関係の不調といじめ

2019年06月15日(土)2:46 PM

関東自立就労支援センターの相談室を訪ねてくる子どもたちが、親や先生に対するやりきれなさを込めながら、こう言います。

 

 

 

 

 

「言葉を聞くんじゃなくて、気持を聞いてほしいんですよね。返事は”答え”や”説明”じゃなくて、一言でいいから気持を聞いてほしいんです」

 

 

 

 

 

こんな願いを幼い頃から抱きながらも、裏切られ続けたといいます。そのもどかしさをどう表現したらいいのかに戸惑い、ときには混乱するかのように、「僕の気持ちなんて、何もわかっていないんだ」と絶叫する子もいます。

 

 

 

 

 

その一方で、気持の伝わらない悲しさから、混乱するエネルギーさえ湧かず、いつしか口を閉ざして何も言わない無口な子になっていく子もいます。

 

 

 

 

 

でも、人は人なくしては生きてはいけません。口では人をあきらめても、心の奥底ではあきらめきれない思いをわずかといえども持っています。

 

 

 

 

 

だからこそ、何はともあれ、つながり続けること、そして別に何もしなくてもいいから関わり続けることが大切であり、そう”宣言”する必要が大人にはあるのです。

 

 

 

 

 

人とつながっていることのわずらわしさはあるにしても、引きずるからこそ、離れられないでいられたのです。親と子、先生と生徒の関係も、わずらわしいからといってそう簡単に切れるものではありません。

 

 

 

 

 

その意味で、「子どもの悩みが深ければ深いほど、親は親らしく、先生は先生らしく、させてもらっている」といえるのだと思います。

 

 

 

 

 

平日の夜八時半、その日は仕事を早めに切り上げてもらい参加できた父親をまじえ、母親とA君(中学三年生)とわたしの四人で家族面接が始まりました。

 

 

 

 

 

一人っ子のA君は「いじめられっ子で”問題児”」といわれるような子どもでした。引っ込み思案の彼は、小さいころからどんなに友人たちからからかわれても、何もやり返さないで耐えているような子でした。

 

 

 

 

 

そして、いじめにあっているのに、ときどき苦笑いをするので周りからは不思議な目で見られていました。ところが、それだけではありませんでした。

 

 

 

 

 

彼は時として、からかい終わった友だちに対して、まさに自らの腕力も考えずに唐突に襲いかかるのです。まるで人が変わったかのように徹底的に暴力を振るい、先生が止めに入っても手こずるほどでした。

 

 

 

 

 

結局A君は、厳しい注意を何度も先生から受けることになり、悔しさだけが上塗りされていきました。「どうしていじめられている僕が、先に叱られなければならないんだ」そう思うと、不信感が彼を無口な子どもにしていきました。

 

 

 

 

 

通用しない正義に、A君はクラスからの孤立感を持ち始め、人間関係に悩むと父親に相談しました。

 

 

 

 

 

「大人になっても、いじめられる人にはなりたくない。どうしたらいいのか」と。

 

 

 

 

 

父親は、「何でも言われたら、思ったことを一言言い返す」そんなアドバイスをA君に授けました。その結果、「無口な割に一言多い」”悪い面の人気者”になりました。

 

 

 

 

 

小六の二学期、担任の先生と立て続けにトラブルを起こし、「父親の教えてくれたやり方は、間違いだったのではないか」と思うようになりました。

 

 

 

 

 

授業中に思わず眠ってしまったA君に担任が、「おまえ、なんで授業中寝てるんだ」と注意したのです。彼は父親のアドバイスを忠実に守ろうと勇気を出して一言言い返しました。

 

 

 

 

 

「先生だって、この前、寝ていただろう」担任の怒りに、クラスが震えました。前後して、テスト用紙の正しい場所には○を全くつけないで、違っているところだけに大きく×をつけている担任に彼は、戻ってきた解答用紙を見せながら、一言言い返しました。

 

 

 

 

 

「先生にも×をつけてあげるよ。そしたらやる気がでるかもしれないね」担任の顔色を見ながら、A君は「これがいけないんだよなー」と後悔しましたが、無意識の中で調子に乗ってしまう自分を止められませんでした。

 

 

 

 

 

クラスメイトが白けていても言い返し続けました。いつのまにか、無口でいるか、しゃべりすぎてしまうかの極端な少年になっていました。

 

 

 

 

 

・・・・・・くだらない話をしたかった

 

 

 

 

 

後悔と先への不安を打ち消すかのように、家でA君はしゃべりまくりました。帰宅の遅い父親をつかまえるのは朝しかありませんでしたが、朝食時間に父親と会えることはあまりなかったようです。

 

 

 

 

 

そのうちに、たまにいっしょに食事をしていても、母親と話すほうが楽になったといいます。いつのころからか、父親のこの言葉が気になりました。

 

 

 

 

 

「おまえは何でも思ったことを正直に言い過ぎるんだ。それに、いつまでもくだらない話をしていないで、早く学校に行け。お前(母親)も、つまらない子どもの話にいつまでも付き合っているな」

 

 

 

 

 

A君は再び、家で無口になっていきました。

 

 

 

 

 

「父親の言う、つまらない話を母親としていると、楽な気持になっていったんです。でも、父親に言われるようになってから、話そうと思うとこれはつまらない、くだらない話なのか、と自分で考えてしまい、そう考えるとみんなくだらない話に思えてくるんです。それで話すことがなくなりました」

 

 

 

 

 

ところが皮肉にも、そのA君の無口が父親には大人っぽく見えていたのです。人付き合いが悪いA君は中学生になって、「しゃべることだけ頭がいい」人間がうらやましくなりました。

 

 

 

 

 

彼もしゃべりまくったのですが、そのストレスは登校への足を遠くさせていきました。

 

 

 

 

 

・・・・・ごまかすな

 

 

 

 

 

面接室の椅子に腰掛けるA君、真向かいには父親、斜め向かいに母親が座りました。一人ひとりの個別面談は一年前から重ねてきましたが、こうして家族そろって相談するのは初めてでした。

 

 

 

 

 

両腕を組み、テーブルに体をあずけるようにして、わたしの傍らにいるA君が父親を一喝しました。

 

 

 

 

 

「親父、面識ができて一年経ったな。付き合い始めて半年だな」わたしは喉元を手で締め付けられるように全身が緊張しました。

 

 

 

 

 

誰が親に”面識”などという他人行儀な言葉を使うのでしょうか。あえて距離をおく言い方をして、父親に迫るA君の辛さが、わたしには何ともやりきれなく、愛おしいものでした。

 

 

 

 

 

返事に詰まる父親にわたしは彼の気持をまるごと受けとめる一言を願いました。「お、俺も、お前のことは心配していたんだ。でも、いつも仕事が忙しくて・・・・・・・。気にはしていたんだ、お前のことは・・・・・・・・」戸惑う父親です。

 

 

 

 

 

辣腕エリートサラリーマンには似合わない気の弱さと俺という表現がぎこちないだけに、わたしには痛々しく感じました。

 

 

 

 

 

「親父、ごまかすな。いつも朝、先に出かけていたのは俺じゃないか」A君の苛立ちがわたしに伝わります。なんとも怪訝な顔をする父親にわたしも、「にぶいな、この気持がわからないのかな」と心で怒ってしまいました。

 

 

 

 

 

父親の一言に待ちきれないA君が悔しい思いを吐き出しました。「そんなに俺のことが心配だったら、たまには早く起きてくれたっていいじゃないか」

 

 

 

 

 

・・・・・アイダのない母親

 

 

 

 

 

やっと納得できた父親にわたしはじれったくなり、「今頃わかってどうするんだ」と独り心でつぶやきました。父親をあきらめるようにして、A君は母親を見てこう言いました。

 

 

 

 

 

「おまえはアイダのない女なんだよ。だから、俺もこうなったんだ」母親は意外な言葉に、目を見開いていました。「アイダ」とは何か。

 

 

 

 

 

再び苛立つ彼を見て、わたしも躊躇しながら、テーブルに文字を書きました。「アイダって”間”のことかな?」A君はうなずきました。

 

 

 

 

 

それでも母親には難問だったようです。「おまえは極端な女なんだよ。だから、俺も極端になったんだ。おまえは俺を可愛がるときは猫可愛がりして怒るときはメチャクチャなんだ。俺もそうなんだ。

 

 

 

 

 

俺だっていじめられたら、少しずつ『止めろよ』とか『そんな言い方、なぜするんだ』とかそのとき言えれば、こんなことにはならなかったんだ」

 

 

 

 

 

A君のやり場のない、辛かったこれまでが、すべて集約されて語られました。わずかな沈黙に、A君の十数年の人生をわたしは思い返していました。

 

 

 

 

 

「そうかもしれない」やっと母親がささやいてくれました。この一言で面接は一気に核心に入ったのです。そして、A君は椅子の背に体をあずけました。

 

 

 

 

 

「そういえば、お母さん、友だちからも言われたことがあった。”あなたって極端ね”って」。わたしは思わず、「よく言ってくれました。お母さん、それですよ」と、心で声をかけていました。

 

 

 

 

 

A君の組まれていた両腕はほぐれ、つりあがった目は下がっていました。そしてその表情は、童心そのものでした。

 

 

 

 

 

・・・・・・そう、おまえだけのせいじゃない

 

 

 

 

 

人は、いつ心を癒されるのでしょうか。それは、自分の気持ちがわかってもらえたときではないでしょうか。

 

 

 

 

 

あのときの、救い上げられるような心地よさが、傷ついた人の心をじわりと癒すのです。

 

 

 

 

 

本来なら、子どもから責められるようなことは秘密にしておき、「おまえのせいだ」と言われたら、「親のせいにするな」と言い返したいのではないでしょうか。「甘えるな」と。

 

 

 

 

 

でも、本当に子どものその苦しみを理解し得たとき、無条件に親はそのリスクを背負うことができるのだと思います。言葉にしなくても子どもにはちゃんと「おまえはお母さんの子だ。そう、おまえだけのせいじゃない」と共にその苦しみを歩もうとする心が伝わるのです。

 

 

 

 

 

A君は母親の一言で、見捨てられ感を回避できたのです。もともと子は親を責める気などないのです。一人で背負う覚悟は持っています。

 

 

 

 

 

だから、その気持を理解しほしいのです。たとえ責めた(たとえば悪態)としても、それは苦しさを乗り越えるための”弱音”です。心では受けとめ、行動では聞き流してほしいのです。

 

 

 

 

 

このケースでは、父親不在が母親にとって、父親の役目も背負うことになったといいます。両性を使い分けるその葛藤の日々が、母親を極端にさせていたようです。

 

 

 

 

 

面接が終わり、部屋を出ようとする父親がわたしに言いました。「子どもに素直になればいいんですよね。子どもの心になればいいんですよね。

 

 

 

 

 

わたしはそれを父親は子どもの”壁”にならなければいけないと思って、”でも”とつい、言ってきたんです。でも、素直になれないですね」

 

 

 

 

 

わたしは、素直にそう言えた父親に「よく、やってますよ」と言わずにはいられませんでした。

 

 



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