人に理解されることが「癒される」ということ
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人に理解されることが「癒される」ということ

2019年06月15日(土)2:40 PM

相談に来られる方をクライエントと言いますが、そうした方々は、理解と変化を求めています。自分を理解してほしい、今の自分から変わりたいと思っています。

 

 

 

 

 

そして、それをお手伝いするのがカウンセラーです。わたしたちは、人間を理解するということをすごく大事にするわけですが、それが難しいのです。

 

 

 

 

 

人間を理解するということは、どういうことでしょうか。たとえば、皆さんは自分の子どもさんのことをどう理解しているでしょうか。

 

 

 

 

 

あの子は小さいときから手のかからない子だった、甘えん坊だ、神経質な子だ、友だちづき合いの下手な子だ、学校に行けないダメな子だ・・・・・・、そんなふうに思っているかもしれません。

 

 

 

 

 

しかし、それでわが子のことを本当に理解しているかといえば、そうではありません。それは外側から知っていることであって、決して内側から理解していることにはならないのです。

 

 

 

 

 

皆さん方自身にしても、几帳面でまじめな人だとか、すごく文章の上手な人だとか、絵の上手な人だとか、過保護なお母さんだとかいうふうに言われても、それで本当に自分のことをわかってもらえたという気にはならないでしょう。

 

 

 

 

 

でも意外に、わたしたちは、外側からの理解によってその人が分かったかのように思い込み、それに基づいて反応したりしています。

 

 

 

 

 

うちの子どもは学校に行けない情けない子どもだ、世間も目もそう見ている、もっとハッパをかけてお尻をたたいてやらなかったらますますダメな子どもになってしまう・・・・・・・そんなふうに思って反応してはいないでしょうか。

 

 

 

 

 

しかしこれは、その子についての外側からの理解に基づく反応です。とおりいっぺんの深く関わり合わないような社会的な関係の中でしたらそれでもいいかもしれませんが、相手の人の成長や自立を援助しようというような人間関係においてでしたら、それでは実に不十分です。

 

 

 

 

 

相手を本当に理解するためには、その人が日々何を感じ、何を思って生きているのだろうか、それを相手の心の中に入っていって、内側から理解することだと思います。

 

 

 

 

 

とりわけ、苦しみの真っ只中にあって、誰も自分のことを分かってくれないと思っている不登校の子どもたちにとっては、そのことが大事なのです。

 

 

 

 

 

自分について、外側からあれこれ詮索され、反応されているのではなく、内側から分かってくれている、そういう手ごたえを与えてあげることです。

 

 

 

 

 

不登校の子どもたちの多くは、自分のことを誰もわかってくれないという思いを持っています。

 

 

 

 

 

そういうふうに、悩み苦しんでいる人にとっては、まずとりあえず理解されることが癒されることなのです。

 

 

 

 

 

不登校の子どもといっしょに苦しんでいるお父さんやお母さん方は、親として何かしてやれることはないか、ただ待っているしかないのか、と思っていらっしゃいます。

 

 

 

 

 

そう思うのでしたら、わが子を理解しようととことん思うことです。それが最初にやらなければならないことです。

 

 

 

 

 

わが子を理解せずに何かしてやれることなど何もありません。しかしこれは、言うに易く行うに難しいことなのです。

 

 



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